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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その十七


 斬られたエドガー・ライナーズは、その場にゆっくりと倒れ込む。その顔は衝撃に引きつっているようだった。二種類の衝撃が混じっている。一つは純然なる痛みに由来するものだった。深々と斬り裂かれた体は、まるで上下にずれているように思える。


 自分が取り返しのつかないほどに破損してしまったのだと、エドガーは考えていた。陶器の皿を床に落としてしまった結果と、同じようなものである。割れた皿は二度と戻ることはない。


 だが錬金術師としての知識が、延命を我が身にもたらそうとしている。動かない。動かないほうが長く生きられる。だが、数十分、長く生きたところで何が変わるというのだろうか……。


 ……もう一つの衝撃については、そうだ。信頼が裏切られたことだろう。エドガーは信頼を注いでいたのだ、盗賊のなかでも、どこか知的でありストイックなベイル・シュナイダーのことを。


 シュナイダーは傀儡錬金術についても興味があり、ゴーレムを起動させるための呪術だって、知りたがったじゃないか。広い意味で自分と同じ種類の側面を持つ男だと考えていた……。


 面倒見のいい男だった。この土地を教えてくれたりもした。ゴーレムの製造に適した石材が採れる場所を探していたら、ここを教えてくれた。知識が豊富な冒険者、そんな頼りになる男でもあった……盗賊の類いではあるけど……ボクに、やさしかったじゃないか。


「……どうして……」


 死期を早めると承知の上で、エドガーは口を開いていた。声といっしょに命が体から抜け出して行くような気持ちになった。それでも、彼は友人だと考えていた人物に問いかける。


 シュナイダーは左腕一本による剣の振り方を確かめることに余念が無く、二度、三度と素振りをしていた。ヒトの体を斬る感覚を指に覚えさせようとしている。エドガーの言葉を、彼は聞き逃していた。


「……ん。今、なにか言ったのか、エドガー?」


 エドガーはもう一度、同じ質問をする気が起こらなかった。失われていく命を留めることに必死だったからだろうか、指で傷口を押さえながら身動きを取らないように心がけるため?


 それもあったが、それだけではない。


 同じ質問をしても、また無視されるような気持ちになっていた。それがエドガーには恐ろしくて、行動を躊躇わせてしまっている。軽んじられたくはない。自分の言葉を聞いてもらえない可能性に怯えて、エドガーは口を閉じている。


 沈黙を選んだ瀕死の青年に変わり、老傭兵の口が動いていた。


「お前の裏切りの理由を、そいつは訊いたのさ」


「……そんなことか、エドガーよ。オレは最初からお前を利用していただけだ。酒場でやさぐれているお前を見つけたあの日に……お前が、ゴーレムを操られるのだと教えたあの日から、お前を利用して、一儲けしたかった」


「……そんな……」


「面白かったぞ。お前とつるむのはな……ああ、ゴーレムが暴走したのは、お前が紹介してくれた、お前の友人に作らせた呪術だ。オレでもゴーレムに組み込めたよ。あの錬金術師は酷いヤツだぞ?……ちょっと拷問してやれば、すぐに言うことを聞いてくれた!!」


 嘘だ。


 そう思いたかったが、エドガーは自分の知性を曇らせることは出来なかった。


 『アルンネイル』のゴーレムを暴走させるなんて、同門の錬金術師にしか不可能であるし……その呪術をゴーレムに組み込めるとすれば、動いていない瞬間にするしかない。このダンジョンに潜んでいた、エドガーの仲間たちにしかやれるタイミングはなかった。


 涙を流すのは。


 口惜しいからか。


 それとも、悲しいからか。


 ……あるいは、自分があまりにも情けなく思えたからか。


 ガルフはその答えを探すことはしない。痛みとは当事者だけの苦しみだ。あの泣いている死にかけの若造以外に、その理由を見つけられ者はいないからだ。


 『白獅子』はベイル・シュナイダーとの戦いに備えるために、呼吸を整えることに集中していた。この強敵と戦うためには、少しでも体力を回復させておきたかった。ガルフはエドガーの矢傷の存在にも気づいている……リエル嬢ちゃんたちは、もうすぐ来るな。


 ……時間を稼げば、楽に勝てるが―――どうしたものか。左腕一本でも、なかなかいい太刀筋を使いやがる。不用意には攻められん。慢心が消えた分、厄介さは増していやがるしな……。


 楽に勝たせてもらうとするか。リエル嬢ちゃんの矢を頼ろう。その方が、コイツにとっては屈辱的な結末になるだろうからな。


 悪人は冷血な本性を貌に現しながら、足下にうずくまり震えているエドガーに語りかけている。素振りをして、長剣を振り回し、片腕での剣術を練習しつつ。ついでのように語るのだ。


「なあ、エドガー。教えてやるよ。アミイ・コーデルを誘拐しようとしたのは、お前たちを処分するためなんだ」


「……え」


「いい助手にも出来るし、脅迫に使えば、コーデル家から金を巻き上げられる。そういう使い方も確かにあるし、オレはお前たちにそう吹き込んだが……別の方法もある。金持ちだからな、あやかりたがるヤツも多い」


「……聞きたくない」


「まあ、聞けよ。社会勉強の時間だ。真相を知らぬまま死ぬよりも、スッキリしていいだろうからな。コーデルの娘の誘拐に、マイコラ市の便利屋ギルドが関わるように仕向けた。あのギルドは金儲けのためなら、暗殺者をも派遣する危ない連中だ。あそこのギルドに下らぬ仕事を与えた」


「……巻き込むためだな」


 ガルフの言葉だった。ベイル・シュナイダーはうなずいていた。


「そうだ。あの危ない連中を、コーデル家の娘の誘拐事件に巻き込むためだ」


 ホーリー嬢ちゃんの初仕事は、彼女やギルドが考えているよりも深刻な任務だった。まさか誘拐事件に巻き込まれ、誘拐されてしまうことは想定外の事象であったろうが、それはどうでも良かった。


 アミイ・コーデル誘拐事件に関われば良かったのだ。目撃者でもいいし、アミイが誘拐された屋敷に入るだけでも良かった。状況が前後しても問題はない、アミイ・コーデル誘拐事件にマイコラ市の便利屋ギルドを関わらせることだけが重要だった。


「ギルドのメンバーがその事件に遭遇し、ヤツらの幹部に報告が入れば……ヤツらは事件を調べる。自分たちが利用されたと気づくだろうからな。そうして事実を調べ上げるさ。その結果、コーデル家の金に惹かれて、この件に介入して来る。そうなれば、お前たちは殺されてしまうんだよ、エドガー」


「……盗人を便利屋どもに処分させて、自分だけは逃げ去るか。売り上げだけ奪って、消えてしまうわけだ」


「ああ、そして、この土地にしばらく戻らなければいい。便利屋の凄腕たちが大勢、やって来る……ゴーレムの暴走も、そのタイミングで起きるようにしていたのだが……どうやら、色々と手違いが起きているようだ。まあ、悪だくみなど、計画通りに進むことはないからな」


「…………っ」


「恨むなよ、エドガー。愚かなお前が悪いのだ。いい社会勉強になっただろう。悪い大人は世の中にうじゃうじゃいるってことを、学べたな」

 



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