第五話 『豊穣神のダンジョンの奥で……』 その十四
ベイル・シュナイダーは喜んでいる。強い戦士と巡り会えたことに感動しているのだ。彼は己の欲望に素直な種類の人物である、そして、それ以外の何者でもない。
今、彼には『白獅子』ガルフ・コルテスしか見えていない。全盛期では無いにしろ、伝説の存在。そんな獲物を前にして、彼の気持ちは昂ぶってしまう。またあのガルフに不人気なおかしな笑い方をしそうになるが……どうにかガマンすることは出来た。
「戦士は邪悪な欲求を持っているよなあ、ガルフ・コルテス。自分をより大きくしたいんだよ。自分の日々の鍛錬が間違っていなかったことを、示したくもあるものだ。だから、オレは強いヤツが好きだ。強いヤツを殺せば、オレは自分を証明出来るからな」
「自分の価値は、自分で決めるもんだぜ」
「……オレには、そいつは難しい。もっと単純な方がいいだろ?より多くの金を稼ぎ、より多くを殺し、ときどき、伝説の存在を狩る……そうすることで、オレは自分が正しいと実感することが出来るよ」
「お前はどうあれ間違っているよ。裏切り者なんざ、一秒だって生きる価値が無い」
「そうか?でも、強ければ、道理を曲げられる。それもまた正しい。世の中ってのは、どうもオレみたいな人種を受け入れるように出来ているんだ。強いってことは、得をするのさ!!」
持論を述べながら悪人が剣を抜き放つ―――そうしながら、同時に斬りつけて来た。抜き打ち。東方の流派が好む技術だった。曲芸の一つに過ぎず、実戦向けの行動ではないが……身体能力と高い技術を持つ者が行えば、それなりに隙の無い動きに昇華できる。
ベイル・シュナイダーの攻撃も、年寄りの『白獅子』には十分に隙のない動きであった。
若い頃なら……反撃一つで決めているのにな。
自分の老いに愚痴りながらも、ガルフは剣を動かしシュナイダーの斬撃を受け止めていた。曲芸の一つでしかない一撃。ガルフの老いた腕でも防ぐことは容易い。シュナイダーは本気を出しているとは言えないからだ。
逆に言えば。
丁寧な戦いをされると、難しいことになりそうだ。
「……ハハ!いい反応……いや、読みか!」
「……そんなところだよ」
剣と剣を押し合いながら、シュナイダーは歓喜している。もっと崩せると思っていた。ガルフには若さがない。力も反射速度も落ちている。それでも、完璧に受け止め、怯む様子がない。
とんでもない経験値がそれを成している。膨大な戦いに磨かれた感性が、この防御の要因なのだ。老いてなお、やはり伝説は伝説であることを実感したシュナイダーは、その肌にぞわつく戦慄の波を走らせていた。
「ああ!!……初めて老人に敬意を持つべきだと考えているぞ!!……アンタのことを殺したい。殺すことで、やはり、オレは……満ち足りそうだ!!」
「……ケツの青いガキの発想だな……ッ」
「ああ。オレは、どこかガキっぽい。他人様や世の中と、長く問題を起こさないでいれたことがないからなあ!!」
それを誇りにしていやがるのか。たちが悪い。こういう曲がった戦士は、不幸しか招かないが―――たしかに、悪人のなかには長生きするヤツも多い。コイツは、そういうヤツだった。
隠れることに長けた悪人だし、見つかっても、これだけの腕前があれば役人どもの追跡など無意味か。追いかけられても、斬り殺せばいいのだから。
両者の剣が離れ、押し合いが解除される。自由を得た二人の剣は共に踊るように旋回し次の瞬間には衝突していた!鉄臭い火花が散り、剣戟の音をガルフの耳は聞く。威力は互角ではない。年寄りのガルフの方が、速さも力も劣っている。
だが。
小細工は有効だった。老練な筋肉が、骨格を締めるようにつなぎ止めている。そのことにより、ガルフの剣には事実上の重みがあった。鋭さで劣ろうとも、全身の体重と剣を完全に融合させることで、どうにかシュナイダーの剣に崩されずに済んだ。
……何度もやれるようなテクニックではないが、やらなければ剣を打ち払われていた。強い剣士ではある。剣豪と呼んで差し支えることはない。
重みを作り受け止める。これには弱点が多く含まれている。どうしても遅くなる。シュナイダーの剣が、幾度となくガルフに振り落とされてきた。動きの遅さに付け入られるように、手数で襲われているのだ。
ゆっくりと崩してやるつもりだった。強打の連続ではあるが、それは丁寧な攻めで剣術の基本に忠実である。正攻法。攻略手段の少ない戦い方だ。ガルフの強さを認めたからこそ、この剣豪は誠実さを選んでいた。
ガルフは強打の連続に先手を取られ続ける。腕が痺れて行くのが分かった。昔ならば、これだけ打ち合っても腕に弱さを覚えることは無かったが、年を取るということは残酷なもので、近頃は何もしていなくても痺れが走っていることさえある。
―――いかんな。剣では勝てんか。
その事実に傷つくことはない。年を取ることの意味など、彼はとっくに知り尽くしている。弱くなるのだ、残念なことに、かつては可能であったことが許されなくなる。だから、小細工に頼るしかなかった。
猛攻を受けながら、ガルフは突然、腰を沈め、両手の指を動かし長剣を持ち替えていた。力を込める動作だ。疲れ切った腕を誤魔化すため、防御の仕方を変えたように見えた。シュナイダーはその弱さに、つけ込むため鋭く強い一撃を放つ!!
ガキイイイインンッ!!
剣の鋼が鳴り響き、ガルフの指から剣が弾き飛ばされていた。シュナイダーは勝利を確信する。しかし、それはガルフも同じだった。剣を失ったガルフであるが、それは計算していた動きに過ぎない。
弾かれる瞬間に、むしろあえて指を離していた。苦悶の表情を浮かべたのも演技であり、腰を低くしていたのは耐えるためではなく―――攻めるためだった。沈めば、跳べるものだ。
ガルフの体が獣のように動いていた。シュナイダーは『白獅子』の伝説を目撃している。突撃して来るガルフは速い。いや、早い。動作の移り変わりが早く、防御から攻撃への転換によどみがなかった。
だからこそ、身体能力で圧倒的に有利なはずのシュナイダーが遅れてしまう。強打を放っていたために、反応は遅くなっていたのだ。ガルフの左腕が伸びてきた。それはシュナイダーの細いアゴを的確に打ち抜いていた。
一瞬で脳が揺さぶられる。反撃すべきだと体が判断し、慌てて片手で剣を振り抜くが……ガルフはそれを間合いを詰めて回避する。近接してしまえば、剣では斬られないし、ガルフの右の拳がシュナイダーの顔面を殴りつけた。
大昔なら、これで終わりだった。怪力のガルフ・コルテスの右フックは、斧のように力強かったから。だが、悲しいながら老いている。力と鋭さが足りない。シュナイダーの意識はまだ飛ばない。分かっていた。だからこそ、左の指で肩を掴んでいる。逃さないために。
ボクシング技術で、最高の一撃は幾つかあるが、これもその一つだった。頭突き。競技としては反則だが、反則な理由は明白。拳よりもはるかに強く相手を倒せることがあるからだ。ガルフはふらつく剣士の頭に己の頭をぶつけて行く。
この頭突きは年を取っても威力がそれほど落ちていなかった。体重を浴びせるだけだからだ。相手の目を回すことが可能だ。まあ、こちらもフラついてしまうが―――それでも準備していれば、体は動く。
老練の『白獅子』の右手がシュナイダーの右腕を捕まえていた。シュナイダーは揺れる意識のなかで知るのだ。老人の握力が、己以上であることを。イヤな予感がして、ふらつく体で後退しようとするものの遅かった。
ガルフの体が跳んでいた。猫のように背中を丸めながら、老いた両脚がシュナイダーの頭と胴体に絡みつき、ふらつく剣士の体を敗北に引きずり込む。
シュナイダーの体が前方に転がされていき、仰向けになる。ダンジョンの天井を見た彼がそう感じた瞬間に、ガルフは力を込めていた。老いた脚と全身の筋力とテコの原理を使い、シュナイダーの右肘はガルフの関節技でへし折られていた。
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