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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その二十六


「勝った……っ!」


 ホーリーは喜びの声を上げた。初めてのモンスター退治に成功した。最後の仕上げはアミイに取られてしまったが、この勝利を作り上げたのは、どう考えてもホーリーである。その自覚にひたるホーリーは、とろけるような笑顔を浮かべていた。


「役立たず扱いされて来た私が、ついに、モンスターを倒すほどに成長したっすね……っ!」


 目尻の端に涙があふれそうになった。日記に書き残しておきたい。ガルフのくれた道具に頼ったとはいえ、ゴーレムという強力なモンスターの亜種を倒してみせたのだ。


 歓喜のあまり、両手をダンジョンの天井に向けて突き上げた。勝利。ああ、なんて甘美な響きであることか……っ。


 ……しかし。


「……気を抜かないで」


 傀儡錬金術師アミイ・コーデルは理解している。なにせ、『ハウンド・ゴーレム』を作り上げたのは、彼女のを含む『アルンネイル』の傀儡錬金術師たちだからだ。知識が彼女に語りかけていた。


「……『ハウンド・ゴーレム』の厄介なところは、大型のゴーレムと連携して動くことだけじゃないわ」


「……ほ、他にも、厄介なところがあるんすね……?」


「ええ。『複数』で行動することよ」


「……っ!」


「他にも、まだいるかもしれない。足音をあまり立てないようにして、すみやかにこのダンジョンを脱出しましょう」


「りょ、了解っす……」


 歌でも歌って初勝利を祝福したいところであったが、そういう状況ではないようだ。ホーリーはその状況を残念に思うものの、今はアミイの指示に従うべきだった。


 ……勝利の喜びに陶酔が醒めて来るほどに。状況の深刻さが心の中で形を得ていく。複数の『ハウンド・ゴーレム』と戦うことになったら?……ガルフのくれた『筒』はまだ二つありはするが、同時に二つを操る自信はない。


 アミイも『ハウンド・ゴーレム』を蹴りつけた右脚を引きずるようにして歩いていた。捻挫したのかもしれない。不安なことは多い……次の戦いは、アミイのアシストを受けられないのだ。


 ……いや、そうじゃない。守らなければならない。動けるし、武器を持つ自分が負傷した仲間のために全てを出し尽くす必要がある……。


「……アミイさん、肩を貸すっす」


「ええ……ありがとう」


 ダンジョンのなかで二人の乙女たちの身が重なり、二人はお互いの体が不安で震えていることに気がついた。


 とにかく、任務を達成するのみだ。このダンジョンを脱出し、援軍を呼びに町に戻る必要がある。それに集中すべきだ。不安を抱えたまま、彼女たちは移動をつづける。ホーリーは、この状況で最良の手段は何なのかを考えていた。


「……あの石のワンちゃんは、あと何匹いるんすか……?」


「分からないわ。一あの体だけってことはないハズよ……盗賊たちを尋問出来れば良かったけれど……脚を折られたヤツは失神しているし……他の盗賊たちは、生きているのかもわからない。抵抗しようとしたり、逃げようとしたりすると、殺されているかも」


「そんな……っ」


「死んだフリをすれば、まだマシだけど。盗賊たちは筋肉質だったし、男だしね。私たちの『ハウンド・ゴーレム』なら、彼らを脅威と認定して、殺してしまうかもしれない」


「……なんで、そんなの作るんすか……」


「……学術的な好奇心。そして……利益のためね」


「……利益……?」


「……刀匠とかと同じよ。ヒト殺しの武器は、お金になる。私たちはファリス帝国軍に兵器としてのゴーレムを売り払おうともしていたの……研究資金と、政治的な保護を目当てにね」


「……ゴーレムを、戦争の道具にするってことっすね……」


「……あくまでも、研究のための手段を得るためによ。私たちは、私たちの思いの通りに動いてくれるゴーレムを作りたいだけだった……」


 まるで、懺悔でもしているみたいだ。だから、静かにしておくべきなのに言葉が口から出てしまうのろう。アミイ・コーデルはそんな風に自己分析していた。


 ……まあ、さっきの戦いの音が、他の個体を引き寄せてもいるはずだ……だから、さえずるようなお喋りぐらいで状況は悪化しない。言い訳めいたロジックも用意して、自分の行動を正当化する。


 私の知恵なんて、その程度のことしか出来ないのね、けっきょく。こんなことだから、私たちは掲げていて理想さえも裏切ってしまうのだ。


 『アルンネイル』は学術としての傀儡錬金術を極めるための集団だったはずなのに、その結末は、あまりにも惨めなものだった。有能な指導者が亡くなっただけで、バラバラになった。皆の結束とは、一体、何だったのか……。


 皆がお互いの研究成果を確保して、秘密主義に走り、夜逃げするように師匠の遺産を持ち出して消えて行った。


 ついにはゴーレムを強盗に使う者さえも出てしまったのだ。しかも、そんな犯罪者に堕ちた者を助けようとしたせいで、事態を悪化させてしまった自分がいる。


 リエルの攻撃を邪魔しなければ、エドガー・ライナーズはあの瞬間に矢で心臓をえぐられていた。ゴーレムの暴走は、彼の魔力がスイッチだった。あのまま仕留めてしまえば、彼以外の全員が命を落とすことはなかった……。


 ……何の力も無いくせに、無理やり状況に介入した。その結果、多くの者を危険に晒している。リエルもガルフも、盗賊たちも……あのときエドガーを殺させていたら、無事だったのだ。


 アミイには色々と許せないことや、認めたくない事実があった。だからこそ、彼女の懺悔は止まらない。


「……私たちには、気高い目標があるはずだったの。かりそめの生命を、この手と知識で組み上げたかったの。自動で動く人形なんて、面白いじゃない……」


「……そうっすね。子供たちとか、大ウケっすよ」


「……それぐらいの意識で良かったのね。私たちは、欲に取り憑かれて、名誉に取り憑かれて、研究成果を独占したりもした…………あげく、今は、こんなところで他人様に迷惑をかけているだけのクズよ……一体、何をしているのかしらね……」


「……アミイさん……」


「…………せめて、知恵を使わせてもらうわ。次に『ハウンド・ゴーレム』と接触した時は、私を捨てて出口に向かって」


「そ、そんな!?」


「……一番いい方法よ。私は、上手いこと重傷を負わされるだけで済むようにする。殺されない程度に、ヤツらの攻撃を引きつけるわ。そうすれば、私だけで一体ぐらいはその場に留めておける。そのあいだに、あなたは走って逃げなさい―――」


「―――イヤです」


「……ホーリー・マルード?」


「……そういう作戦は、イヤっす。ケガしているアミイさんを、置いていくなんて……あのワンちゃんは、容赦なく骨を折りにかかっていたっすよ……無事に済むかどうか、分からないっす」


「……でも、それが最良の道だと思うわ。他に手は無いでしょ……?」


「……そうだとしても、そういうのは、イヤっすよ」


「気持ちの問題で、この状況を判断するなんて……」


「ダメなことっすか?……ヒトが死んじゃうかもしれないことを、心で拒絶するって、おかしなことですか?」


「…………無言を選んでしまうあたり、私も、そうは思っていないのね」


「えへへ。素直になることっすよ。絶対にイヤなことは、命がけでもしない。そういうコトが、ヒトって出来ちゃうんですから」


「……でも、どうするの?……『ハウンド・ゴーレム』が二体とか、三体とか……もっと多くが来たら?」


「……戦うっす。一度、戦って、ちょっとは戦い方も分かった。あと二発は撃てる。二匹は始末することも出来るハズっす……」


「……賭けになるわね。いい?……最悪の場合は、死んだフリよ。それだけは、忘れないでね」


「だいじょうぶっすよ。私、運だけは良いんすから」


 アミイは微笑む。頼りない未熟者であるはずのホーリーが、今は何だか逞しく見えた。ヒトは成長する?……ダメな子ほど、伸びしろも多いってコトかしら。


 経験値はヒトを変えはする。ホーリーは、さっきの戦いよりも上手く『ハウンド・ゴーレム』と戦えるだろう。過信にも近しい精神的な余裕が生まれている。だが、それは相手が一体であった時の場合だ。


 ダンジョンからの脱出を目指す乙女たちの耳が、その音を聞いた。複数の足音だ。硬い音が響いていた。何匹いるのだろうか?……後ろを振り返って確かめることはしなかった。


 その動作をしている余裕があるのなら、今はちょっとでも遠くに向かって走らなければならなかった。


「……走るっすよ、アミイさん!」


「……ええ。やるだけ、やってみるわ」


 そう言いながらも、アミイは考えている。彼女は……先ほどの作戦を捨てたわけではないことに、ホーリーは気づいていなかった。




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