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第一話    『こ、コレは純然なる復讐の旅であり、あ、あいつは関係ないのである!?』    その四


 森のエルフたちの集まる広場には、『聖なる復讐の戦士』を送り出すために、若いエルフの乙女たちが色とりどりの花片を宙へと投げて風に乗せていく。


 まるで舞い散る雪のように、それらの花片はリエルたちの上空で戯れの風に乗って踊る。


「……うむ!キレイであるな!」


「……ええ!とても、キレイですね、お姉さま……っ!」


 そうだ。


 それはとても美しい光景であり、里を花蜜の甘い香りがつつんでもくれていた。幻想的な世界に、エルフたちはいる。その中心にいて、花弁の雪を見上げている可憐な弓姫をアルカは見ている。


 そうしていると。


 何故だか、とてもさみしくて。涙があふれそうになる。


 ……アルカは、姉との『別れ』を思い知らされているのだ。


 そうだというのに。


 偉大なるリエル・ハーヴェルは、笑顔だった。自分に舞い落ちてくる花片を見上げながら、くるりくるりとその身を軽やかに躍らせていた。


「フフフ!花の雪のようだな!……皆よ、ありがとう!私は、この日を一生、忘れたりしないからな!この光景を!この故郷を!……フフフ!いい旅立ちの日である!!」


 姉の偉大さを、アルカは思い知らされている。『聖なる復讐の戦士』の重責にも負けることはない。ただ一人で、本当に役目を果たそうと心に決めている。何ていう、強さなのだろう……。


 ……お姉さまにしか、此度の『聖なる復讐の戦士』の大任を果たせそうな英雄はいません。森のエルフの、最強の戦士である、お姉さまならば……いつか、戻って来てくれるかもしれない……っ。


「……おい!アルカ!」


「は、はい!!な、なんですか!?」


「さみしいからといって、くよくよと泣くでない。森のエルフの弓姫は、里を守る戦士でもあるのだぞ?……私が不在のあいだは、お前も里を守るのだ」


「はい!その役目、必ず、お姉さまがいないあいだ、このアルカが果たします!」


 涙を拭いながら、妹は姉に決意の言葉を捧げていた。リエルは妹の覚悟をその長いエルフの耳で聞き届けると、いつものドヤ顔を浮かべるのだ。


「お、お姉さま、どうしてドヤ顔モードになるのですか?」


「いやいや、我が妹の成長が誇らしくて、ドヤ顔モードになってしまうのだ!」


「も、もう……っ」


「私の指導が、素晴らしかったからであるな!」


「ち、ちがうとは言いませんが、もっと謙遜なさいませ!!」


「ふむ。王族として、そんな謙遜に意味はないよーな気もするのだが―――」


 ―――リエルが腕を組み、王者とはどうあるべきかを深く考えようとした矢先のことだった。花片が遊ぶ里の広場に、一人の狩人が駆け込んでくる。周りのモノが、説明も無しに悟れるほどの慌てぶりだった。


 何かが起きたようだ。


 里の戦士と狩人たちが、その年若い狩人の元に駆けて集まる。最強の戦士であるリエルも、その妹のアルカも、もちろん女王セリスも彼の近くへと駆け寄った。


 全力をもって、警戒せざるをえないのだ。


 あの襲撃の日も、こんな良い天気の日であったから。オーガルルの葉が放つ魔力を帯びた霧が消えて、空は残酷なまでに晴れていた……。


 皆、覚えているのだ。侵略者、ファリス帝国軍の襲撃を。あの悪夢がまだ心に深い傷痕を残しているからこそ、皆が不安になり、戦士や狩人たちは武器に絡めた指に大きな力を込めていく。


「一体、どうしました?」


 女王セリスが代表して、その息も絶え絶えといった狩人に訊いた。狩人は、女王の前で敬礼した。敬礼したまま、彼は荒れた息のまま言葉を放つ。


「じょ、女王様、大変でございます!!」


「……何が起きたのです。敵ですか?」


「い、いいえ!!て、敵襲ではありません!!」


 その言葉に里の者たちの顔は一気に明るくなる。


 だが、リエルの表情は厳しいままだ。


 里で最強の戦士は、緊急事態においては、常に張り詰めた弦のように力をため込み、心を研ぎ澄ませておく必要がある―――かつて、リエルの父王から教えられた哲学は、たとえ彼が死のうとも、娘の心に生きていた。


「て、敵襲ではありませんが、ど、どうやら……どうやら、子供たちの何人かが、禁忌の森に迷い込んだようなのです!!」


「何ですって!?」


「そ、そんな!?い、今、あの森には魔物が出る時期ですよ!?……ど、どうして、そんなところに!?」


「―――私のせいだな」


 リエルは断言した。表情を壊すことはない。内心では大きな戸惑いを抱えて、指と足を神経質にモゾモゾ動かしてしまうが、戦士としての顔を崩さない!


 森のエルフの王族として、最強の戦士として……緊急事態こそ冷静であれ!そうだな、父上よ!


 父の教えを守りながらも、リエルは北の森を睨む。


 ……アルカは、状況がよく分からなかった。


「ど、どうして、お姉さまのせいだと言うのですか!?」


「禁忌の森には、美しい花が咲くだろう?」


「え!?」


「……その子供たちは、『聖なる復讐の戦士』を送るための『花の雪』を降らすために、その花を摘んでこようとしてくれたのだろう。ゆえに、私のせいなのだ!」


 ならば?


 決まっている。


 森のエルフの弓姫は、偉大なるリエル・ハーヴェルは、この里の全ての者を守るための矢なのだ。


 リエルが駆け始めていた。


「お姉さま!?」


「続け、アルカ!!そして、戦士たちよ!!今は、私の儀式など、どうでもいい!!その迷子になったガキんちょどもを、助けてやるのだ!!」


「は、はい!!」


 妹姫のアルカも軽やかに走り、森のエルフの弓姫姉妹は、風のような速さで森へと向かう。


 女王セリスは、姫たちの行いを見て微笑みを浮かべる。だが、それも一瞬のことだ。次の瞬間には、女王の冷徹な貌になり、エルフの兵士たちに命令を飛ばす!!


「姫たちを追いかけなさい!!可能な限り分散して、速やかに子供たちを探し出すのです!!……里の見張りは、10人だけ残しなさい!!」


「了解です!!」


「行くぞ!!姫さまたちを追うんだ!!」


 エルフの兵士たちもまた、風のような俊敏さで弓姫姉妹を追いかける。女王セリスには、まだ発すべき命令があった。


 広場に集まる若い娘と、祝いの料理を作っている女たちに視線を回した。翡翠色に輝く、エルフ王家の証、宝石眼に魔力と意志を込めながら、その歌のように美しい凜然とした声を放つ。


「女たち、弓を取るのです!……戦士たちが、森に入った。もしもの時に、備えて、武装するのです!……侵略者どもが襲撃して来る可能性に備えなさい!!」


「はい!!」


「わかりました、女王さま!!」


「……薬草医!霊薬の準備を!!……子供たちや、戦士たちの傷に、備えるのです!!」


 そうだ。


 女王セリスも覚悟している。リエルがいなくなる。最強の戦士が、この里の護り手から消えるのだ……。


 それは、敵襲に対して、この里を守る力が大きく減少することに他ならない。かつて帝国軍に敗北した時よりも、この里は、より小さく、より弱くなっている。それなのに、最強の戦士の一人が不在となる―――なんて、不安なことなのか。


 だとしても、守るのだ。


 だからこそ、守るのだ。娘の戻るための……いいや、『娘が死ぬための理由』である、この故郷を守らなくてはならない。


 老若男女を問わず、全てを使う。誰も彼も、全員がかりで備えなくてはならない。この里を脅かす可能性のある、全ての事象に対して―――。




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