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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その三


 『炎の魔犬/ヘル・ハウンド』に噛まれるぐらいならば、少女の口は何だって素直に話すに決まっていた。


 ホーリーは喋っていた。豊穣神のダンジョンの地下で、ペラペラとその口は雪解け水にあふれた早春の川みたいに勢いよく知り得る限りの情報を言葉に変えていく。まあ、リエルやガルフのことまでは話さなかった。


 あの二人は、ここの盗賊を見つけて……多分、捕まえるか、それ以上に血なまぐさい行為を与えようとしているのだから―――言ったところで、不利になるコトまでは話さない。そんな人物の仲間だとすれば?……きっと、気分を害するだろう。


 ニコニコしよう。


 たとえ、嘘くさく引きつったタイプの表情でもいいから、隠すのだ。自分がもうすぐここにやって来るよーな気がする、ウルトラに強いエルフと……何だから物騒で、得体の知れない老戦士と関係ないようなフリをしよう。


 もしも。


 もしも、そんなことがバレたら、このイケメンの盗賊に人質にされてしまいそうな気がするっすもん……。


「……ふーん。じゃあ、君は巻き込まれただけなんだね?」


「うん。はい。そうなんす!!私、たんにしょーもない伝言を運ぶという、じつに地味な仕事をしていただけで事件に巻き込まれた、悲しい存在なんですう!!」


「そうかい。それだけならば、君は本当に無関係な人物のようだね。でも……君は何かを隠していないか?」


「ギクウッ!!?」


「……おい。あの子、怪しいぜ?」


「初めて聞いたよ……アレ、現実でも口にするヤツいるんだな」


「ちょっと、レア度の高い面白いモノを見たような気がするぜ……」


 盗賊たちは感動しているようだった。ホーリーの生まれながら備わっている愉快な性質が、荒んだ盗賊の精神に一瞬の牧歌的な憩いを与えていたが―――インテリでイケメンの錬金術師はイライラしていた。


 犯罪者としての歴が浅いエドガー・ライナーズは、自分の計画に生じた歪みが気になって仕方が無いようだ。木に吊された罪人の死体。青年の心には、そんな光景が浮かんでいた。


 慎重であるべきだ。


 間違ってはならない。


 間違えば……犯罪者は、すぐに捕まり縛り首だ……そんなことに、なってたまかるかよ!!エドガー・ライナーズは、その表情に攻撃的なシワを浮かべていた。彼の隣りにいる呪術で生まれた生き物は、主に倣って表情を険しくさせている。


『グルルルウウウッッ!!』


「ひ、ひい!?ワンちゃん、怒らないで下さいよう……っ」


「……嘘をついているんだね、ホーリー・マルード」


「そ、そんなことはないっすよう!!包み隠さず、知っていることは話しているっすよう!?」


「……ホントかい?」


 エドガー・ライナーズの瞳が、ホーリーを睨んでいる。冷たい瞳だと少女は感じる。自分のことしか考えていない、欲深い瞳……そして、どこか追い詰められているような色が見えた。


 自分の富を守ろうと必死なヒト……。


 商売人の娘であるホーリーには、その事実が見える。


 何度も見てきたからだ、自分の父親の友人や知人たち。商売人は、追い詰められたときこんな顔をする。大きな破滅の運命を嗅ぎ取りながら、それをどうにかしようともがくのだ。


 ……そんな心理状態にある男は、何だってする。犯罪と呼ばれることもする、倫理や道徳に反することも平気で行う。何だってして、自分の運命をねじ曲げて、富や名誉を守ろうとする―――だから、失敗したときには、自殺だってしてしまう。


 命がけの目でもあるのだ、この自分のために何でもするという危険な覚悟を感じさせる目は……怖い。ホーリーは率直に思った。


 そして、確信する。


 絶対に、リエルちゃんたちのコトは言っちゃダメだ……もしも、話したら、このヒトは私を人質にする。何だってする。どんなことだってする……私は、殺されてしまうかもしれない。


 ……この男こそが、盗賊たちのなかで最も危険な人物だった。


 あれほど流暢に動いていた口が、凍りついてしまう。自己弁護の言葉を放つべきだ。嘘が通じないほどに、鋭い相手ではないとホーリーは考えている。


 錬金術師は、富裕層の出身者が多い……そういう種類の人物は、若い内は未熟な話術しか持たないものだから。


 騙せる。


 誤魔化せる。


 商売人の娘の口ならば、この未熟なはずの人物をやり込める―――挑戦しなくてはならない。勝ちの目は、絶対にあるはず……なのに、ホーリーにはその勇気が出て来ない。目の前に立っている男が、真の悪人に堕ちようとしていることに気づいたからかもしれない。


 どうあれ、その態度は良くない。


 ホーリーに対する疑いを深めてしまう。


 エドガー・ライナーズは、奥歯を噛む。そして、神経質そうな細くて長い指で、あのサラサラした髪をかき上げていた。


「イライラするよ!!……女って、ボクに媚びてくることも多いくせに……いつだって、本音は明かさないものだ!!……だから……犬が好きだよ、ボクは!!従順で、ボクを裏切ったりはしないからね、師匠のように!!」


 会話で時間を稼ぐべきだ。


 師匠と言った。


 師匠について聞けばいい。このヒトは、自己陶酔するタイプのヒトだから、きっと、きっと、そこを突けば、質問さえすれば、話し出すだろう……商売のコツ。男はムダなことを言いたがらない。男の客が何かを話せば、それは話したくてしかたないからだ。


 そういうときは、訊いてやればいい。そうすれば、品物を売りつけるチャンスが増えるんだよ、ホーリー?……父親からもらった教訓が、心のなかに浮上している。ホーリーは選ぶべきだった。選ぶべきだったのに。


 勇気が足りない。


 口が動いてくれなかった。


 男の怒りは強まっていた。そして、彼は衝動的に―――初めて無抵抗の女に暴力を振るっていた。ホーリーの小さな体を、その長い脚で蹴りつけていたのだ……。


「きゃん!?」


 犬みたいな悲鳴を上げながら、ホーリーが床に蹴飛ばされていた。


「おいおい、エドガー?」


「ガキをいじめるなんて、ヒドいぜ?」


「ハハハ!紳士的なアンタらしくもない!」


 盗賊たちはエドガーの行動を非難する?……いいや、そうじゃない。彼らはこの事件を大したことだとは思っちゃいない。彼らも女に暴力を振るうことを厭わない種の男たちだからだ。


 むしろ、歓迎しているようでもあった。そう、歓迎しているのだ。エドガーが、より盗賊らしくなったことに。


「……犬みたいに鳴いたな?……そっか、そうだな。そうだったんだ。犬みたいに扱ってやればいいんだね?……そうしたら、誰もが、ボクの言うことを聞くんだよ。ククク!フフフ!あははははは!!」


 豊穣神のために掘られた聖なる洞窟の奥底で、一人の男が、新たな悪意に取り憑かれていた。盗賊たちは、エドガーのために笑う。そして、提案をしていた。


「エドガーよ、女のガキに言うこと聞かしたければよ?……ブン殴るよりも、いい方法があるんだぜえ?」


「そうそう、そっちの方が、オレたちも楽しいんだよ」


「だからよ、四人で、このガキ、やっちまおうぜ」


「……あはは。それは、いいなあ。タイプじゃないけど、面白そうじゃある」


 ホーリーにはそれらの言葉の意味が、よく分からなかった。だが、良くないことが自分の身に降りかかりそうだということは分かった……だから?だから、逃げなくてはならないのに、下品な貌で笑う男たちに、彼女はすでに囲まれていた。

 



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