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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その十六


 盗賊たちを捕縛し終えたリエルたちは、エドガー・ライナーズを追いかけて通路を追いかけていく。森のエルフの狩人としての鍛錬を経てきたリエルからすれば、この道についた足跡がハッキリと見えていた。


「……見えるんすか、足跡……?」


「ああ。見える。修行の成果であるな!」


「えー。修行。私も、出来るっすかね……?」


「鍛錬すれば、誰でも出来る。技術というものは、何だってそうだろう」


 そうだろうか?


 ホーリーは疑問に思う。ホーリーの目には、リエルに見えている足跡というものが、よく分からない。床の汚れは分かるが、それを足跡のように見ることは出来ない。


 そもそも、ここはヤツらのアジトなのだから、たくさんの足跡でワケ分からないことになっていそうっすけど……?


 詳しく質問をしてみたいものの、今は敵を追いかけなければいけないらしい。


 ……逃げちゃいたいっすけど。そう言えば、ガルフさんもこの先にいるっぽいから、行ってあげなくちゃっすね。


 3人の乙女たちはリエルを先頭にしたままダンジョンを進む。通路は三度、直角に曲がっていた。その角に来る度に、リエルは敵の気配を探りながら、時間をかけて安全を確保していく。


 それ以外の場所は、素早く走ることを選んでいた。リエルは、その行動の中で、床についた血の跡を見つける……ときおり、落ちている。傷の手当てをしようとしていたのだろうか、空になった薬瓶が転がっていた。


 リエルの指がその薬瓶をつまみあげて、アミイに手渡す。


「……それは何の薬だ?」


「傷薬よ。痛み止めと、化膿止め……エドガーは手当をしていたのね」


「……私は、間違ってはいなかったぞ」


「そうね。そうだわ……エドガーを仕留めていれば、ゴーレムの暴走も無かった」


 殺すべきだった。


 理性が判断している。そうしておくのが、結局のところ皆の安全のためではあった。それでも、エドガーが死ななかったことをアミイは安心してもいる。誰だって知り合いが死ぬ光景なんて見たくはない。


 たとえ、その知り合いが……悪人の道に堕ちていたとしても。暗い道を進みながら、乙女たちの口は噤まれる。闇よりも重苦しい沈黙に耐えきれなくなり、ホーリーは話題を探し出す。


「……と、ところで。あのゴーレムは……どうなっているんすかね?壁に穴を開けて、どこかに行っちゃったままっすけど?」


「アミイ、専門家として意見をくれるか?」


「……魔力を補給しに行ったのかも……盗んでいた宝石を、貪っているのかもしれない」


「ええ。勿体ない!……宝石や貴金属がダメにされちゃうっすか……?」


「それだけで済めばいいけれど」


 不吉な気配の漂う言葉に、ホーリーは怯えながらも質問する。この闇のなかで彼女は気づいていた。どんなに怖い事実でも、知っていた方がマシなことに。対応することが出来るかもしれないし、心構えは作れるからだ。


 パニックにならなければ、危険を回避することもあるはずだった。当然のことではあるが、土壇場で冷静でいることの難しさと、その有用性を彼女は学んでいる。当たり前のことを、いつでも出来るようになれば、ベテランだ。


 ホーリー・マルードは便利屋としての経験値を獲得している。だから、彼女は賢明な質問をするのだ。


「どんな、厄介なことがあるんすか?」


「……戦闘継続のためのエネルギーの確保。そういう行動なのかもしれない……」


「う。それは、厄介そうっすね」


「ええ。長時間戦えるようになるでしょうし、もしかしたら強さそのものも上昇するかもしれない。何にせよ、我々にとって厄介な行動をしているのだと思う」


「無力化する方法とかは、無いんすかね?」


「5人目が、ゴーレムにどんな細工をしたのかが分かれば、やれるかもしれない。どんな呪術を仕掛けているかによるわ」


「……見つけて、とっちめて、聞き出さなくちゃならないんすね」


「ええ。このまま脱出しようとしても、暴走状態のゴーレムに狭い通路を追いかけられる可能性があるわ。それは……避けたいでしょう?」


「も、もちろん」


「……そのためにも、エドガーと5人目の盗賊を捕まえて、事情を聴取するべきだわ」


「……エドガー・ライナーズは難しくない相手だが……5人目は分からん。ガルフが、とっくの昔に仕留めているかもしれないぞ」


「殺していると?」


 物騒な言葉に、ホーリーは緊張を強める。


 そうか。


 その可能性もあるんだ。


 だって、ガルフさんは傭兵っすもんね。戦うことが好きそうだもん。私に『筒』をくれたし……他にも、あの家には色々な武器が転がっていた。戦いを専門にして生きて来た種類のヒトなんだ……。


 ……スゴい知り合いが増えちゃったっすね。


 知っているつもりだったけれど、世界は広くて、私の知らないことなんてたくさんあるんだ。それを認識しただけでも、世界が広がった気がするっす。世界観というものが、広がった。


 知らない世界を垣間見て、自分の生きて来た世界とのつながりを知れた。すぐ近くに、危ないヒトたちはいて。そういう悪人を殺すための仕事もあるんだ……恐いけれど。でも、世の中のことを、今までより深く知れた気がするっす……。


 それは、きっと楽しいコトでもあるっすね……。


 ウンウンとうなずいていたホーリーは、急に立ち止まったリエルにぶつかってしまう。


「ふにゃ!?……り、リエルちゃん、いきなり止まると、危ないっすよ」


「……すまん。でも、ちょっと緊急事態のようだぞ」


「何が起きたんすか……?」


「ん。私はエルフだから、耳がお前たちよりもはるかに良いのだが、そのうえ、美しく尖っているが……まあ、それはいいんだ。アミイよ、よく聞け」


「……何か、悪いコトが起きたの?」


「それは、お前の価値観次第だろうな」


「……わかった。教えて?……色々なことに覚悟は出来ているわ」


「うむ。エドガー・ライナーズが、5人目に斬られたようだ」


「え……え?そ、それ、どういうこと……?」


「分からん。だが、仲間割れしているようだ。5人目は、盗賊たちの誰とも組んではいなかったようだな」


「騙していたんすね……?」


「……そうなのだろう。そして、利用していた。お金が欲しかったのだろうか、あるいは宝石が好きなのか―――」


「―――エドガーは、無事?」


「魔力を感じる。すぐそこだ。だから、決めなくてはな」


「……何をっすか?」


「どういう方針で行くかだ。私は、5人目を仕留めるべきだと考えている。アミイ。お前はどうすべきだと考えている?……お前は、その5人目に対して、どう挑むべきだと思うのだ?」


「……私に、決めさせるの?」


「訊いているだけだ。希望の通り状況が動くとは思うな。だが……選べる範囲で、行動を決めておくべきだと思う。お前の意見をくれ、アミイ。私は、その言葉に従おうと思う。可能な限りではあるがな」


「…………私は…………」


 アミイは小さな声で、作戦の方針をつぶやいていた。




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