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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その二十九


 魔力切れのリエル・ハーヴェルと、巨大な怪物相手に体力を消耗する接近戦を演じたガルフ・コルテス。


 両者は分かりやすく疲労していた。翡翠色の竜巻から解放された『ジュエル・ビースト』は、その全身に傷を負ってはいるし、それなりの数の宝石を落下させてはいる。


 しかし。


 それでも、疲れたエルフと老戦士と比べれば、充実した戦力であることに違いない。呪術で動くゴーレムである彼は、二人とは異なり疲労という概念がないのであるし……刻みつけられた指令を盲目的に実行するだけの存在だ。心が折れる、そういうことはない。


 ……リエル嬢ちゃんは、優れた戦士の才を持っているからな。


 ……こういう追い込まれる状況というのは、経験が少なそうだ。


 老戦士はゆっくりと立ち上がる。ナイフも無い。武装は、服に隠してある幾つかの錬金術製品ぐらいのものだ。手品よりは少々、殺傷力はあるものだが、巨大な石の怪物を退治するほどの威力はないものばかり。


 そうだというのに。


 『白獅子』と呼ばれた古き傭兵、ガルフ・コルテス老の表情は落ち着き払っていた。得に策があるわけでもないが、慌てたところで状況が悪化することしかないため、彼は冷静に行動しようと考えている。


 それが経験値に裏打ちされた、古強者の心理というものだ。幾度も味わい、乗り越えて来た逆境が……この老いた傭兵の精神力を鋼よりも硬い不撓不屈に鍛え上げている。


 乱世の亡国に生まれ、仕える者を数十度替えてきたベテラン傭兵だからこそ到達することが出来る精神力であった。


 ……反面。


 リエル・ハーヴェルは、動揺を隠せない。


 魔力を失い……手元に残ったのはミドルソードただ一本に過ぎないのだ。弓矢を使ったところで、この怪物の皮膚を破壊できるものか!?


 ……どうしよう。


 ……どうしようもないぞ。


 ……うむぐぐぐぐっ。


 逃げるしか、無いと言うのか、このリエル・ハーヴェルさまが……っ!!


 森のエルフの王族である、この私が……ッ!!


 幼き未熟な者の表情は、戦場においても多弁であった。ガルフは老いた目でそれを見つめながら、白ヒゲを蓄えた口を開いた。


「リエル嬢ちゃん、撤退するかい?」


「……っ!?」


「……即答すべきだぜ。装備、能力、消耗具合……それらを合理的に考慮すれば、ワシらの戦力はクソみたいなもんだ。肉に血の通ったモノが相手なら、血管狙いだとか急所狙いで逆転も可能だが……コイツ相手には、ムリだろう?」


「……そ、それは、そうだが……っ」


 ガルフは意地悪だ。だが、天才リエル・ハーヴェルに経験値を積ませようとしている。逃げること。敗北すること。それこそが、ヒトを強く磨く最良の手段の一つだと、この古強者は信じている。


 敗北しか、失敗しか、ヒトは分析することが出来ない。ただ努力するだけで、ただ全力全霊を尽くすだけで……才能だけで勝ててしまう天才には、どうにも敗北が教えてくれる心の厚みが足りぬものだ。


 負けるのもいいことさ。


 ……盗賊ども、二人が死ぬことなど、どうでもいい。野垂れ死ぬべき存在だしな。ゴールドマンは許さないし、ゴールドマン以上に街の者がヤツらを許さない。残酷な私刑でボロ雑巾みたいにされて死ぬよりは、ここでゴーレムにでも踏みつぶされた方がマシさ。


 悪は滅ぶが世の習い。


 ガルフ・コルテスは悪人が反省することは、極めて稀なことだと知っている。だから、あの盗賊どもをこの場に放置して、リエルと二人だけで脱出することも悪いとは考えていない。


「ベターな戦術は、撤退だ」


「……イヤだ」


「どうして?盗賊どもを助けたいか?」


「それも、少しはあるが……負けるのが、イヤなのだ」


「……傲慢な嬢ちゃんだ。敗北が与える力もあるんだぞ」


「負けの味など、すでに知っている」


「……ん?」


「私の故郷は、帝国に焼かれた。父王も殺された、民も殺された。私が守るべき存在は、私が幼き日に、多く殺されている!!……私が幼かったから?未熟だから?……そんなことは、大切な者を殺される危急の時に、何の言い訳にもならん!!」


 ……ガルフ・コルテスは、森のエルフの弓姫に対しての評価をわずかに変える。プライドが高いだけじゃなく……劣等感も強いか。いい性格だ。経験を食わせれば、想像以上に化けるかもしれんな。


「……なら、どうするというんだ?矢で穿てるか?剣で切り裂けるか?……お前の力は、アイツを相手にそれらを成す程、成長しきってはいないぞ?」


「…………わからん。わからん!!」


 このあたりは、子供らしいな。ガルフは呆れることはない。15才のヒナ鳥に対して、幼さを責めることを『白獅子』はしない。


 しかし。


 『白獅子』も知らないでいる。このヒナ鳥の真なる才能を―――。


「―――おい、ガルフ!年寄り傭兵!」


「なんだい?」


「……お前、持っているんだろ?……私を使え!」


「何を、持っていると?」


「決まっておる。私が、コイツに勝つための作戦だ!私を使え!お前の経験値を、私に今すぐ寄越せ!!……お前の作戦で、私がコイツに勝ってやると言っておるのだ!!」


「……ハハハ。ヒトを頼るのか?」


「悪いか?……そうしなければ、どうにもならんのだからな。ヒトに頼るのはイヤだが、負けるのよりは、よっぽどマシだ!!」


 たしかに、それもまた道理じゃある。


 無ければ、有るところから借りればいい。


 経験とは―――知識とは、貸し与えることを渋るようなものではない。与えても減ることのない、珍しい財産なのである。


「早く教えろ、ガルフ!……あいつ、また動きだそうとしているぞ。呪術の修復が済めば体を自由に動かして来る―――」


「―――ならば、あるモノ全てを使ってやろう、リエル嬢ちゃんのために」


「……何を隠し持っている?」


「大したモノじゃない。本当につまらん錬金薬が少々だ……だが、全ては使い用だ。リエル嬢ちゃんよ、魔力のコントロールには、自信があるかい?」




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