第一話 『こ、コレは純然なる復讐の旅であり、あ、あいつは関係ないのである!?』 その八
そんな事件が起きてしまったものだから。リエル・ハーヴェルの出発は明日に延期されることとなった。
というわけで、今日の昼ご飯も、夕ご飯もリエルの大好物であるイノシシ鍋であった。それらは、とても美味しい故郷の味であったが―――さすがのリエルも、そして里の者たちも、三食続いたイノシシ鍋には飽き始めていた。
……とはいえ。
「……ふむー。昨日で最後だと考えていた、自分の部屋のベッドに、また眠ることが出来るとは……」
「最後だなんて、言っちゃダメです!……お姉さまは、すぐに戻って来られるんですから……っ」
今夜もアルカと一緒に眠るのだ。森のエルフの弓姫姉妹はマクラを並べて布団に収まっている。
リエルは一度、ふわあ、とあくびをした後で、妹に返事をしてやる。
「うむうむ。そうだな、私はすぐに戻る。一年とか二年とか、三年とか……ぐらいは、かかるかもしれない」
「アルカが大人になるまでは、戻って来て下さいね?」
「……もちろんだ」
「……約束ですよ、お姉さま」
「……うむ」
「…………たくさんのコトを話したいのに……どうして、お腹がいっぱいで、やわらかくて温かい布団に入っていると、眠気が襲ってくるのでしょうか……?」
「フフフ。良いことだ。このまま、ぐーっすりと眠る。それに勝る幸せなど、そうあるものではないであろう……」
「……はい…………」
「……言わずとも、伝わることもある」
「え?」
「我らは、ずっと同じ里でいた。同じものを食べて、同じようなことを話し、同じような日々を、ノンビリと過ごして来た。伝えるべき言葉は、すでに伝わっている」
「お姉さま……」
「今日も、私に言われるまでもなく、私を自由を与えるために、チビどもを連れて下がってくれたではないか。アレで、ずいぶんと楽になった」
「……お姉さま、あの戦い方は、もうしないで下さい」
「……そうだな。やらないと思う。怖かったからな」
「そうです。危ないです。ご自分を盾にした戦いは、やめて下さい。『聖なる復讐の戦士』は、お姉さま一人だけなんです……仲間を、頼れない。あんな危険なことは、やめて」
「うむ。やらないさ」
リエルは嘘をついていた。本能が見つけてくれた、新たな戦いのテクニック。アレを使いこなし―――いつか、『あいつ』に近づこうとしている。
そうでなければ。
おそらく。
『あいつ』の側で戦う資格を、得ることが出来ないからな……。
「……お姉さま、赤毛さまを、早く見つけて下さい」
「……うむ。合流したいものだ」
「その方がいいです。きっと、お姉さまなら、赤毛さまとも上手く行きます」
「う、上手く行っちゃうかな!?」
あの赤毛の蛮族と!?大柄で、片目が金色に光っているような、あんな剣士と!?
「……ま、まあ、あ、ある程度、運命的な出会いであるからして……」
「お姉さまなら、いい相棒になれる」
「え?」
恋愛脳な妹は、今はそういうハナシをしていなかったようだ。夜の闇がいる天井を見上げながら、アルカは静かにその唇に言葉を紡がせる……。
「力が必要なのです……戦うための力が。きっと、それは一人一人では、足りない。お姉さまの力だけでは、きっと……大義に及ばない」
「お、おい、『聖なる復讐の戦士』をやるときはやっちゃうタイプの戦士だぞ!?」
「いいえ。一人じゃムリ。帝国は、きっと卑劣なことをする。人間族の戦士に誇りなんてありません。赤毛さまが、きっと特別なだけ……」
「……まあ、特別変わっているな。人間族どころかヒトっぽくもない。まるで―――」
―――まるで、『魔王』のようだった。
その言葉は、使わない。
己の想い人を『魔王』と呼ぶことは、リエルのプライドに反する。あと常識的じゃない言い方だ。
そんな『魔王』なんぞに、焦がれている自分も―――――――い、いや。こ、恋い焦がれてはいないんだからな!?聖樹よ、今の、ナシ!!……私は、その、別に…………。
「……お姉さま。仲間を見つけて下さい」
「え?私はカリスマ弓姫として、たくさんの仲間が里にはおるのだが?」
「外の世界にです。多くの仲間がいる。だって、敵は、とても強大です。お姉さまのためにも戦ってくれる仲間がいる。お姉さまを最前列に立たせなくて済むような、強い戦士を求めてください……」
「仲間の背に隠れろと?」
「弓は、影から狙うものです」
「……むう。たしかに、その通りだ」
「赤毛さまを見つけて、赤毛さまを盾にして下さい。赤毛さまに近づく敵を、お姉さまが射抜き。お姉さまに近寄る敵を、赤毛さまに斬らせるのです。それが、きっと……いいえ、そうでもしないと、お姉さま…………っ」
「ど、どうした、泣くな、アルカ!?」
「……うう。だって、そうでもしないと。お姉さま、私たちのために、いちばん前に出ちゃいます。仲間のために、お姉さま、弓使いなのに、いちばんまえに……そ、それだと、それだと……いつか、しんじゃいますもん……っ」
「……うむ。そうだな。私にも、反省すべきことは多い。私も強い。強いが、慢心してはいけないな。森のエルフの弓使いは―――」
「―――影に潜み、そこから敵を射抜くものです」
エルフの弓姫姉妹は、その言葉を交わす。翡翠色に輝く宝石眼の視線も交差させたまま。
「……赤毛さまを、追いかけて」
「……うむ。母上にも言われたし、アルカにも言われた。私に、異存はないぞ」
「……なら、良かった」
「……だが」
「……なんですか?」
「……あいつは、私を受け入れてくれるだろうか?」
「え……?」
「だって。人間族なんだぞ?……ヤツらは、エルフの敵なんだぞ?」
「それは……」
「エルフと仲の良い人間族なんて、聞いたことがない。あいつは、特別な者だとは思っているぞ。私たちのことを、命がけで助けてくれた……でも、エルフが好きとは限らない」
「お姉さま……」
「エルフを、私たちを守りたかったというよりも……あいつは、きっと、帝国の兵士どもを始末したかっただけだと思う……」
「……お姉さまが、そう感じられるならば、そうなのでしょう」
「……エルフを、好きとは……限らん」
「……いいえ。大丈夫です!」
「え?」
「お姉さまは、とても美少女エルフさんですから!」
「う、う、うむ!?そ、そうだな、私は、と、と、とんでもなく美少女エルフさんですからな!?」
「はい!だから、大丈夫。いざとなれば…………そ、その。い、色仕掛けで」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」
「お、お姉さま、こ、声、大きすぎ!?」
エルフの耳が、キーンと高鳴りしていた。アルカの視界は、くるくる回っていた。
「す、すまん……と、というか。コラ、アルカ。言うに事欠いて、い、い、色仕掛けとは、何たることか!?」
「だ、だってー?……小説には、そう書いてあるんですもーん」
「そんな性的に堕落した本など、読んではいかん!!」
「……でも。有効だと思いますよ?とっても美少女エルフさんですし?」
「だ、だが、そんな……も、森のエルフ的恋愛観として、そういうのは、ダメっぽいだろう!?」
「恋は戦だとも書いてありました。何でもしていいってことです」
「む、むう!?」
「それに、ライバルとかに取られたら、どうするんですか?」
「へ?」
「いえ。赤毛さまが、他の女性と結ばれる可能性も……?」
「はははははははははッ!!」
森のエルフの王族が使う、『一笑に付す』の一笑は、イラッとするぐらい長めであった。気位の高いエルフ王家の伝統的作法は、どこかカンジ悪いものである。
アルカも、ちょっとイラっとしながらも、姉姫に質問をした。
「なんで、笑うのですか?」
「いや。お前が笑わせるからだぞ?」
「どこが、変なんですかあ?」
「いやいや、アレだぞ?巨大な剣をブン回して、敵を薙ぎ払うように大暴れする、片目が金色に光りかがやく、炎のように激しく、風のように俊敏で、雷みたいに鋭く壊す。そんなモノが、あんな獣が、女などに、モテるはずもなかろうが!!はははははははは!!」
「……じゃ、じゃあ。どうしてお姉さまは、そんな方に惚れられているのですか?」
「へ…………」
自分でも分からない質問だった。あんな獣よりも獣みたいな、蛮族に心を奪われているのが、よく分からない。ま、まあ、別にいうほど顔も悪くない。獣よりも獣なのは、その動きだったし……。
……。
……。
……あれ?
「よく分からないのですか?」
「いや。分からないというか―――――――そ、そもそも。好きなどではないし!?」
「ええ……今さら……」
「わ、私は、アレだ!!いいカンジの盾になってくれる、都合のいい蛮族を見つけに行くのであるからして!!こ、これは、断じて、れ、れ、恋愛とか、そういうのじゃ、ないのだ!!」
そう言いながら、リエルはヤドカリさんモードに移行する。彼女の頭は、布団の奥深くに、シュピン!という切れ味のいい音を残して消え去っていた。
こうなると黙秘されるのだ。
まあ、いい。
どうせ、なるようにしかならない。それに、小説によると。人間族の男は、たいそうにスケベである。うつくしい女性のためならば、何だってすると書かれていた。美女の奴隷。それが、人間族の男なのである。
……なんとも魅力に乏しい習性ですが。我々、美少女エルフさんたちからすれば、好都合。赤毛さまも、きっと、お姉さまに対して、奴隷のようにつくすことになるのでありましょう。
ならば。
安心しましょう。
……さすがに……眠いですからね……。
「お姉さま、お休みなさいまし」
「……う、うむ……お、おやすみ、アルカ……っ」
―――こうして。エルフの弓姫姉妹の最後の夜は、終わりを告げる。
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