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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その二十八


 ……ホーリーたちが『ドラゴン』と遭遇を果たしていた時から、数分前……リエルとガルフは『ジュエル・ビースト』攻略に全霊を注いでいた。


 魔力の動力源である無数の宝石と一体化した、この強大な石造りの怪物に老傭兵はしがみついている。剣は持たない。若かりし頃ならともかく、老いて髪もヒゲも白くなったガルフ・コルテスには剣で石の怪物を破壊するほどの威力は生み出せはしないのだ。


 それを口惜しいとは思うが……歳月は奪うだけではない。老練の戦士の指が握るナイフの柄の底が、『ジュエル・ビースト』の体表に付着している宝石を打ち据えていた。その打撃だけで、宝石が外れていく。


「ハハハ!!思った通り、のり付けが甘いぜ!!」


 ……傀儡錬金術師については詳しくはないが―――コイツを設計したヤツの腹は読める。宝石が外れるように作ってあるんだよ。『勿体ない』と考えていた。ゴーレムに宝石をムダにバクバク食わせるつもりなんてなかったのさ!!


「……欲をかくと、いい道具は作れんもんだ!!」


 ガルフは調子に乗ってナイフを振り回して、次から次に怪物の背中から宝石を落としていく。


『グガガガガアッ!!』


 宝石が外れることが苦痛になるのか、『ジュエル・ビースト』は呻き、上半身を回転させて暴れる。ガルフは重心の変化からその攻撃を予測していた。遠心力に振り落とされないように、『ジュエル・ビースト』の肌にある亀裂に指を引っかけて耐える。


 指が伸びてしまいそうな力を感じるが、ドワーフみたいに大きな白い牙を噛みしめながら、老いた白獅子は暴れる力に抗ってみせるのだ。プライドがある。若かりし頃は、怪力で鳴らした傭兵なのだから。


 しかし、老戦士が振り回される姿を見ていると、リエルは心配でたまらなかった。


「おい、ガルフ!!大丈夫なのか!?」


「ああ!!……こっちのことは気にするんじゃない、リエル嬢ちゃんよ……とにかく、大きな魔術をぶっ放せ!!コイツの表面の宝石は、外れちまいやすい!!強い風を呼べば、宝石を落として無力化することも出来る!!」


「……なるほどな」


 リエルは溜めていた魔力に、風の属性を与えていく。獲物の表面を削り取るような、渦巻く風―――竜巻のような形が最適だと考える。リエルの左右の拳に、翡翠色の旋風が集まっていく……。


「……『聖なる旋風の精霊たちよ、我が血に宿る古き盟約に従い、ここにその威を示せ―――』」


 ―――魔力を練り上げ、構成し、準備を終える。森のエルフの王族がその身に宿す、人類に使用が許された範疇では、間違いなく最強クラスの攻撃魔術だ。


 ガルフは身震いする。リエルの潜在能力を読み間違えていたと気がついた。ちゃんとしたアシストがあれば……集中力を使う余裕さえ与えてやれたなら、彼女はすでに最強の魔術師としての力量を発揮するようだ。


 背筋に寒気が走る。それと同時に、ガルフが長年、心に描いていた理想が色を帯びていく。最強の傭兵たちで作られた、最強の傭兵団……その完成に絶対に必要な才能。それが目の前にいる……ガルフはそう確信していた。


 だからこそ、彼は笑うのだ。


「ハハハハハハッ!!」


「ガルフ……!?」


「いいから、風の魔術をぶっ放すんだ!!タイミングを見計らって、ワシは上手に逃げてみせる!!」


「……分かった。巻き込まれるなよ、手加減は難しいんだ」


「ああ。存分にやっちまえ!!」


「うむ!……顕現せよ、風神……『タルベイル・トルーガ』!!」


 翡翠の風が地の底で暴れた!リエルに召喚れた疾風が、『ジュエル・ビースト』へと突撃していく!!それは翡翠色に煌めく竜巻となり、石造りの怪物を瞬時に呑み込んでいた……ガルフは、魔力の奔流に巻き込まれる直前で、その身をダンジョンの床に投げていた。


 床の上を二、三度転がり、腹ばいになったガルフ。彼は『ジュエル・ビースト』の最期を見てやろうと、床に身を伏せながらも老いた瞳を敵に向けていた。


 風は唸り、暴れ、『ジュエル・ビースト』を翡翠の竜巻で釘付けにしながら、その宝石だらけの巨体をガリガリと切り裂いていく。風に削り取られた宝石たちが、輝きながら部屋中に飛び散っていった……まるで、宝石の雨のようだな、ガルフはそんなことを考えた。


『ごご、がごおおおおおおおおッッッ!!!』


 翡翠の風の囚われとなった者が、怒声とも悲鳴とも判断することの出来ない叫びを放つ。判断することは出来ないが―――理解が及ぶこともある。


 極めて有効なのだ。


 風に表面ごと宝石を剥ぎ取られていくダメージは、『ジュエル・ビースト』の動力を断つことに作用している……森のエルフの優れた感覚が、獲物から魔力が消失して行くのを感じ取っていた。


 ……行ける。


 もうしばらくこの魔術を展開させ続けるだけで、コイツは倒せる……。


 そう確信したリエルの口元が笑みを浮かべ。ガルフもまた勝利を確信した。


 ……そのとき二人の天才戦士は、わずかながらに『それ』をしていたのである。ダンジョン探索の疲労もある。敵との戦いで集中力を消耗してもいる。敵対する強大な怪物を倒せそうだ。リエルは自信にあふれ、ガルフはリエルの魔力の強さに魅入られている……。


 悪いコンディションと良い知らせが混じり合い、絶対的な有利な状況を理解しているからこそ…………リエルもガルフも『油断』してしまっていた。


 本来の二人ならば、とっくに気がついていただろう。


 『ハウンド・ゴーレム』が、この場所に突撃して来ていたことに―――。


『―――ガルルルル!!』


「……えっ!?」


「……なんじゃと!?」


 獣のうなり声を模した音が、二人の感覚を拡張させていた。目の前にいる強敵にばかり気を取られ過ぎていたのだ。戦士としては、実に初歩的なミスであった。


 『ハウンド・ゴーレム』がリエル目掛けて跳びかかっている。ガルフは咄嗟にナイフを新たな敵に投げつけて、石の猟犬の頭部に突き立てていた。そのおかげで、『ハウンド・ゴーレム』の襲撃の動きに乱れが生じ、それゆえにリエルは回避行動以上が行えた。


 避けるだけでなく、ミドルソードのカウンターを放ち、呪術で動くだけの獣を模した土塊の首に、強烈な斬撃を叩き込んでいた!!


 ザガシュウウ!!


 石の表皮を斬り裂く音が響き、火花がダンジョンに散る。森のエルフが打った霊鉄の刃は、『ハウンド・ゴーレム』の首を断ち斬ってみせた。


 それはいい。


 それはいいのだが。


「嬢ちゃん、備えろ!!ヤツが、風から解放されるぞ!!」


「……っ!!」


 高度な魔術を操りながらの回避運動。雑念を心に生じさせた状態では、高度な古代魔術など制御し続けることは不可能であった。


 『ジュエル・ビースト』の巨大な腕が、弱まった翡翠の竜巻を切り開くかのように左右へと広がり、リエルの呼んだ魔術を破壊していた。


 リエルは冷や汗を顔に浮かべている。


「……まいったな。二度目を放つ、魔力が無いぞ……っ」




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