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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その六


 ……逃げたのか?……いいや、そういう種類のヤツじゃないな。そうか、5人いる。5人いるのだったな、こやつらは。


 一人いない。ガルフは、そいつを狙ってるのか……ならば、ガルフのコトは知らんぷりするとしよう―――。


「―――そう言えば、コトの張本人の一人、ガルフさんはいないんすか?」


 むう。


 何とタイムリーな質問をする森タヌキか。


「……薄情っす。鬼っす。悪魔っす。得体の知れないトコロはあったとしても、ココには来てくれるタイプのおじいさんだと思っていたっす……っ。裏切られた気持ちっすよ」


「いや、それは……」


「大丈夫。ガルフさんも来ているわよ!」


 ……いいコンビネーションだったとリエルは感じる。ガルフが姿を隠したことが、これでバレてしまうだろう……。


「ホントっすか!?あれ、でも、どこにもいないっすよ!?この嘘つき錬金術師!!」


「な、う、嘘なんてついていないんだから、ガルフさーん!!ガルフさーん!!どこに隠れているんですか!?出て来て、私の名誉を回復してくださーい!!」


 ……うむ。完璧であるな。この状況でガルフなどいないと主張するのは、時すでに遅しというものだ。


「な、なんだよ、あいつら!!まだ他にも一人いるってよ!!」


「く、くそう……何なんだよ、コイツら……」


「気をつけろよ、エドガー……」


「く……っ。アミイ・コーデル、ボクを売ったのか!?」


 エドガー・ライナーズは怒りに歪む表情で、魔術師の杖を振り抜いた。杖にため込まれていた魔力が、雷となってダンジョンを走る。アミイは予備の杖を構えた。雷を弾くための属性、炎を呼び起こし―――防御の姿勢を取っていた。


 怒りを帯びたエドガーの雷ではあったが、アミイの杖に込められた赤く輝く魔力によって、アミイはその身を雷に貫かれることはなかったが……アミイの杖に大きな亀裂が入ってしまう。


「……や、やっぱり予備の杖じゃ、ムリ……っ」


「アミイ!!答えろ!!コイツらは、誰なんだ!!ボクたちを捕まえに来た、傭兵たちなのか!?」


「そういう人物じゃないわよ。あなたが間違えて誘拐してしまった、その子の仲間よ!!……私たちは、その子を助けに来ただけ!!」


「ふ、二人も攻撃しておいてか!?」


「そ、それは、そこのエルフさんの独断的な行動で……?」


「……ふん!殺す方が簡単なのに、アミイの顔を立てて、あえて急所は外してやっているではないか。善良な行為だぞ」


 どいつもこいつも私のコトを攻撃的で危険な人物だと考えているようだ。こんなに優しいのに……っ!


「おい、動くな!!」


 リエルは矢を放ち、逃げようとしていた盗賊の尻に矢を突き立てていた。


「痛っ!!ちょ、ヒド……っ」


「逃げようとするからだ、馬鹿者め。動くなと言っただろ?」


「……くっ!!」


「……あの。リエルちゃん」


「なんだ、ホーリー」


 私が悪人みたいだとかいうセリフを口にすれば、一生、覚えておくが……?リエルは翡翠眼にそんな意志を込めながら問いかけている。ホーリーは、リエルの視線に隠された恐ろしいメッセージに気づけるほどの感性はなかった。


「いえ。あの女錬金術師なんかの顔なんて、立てる必要ないっすよ。あいつ、きっとコイツらとつながっていて……」


「そうじゃないようだぞ」


「え?どーして、言い切れるっすか?」


「とんでもない金持ちらしいからだ」


「え?……あ、あの女錬金術師さんが?」


 いきなり『さん付け』になっているところに、リエルは何だか恥ずかしさを覚える。我が友、ホーリー・マルードよ……何てカッコ悪いのだ?


「……ほ、ホントに、金持ちなんすか!?」


「う、うむ。ガルフ曰くのドン引きするほどの金持ちだというハナシだ。金持ちが、泥棒などしないだろう?」


「たしかにそうっす!!……アミイ・コーデルさーん!!私、あなたのことを信じまーす!!あなたは、とても聡明で、美しく、素晴らしい錬金術師さまっすから!!あなたはこんな薄汚い盗賊どもと、仲間なんかじゃないって、分かってました!!」


「……そ、そう。分かってもらえて良かったわ」


 ……リエルは、金持ちに対して媚びへつらう友人の行動を目の当たりにして、とんでもなく恥ずかしい気持ちになる。自分のことではないのに、顔とか耳が真っ赤になってしまうのだ。


 うう。ホーリー、なんというか、おバカな子め……っ。


 アミイもホーリーの行動に対して呆れ顔ではあるが、わずかながらの感謝もしている。彼女の間の抜けた行動のおかげで……この場の空気が少しはマシになったと判断していた。


「と、とにかく!!……私たちは、この子を返してもらえれば、それでいいわ!!このまま見逃してくれるのなら……自警団に通報するのを、3時間後にしてあげます!!それだけあれば、少しは遠くに逃げられるでしょう?」


 ゴーレムを使えば、何十キロ先にだって逃げられる。『アルンネイル』のゴーレムは、機動性重視に作り上げれば、ちょっとした馬よりも速く走ることが出来るのだから……。


「……その条件を、飲んでくれないかしら、エドガー・ライナーズ?……それが、同門だった者としてしてあげられる、唯一の慈悲よ……」


「……なんだい、それ?……バカにしているのか?……ボクが、そんなことを信じると思っているのか?」


「……信じて欲しいわね。じゃないと……私はともかく、あそこのエルフさんが、あなたのことを許さないわよ、エドガー?」


「そうだ。死にたくなければ、そうするがいい。私は……ホーリーを無事に取り戻せた時点で、少しぐらいは妥協してやれるぞ。さっさと、尻尾を巻いて逃げるがいい」


「り、リエルちゃん、その言い方は……」


 怒らせるだけっすよ。そう言いたかったのだが、エドガー・ライナーズはすでに激昂している。そして、彼は追い詰められてはいるものの、強い力を持った錬金術師の一人なのだ。


 屈辱に肩をふるわせながら、錬金術師は感情のままに叫んだ。


「……ボクを、バカにしやがって!!女どもがああああ!!……動け、ボクの『ストーン・ゴーレム』!!この女どもを、ぶっ殺すんだッ!!」


 エドガー・ライナーズの命令に従うために、彼に創られた『ストーン・ゴーレム』がダンジョンの奥底から動き始めていた。


 それは、まるで獣のようになめらかに動く。石で造られているとは思えないほどに素早く、主のそばへと走って来る。リエルは、容赦はしないと決めていた―――エドガー・ライナーズに向けて矢を放つ―――。


「―――こ、殺さないで!!」


 その悲痛な願いを帯びた声に押されたかのように、リエルの矢はわずかに逸れた。エドガーの胸ではなく、左の肩へとその矢は突き刺さっていた。


「ぐふう!?」


 仕留めていれば、ゴーレムに対する呪術も消えていただろう。だが、アミイはかつての同胞の命を惜しむことで、自分も含む仲間たちを危険に晒してしまっていた。


 ……リエルにも落ち度は大きい。殺すべきだったのだ。そうすれば、この場で死ぬのは、あの錬金術師だけであったのに。リエル・ハーヴェルは、あまりにも未熟であった。




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