第一話 『こ、コレは純然なる復讐の旅であり、あ、あいつは関係ないのである!?』 その五
森のエルフの弓姫姉妹は、他の戦士たちと別れて禁忌の森を進んでいく。弓姫たちの脚は軽やかに、森の木々を驚かすことも、足跡も残すことなく走り抜けた。
「……足跡を残さぬ歩法も、こーいうときだけは、考えものだな」
隠れ里の場所を突き止めらぬように、その特別なエルフの歩き方は子供でも学ぶ。もちろん、敵から里を守るためだけでなく、本来はどちらかというと狩りに使うためのテクニックだった。
狩りでは、獲物に気づかれぬように接近して、矢を放つことが基本となる。森では気配を消すことが、生きる術だった―――だが、その技術が災いすることもあるのだ。今、このときのように……。
「森のどこを歩いたのか、追いかけられませんものね」
「……手分けするしかない。いい隠れ方だ。いい隠れ方をしている。なればこそ、モンスターからも身を隠してくれているはずだ」
「そうですね!それに、手がかりもあります」
「……手がかり?」
リエルは首を横に倒していた。走りながら器用なものだと妹姫は思う。そして、ちょっと呆れてもいた。危ないですのに……まあ、お姉さまは大丈夫そうですけども。
「い、いや。花を探しているのですから?」
「なるほど。花が咲きやすい場所か」
「はい。きっと……」
「しかし、それってどこだ?」
「え?」
「禁忌の森には、あちこちに花が咲いているのだぞ?……行方不明になったのは、チロルとルチル……10才の双子。ヤツらは、この森に詳しくもない」
「そ、そうですね……でも、お姉さまのせいで―――いいえ、お姉さまのために花を探すはず」
い、今、アルカのヤツめ、『お姉さまのせいで』って言いおったな……っ。
その言葉が帯びた鋭い毒気が、弓姫リエルのハートに突き刺さっていた。アルカは全くの悪気が無い様子であるし、事実、彼女に悪気はなかった。たんに言い間違えただけであったのだ。
しかし。
……ちょっと傷つくなぁ……っ。ううむ。自分で言うよりも、他の者から言われた方が、ずいぶん傷つくぞ……っ。
す、すまんな、幼子よ、私に花を捧げたいばかりに。全て、我が身に宿る、罪深いほどに偉大なカリスマ性がさせた行い……。
ああ、私は、なんと罪深い美少女エルフさんなのだろう……っ!
リエルは軽やかに森を走りながらも、自責の念を感じていた。王族の血は、ややエリート意識が高いのである。傷つきながらも、良い風に状況を解釈してしまうのも、エリート教育の賜物ではあった。
その一方、アルカは姉を『傷つけた』ことに気がつくこともなく、細い眉を寄せ合った探偵モードな顔になり、思考を練り上げていく。
姉よりは頭脳派であるという自負を持つ13才の少女は、自分の賢さを使って、この状況を打破すべきだという責任があった。
そして、たしかに彼女はリエルよりも賢かったのである―――。
「―――花の歌を、探ろうとするかも?」
「おお!」
リエルの表情が一瞬で明るくなっていた。
「『蜜吸い鳥』の歌か!」
「はい。あの鳥は、蜜を吸いながら歌う。つがいを呼ぶために。子供たちも、それを知っています。鳥たちの恋の歌をたどれば、蜜にあふれる花畑があると……」
「うむうむ。いい推理力だ。さすがは恋愛小説ばかりを読み耽る、恋愛脳であるな!」
「な、なんかバカにされた気もしますが……?」
「被害妄想が過ぎるぞ。バカになどしておらん」
「ホントです?」
「……ああ。なにせ、『蜜吸い鳥』の歌が、聞こえている!」
長いエルフ耳は、リエルの鳥の歌を聴かせている。禁忌の森の木々に跳ね返りながら、鳥はつがいを誘うために、チチチチ、ククククと、あの独特な細長いくちばしで歌を放っているのが分かった。
リエルよりも野生の鋭さに劣ってはいる。だが、森のエルフの王族として、エルフ族の中でも優れた聴覚を持つアルカも、姉に遅れること数秒で、『蜜吸い鳥』の歌を聴いていたのだ。
「……ほんとです!」
「アルカは、二人に年が近い。同じような発想をするさ」
「こ、子供扱いしないでくださいね?こ、これは、とても知性的な、大人でクールな推理の結果なのです!」
「なんでもいい!今は、歌を追いかけてみよう!」
「はい!」
歌を追いかけてエルフの弓姫たちは森の奥深くへと駆けていく。森に入れば、エルフは森の木々から魔力を分け与えられる。里にいる時よりも、その身は軽やかに動くものだ。
森はエルフを祝福する。だからこそ、エルフは森を守る。
……でも。
お姉さまは、やっぱりスゴいです……っ。
風よりも速く走っている。アルカも大人顔負けの脚の速さを持っているが、リエルはそのスピードをはるかに上回っていた。華奢にも見える長い脚が、森の木の根を踏み。伸ばした細腕は枝を掴んで、反動をもらってその身を宙に飛ばす。
瞬時に崖を登り、木の枝から枝に、リエルは自在に飛んでいく。見えているのだ。走るべき道が……。
……お姉さまだって、子供だから。この禁忌の森には、ほとんど入ったことないはずなのに。森が、お姉さまに教えてくれているんだ……。
それに……。
アルカは気づく。息が切れそうにはなっているが、それでもリエルのスピードについて行ける理由を。リエルの足運びを真似ているから、走れている。森のどこを踏み、どの枝を掴めばいいのか。
妹姫は、姉姫の動きをマネすることで、彼女にも迫れる速さになれていた。
『才能』が違う。お姉さまは、森のエルフ族で最強の戦士―――でも、それは、もしかしたら。現在の戦士たちだけと比べた結果ではなく、過去とか未来も含めてのことなのかもしれない。
風のように身軽に森を駆け抜けるリエル・ハーヴェル。姉姫の背中を追いかけつつ、妹姫は姉の才能に伝説の片鱗を見た。『最強のエルフ』、その概念が心に浮かぶ……。
あそこまでのオテンバには、自分はなれないだろうなと、アルカは静かに悟ってもいた。その言葉は慎むべきだとも判断する。
最強のオテンバ姫なんて言えば、頭をゲンコツでグリグリやられてしまうかもしれないからだ。
どうあれ、彼女たちは超人的な速さで、森の奥に辿り着く。
エルフの長い耳は、最高の仕事を果たしてみせた。『蜜吸い鳥』たちの歌が響く、開けた場所に二人は飛び出したのだ。
色とりどりの花が咲く、花畑であった。かつて巨大な古木が嵐に負けて寿命が尽きた。死んだ巨木は、周囲の木々を薙ぎ倒し、この空間を作ったのであろう。
やがて、古木は朽ちて土となり、その土と、森に開いた空で踊る太陽から光を浴びて、この場所には多くの花が咲いた―――。
森のエルフの弓姫たちは、あふれんばかりの花畑から、森の『歴史』を読み取っていた。植物は語る声を持たないが、状況から推理することでエルフの感覚と伝えられて来た知識は、環境に秘められた意味を紐解ける。
そして。
そんなことよりも。
その広々とした豊かな花畑に、乙女心は躍るのだ!!
「なにここー!!とーってもキレイです!!」
「うむ。そして、広いな!!」
「うわー。すごい、すごい!!なんて、素敵なお花畑!!……これほど、豊かならば、どんな花でも見つけられそうです!!」
任務を一瞬だけ忘れてしまい、ただの少女に戻ったアルカは、花畑に座る。白い花、黄色い花、赤い花……色とりどりの美しく咲き誇る花を、翡翠色の瞳が愛でるように見つめていた。
アルカは、この花畑に飛び込んでみたい衝動にも駆られる。エルフの乙女は、花畑が好きで好きでたまらないものだった。『蜜吸い鳥』と同じぐらい、この場所で踊りたくなってしまう。
「ふにゃー!このお花畑に、と、飛び込んでしまいたいレベルですう……っ!!」
「たしかにな!花畑ダイブほど、楽しいことはない!」
「はい、お姉さま!」
リエルも、アルカがあまりにも嬉しそうに笑うものだから、戦士の心が緩んでしまう。だが、それも一瞬のことだ。
妹よりも優れた戦士の才能が、彼女の耳に気づかせる。
「……っ!!」
「え?ど、どうかなさいました、お姉さま?」
緊張を強めたリエルの表情を見て、アルカは不安を覚える。だが、それも一瞬のことである。アルカもまた、才能豊かなエルフの弓姫なのだ。
長い耳は、聴いていた。鳥たちの歌に混じり、それは届いている。いいや、正確には、それらであったか―――。
「……ッ!!これは、子供たちの悲鳴!?」
「うむ!そして、獣のうなり声だ!!」
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