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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その十一


 青年は逃げていた。肩に刺さった矢を引き抜いて、そのままダンジョンの通路を進んでいく。狭く細長く……ヒカリゴケが繁茂した、幻想的な光に満ちた通路……そこを青年は急ぐ。


 早くしなければ。


 早くしなければ、アイツらが追いついて来てしまう!!


 アイツらは何だ……?


 アミイは、何を連れて来た?


「……それなりに名のある盗賊たちのはずなのに……一方的に、やられていたぞ?そんなことって、あるのかよ……?」


 矢を抜いて、痛み止めを使ったばかりのせいか肩の傷口はまだ新鮮な痛みを放っている。もっと強い薬を飲めば良かったとエドガー・ライナーズは後悔していた。体への負担を考えて、弱めの薬にしたのが間違いだったかもしれない。


 ……ボクは冷静な判断もすることが出来ないのか。そうだな……認めるよ。ボクは、そうなんだ、怯えてしまっているようだ……ッ。


 エドガーがそれを認めた瞬間、彼の体はガクガクと震え始めていた。あまりにも膝が揺れてしまうので、上手く歩けなかった。みじめな姿ではあったが、四つん這いになり、通路を進むことを選んだ。


 怖い。


 恐い。


 こわい。


 こわいんだ……っ。


「……母さん…………ボクは…………死ぬのかな……」


 あの矢を放たれる直前に、宝石眼の瞳はボクを睨んで来やがった。どうなっている?そうだ、宝石眼のエルフ……古き精霊たちをも使役したという、古代の王家の血筋。そこらにいる、魔力の低下したエルフではなく、正真正銘の大魔術師の才能だ……。


 ……まだ。


 そうだ。


「ま、まだ、アイツ、魔術も使っていなかった。本気じゃない。本気じゃないんだ……それなのに、腕利きの盗賊たちを圧倒した。ありえないほどに……強い……しかも……しかも、アイツ……ボクのことを、殺そうとしていた……ッ」


 その記憶がフラッシュバックしてくる。うつくしい瞳であった。まさに宝石の化身のように美しい瞳―――なのに、アイツはボクを殺そうとしていた……アミイだ。アミイが命じたから、ボクは……殺されなかった。


 どんな関係なんだ……?


 クソが。


 金持ちには、才能豊かな天才まで集まってくるのかよ。ボクに近寄ってきた盗賊どもは、本当に使い物にならなかった……っ。また、ボクのせいじゃないところで負けるのか?


「……あんな女……並みの才能だ!……錬金術師ならば、誰でもする程度の努力しかしていないじゃないか!!……親が、一族が、大金持ちだから……勉強のための時間も、金も……いくらでもあっただけの女だ……っ」


 才能以外、多くの事に恵まれている本当の金持ちだ。ボクよりも才能が低いくせに、いつも成果にも恵まれる。質の良い協力者が、あちらの方から現れる。大商人コーデル家の名前に惹かれたヤツらが……。


「なんで……ボクは…………コーデル家に生まれなかったんだ。ボクが、コーデルだったなら、彼女の十倍は、評価されたはずなのに……」


 血の奥底に封じられた怨霊かのようにエドガーは苦悶の表情から恨みを吐いていく。中には正統な怒りもあったが、その大半は見当違いの八つ当たりだった……。


 そして、怒りと裏腹に恐怖の感情も膨らんでいく。


 これから、一体どうなるのだろう。


 殺される……?


 アミイは……そんなことをさせるつもりはないらしい。でも、どうだろうか。ゴーレムが暴走して、何もかもメチャクチャになってしまった。アミイは、ボクを見限るかもしれないな……そうすると、あのエルフの怪物に、魔術でも使えと言うのかな。


 ボクを炎で焼き殺すのか、風で切り刻むのか、あるいは雷で感電死させるのか。


 ……アレに殺されなかったとしても……そうだ。逮捕される。そして、裁判にかけられて……牢獄送りだ。


 彼は愚か者ではない。


 だから知っている。


 あれだけの盗みを働いてしまえば、一生、牢獄送りだ。被害者の金持ちどもに雇われた看守に、殺されたりすれば―――意外と短い刑期になる。死体には、長い罰を与える法律はないんだ。


 ……どちみち。


 どちみち……ボクの人生は、破滅しようとしている…………っ。


 このまま……このまま、死んだ方がいいのだろうか?……監獄送りになるよりは、死んでしまった方が幸せなのかもしれない。


 ……四つん這いが止まる。


 死を選ぼうか。毒薬ぐらい、持っている。それを飲めば、さほど苦しくなく死ねる……いや、やはり、ダメだ。死にたくはない……監獄にも行きたくない。そうだ。だから、頼むよ、シュナイダー……。


 アンタなら、アイツらを皆、殺してくれるんじゃないのか?……誰もを、殺してしまえば、それで……それで終わるんだ。頼むよ、シュナイダー……アンタなら、ボクのことを救ってくれるはずだろ……?


 青年は立ち上がる。


 ……痛み止めが効いて来ているせいもあるのか、エドガー・ライナーズは強気になっていた。


「そうだよ……全員、殺せばいいじゃないか…………三人いるけど。危険なのは、一人だけだ……シュナイダーに、あのエルフを斬らせればいいんだ……っ」


 そのプランを彼は最高の考えであると考えている。病んだ魂は、この美青年の顔に笑みを浮かばせる……それは、あまりにも残酷で、あまりにも救いようのない自己愛に由来する。


 病んだ犯罪者は、ひひひ!と狂気に震える笑い声を口から漏らしながら、さっきまでとは比べものにならないほどに、速い足運びになっていた……。




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