第五話 『豊穣神のダンジョンの奥で……』 その二
森タヌキ・モードを取るホーリーであった。ガフガフという呼吸を少女の耳は聞いている。首に当たる生温かで、ベットリとしたモノは……舌であろう。
このモンスター……私のコト、舐めているっすか……っ?お、乙女としては、複雑っすけど。私よ、マズくて臭くなーれ。マズくて臭くなーれ。
魔力を伴うことのない、なんだか悲しい呪文を心のなかで森タヌキは唱えていたが。もちろん何も起きることはなかった。
「……『アルフォンス』、離せ」
初めて聞く声だと、微動だにしたくない森タヌキは考えていた。目を動かすことにも勇気が要る状況ではある。このモンスターさまを怒らせれば、私の首は噛みつかれちゃうんすからね……?
……あれ?
首から、牙の硬い感触が離れて行く。迷ったが、首を右に動かしてみた。声の聞こえた方向を見るためである。何が起きているのかを、確認したい。
赤い『犬』がいた。
赤いのは、燃えているからだ。体の大半から、沸き立つように炎が揺らめいている。『炎の魔犬/ヘル・ハウンド』だ……っ。私、あんなのに、噛まれていたっすか……?
大量発生すれば、軍隊を出動させることもある。それが、『炎の魔犬/ヘル・ハウンド』だった。呪いに呼び出されて、町を焼き払ったという伝説さえも持つ、ホーリーでさえ知っているほどに有名なモンスターだ。
ホーリーは驚いていた。
そんなモノに首を噛まれていたという事実と……そんなモンスターが、まるで犬のように従っている人物がいることを。
その人物は、なかなかのイケメンである。スラリとした高身長の男、茶色く艶のある髪をしていて、細面の美形……っ。もしかして、コレが私専用の王子サマとかいうパターンで、あの悪漢どもから私を救助するパターンとかだと嬉しいっすが―――。
ホーリーにだって、常識がある。そこそこ苦労して育った人物なのである。森タヌキ・モードで動かないまま、彼女は考えていた。
―――モンスターと仲良しの人物なんて、ろくな男じゃないに決まっているっすよ。それに、それに……コイツ、あの女と同じ杖を持っているじゃないっすか。
「ああ。エドガー、捕まえてくれたのか?」
「その子、いきなり逃げやがるんで、ビビったが……」
「そこそこ脚は速いみたいだが……さすがに『ヘル・ハウンド』からは逃れられないよなあ?」
「……コレは、何だい?」
いけ好かない美形であるようだ。ホーリーはこの変なイケメン野郎が、しょせんはクズであることを悟る。だって、私のことを、コレと言ったっすよう……っ。
現実は基本的に、ホーリー・マルードに対して厳しいことが多いのだが、どうやら現実は平常運転しているようで、今回もホーリーに対して厳しかった。
「アンタの作ったゴーレムが連れて来たのは、そいつだったよ」
「……何?コレは、彼女じゃないぞ?……アミイとは、全く異なるモノだ……そもそも、誰だね、君は?」
「ほ、ホーリー・マルードです。『マイコラ市の便利屋ギルド』のメンバーっす」
「それが、どうしてこんな場所にいる?」
「……私が、知りたいコトっすよう。いきなり、ゴーレムに捕まって、そのまま、ここまで運ばれて来てしまったっす!!」
「……どうして。コレが……いや、君が?……ボクは、アミイ・コーデルを捕らえるように呪術を刻んだはずなのだが」
錬金術師と思しき男は、首を傾げる。その瞳を狐のように細くさせながら、彼はホーリーをのぞき込むように睨みつけてくる。
普段ならば、イケメンに顔を近づけられたら、うひゃー!と喜びの奇声をあげていたかもしれないっすが……今は、そんな気持ちにはならないっすね。
これが……シリアスという空気なんすね……このイケメン、『ストーン・ゴーレム』を使って、宝石強盗をやらせていた人物っすね……やっぱり、アミイ・コーデルも、コイツらの一味……?
……いや。
アミイ・コーデルをゴーレムに捕まえさせようとしていたということこは、あの女はコイツらと距離がある……一口に仲間と呼ぶのは、早計かもしれないっすね……。
「そうか!!わかったぞ!!」
いきなりの大声に、ホーリーは再び森タヌキ・モードになりかけてしまう。
しかし、そうなる必要はなかったのかもしれない。
「……ボクは、彼女のマジック・アイテムを回収するように命じていた。彼女ならば、魔術師の杖を奪われたら、あちらの方から、ここにやって来るようになるからね!この魔術師の杖は、『アルンネイル』の創始者の形見だからね……」
「……創始者の、形見……」
「そうだ。だから、我々にとっては、それなり以上に大切なアイテムだ。それなのに……おかしなコトがあるね」
「……な、なんですか?」
「どうして、君がそれを持っている?」
「色々あって、何となく手に取っていたら、こんなコトになったっすよ!!」
「……ふむ。どうしても、ヒトが介在すると、上手く行かなくなるものだね」
「……じゃ、じゃあ。私は……これで―――!?」
ホーリーのノド元に、魔術師の杖が突きつけられる。エドガー・ライナーズはそれでホーリーを脅した?……いいや、彼からすれば、むしろ気遣いかもしれない。
『炎の魔犬/ヘル・ハウンド』は、獲物に逃げられそうとなると、とても危険な本性を解禁する。首に噛みついて、その骨をへし折ることも少なくない。さっき、ホーリーが助かったのは、偶然の結果が大きかった……。
「逃がすと思ったかい?」
「わ、私は……っ」
『がるるるうう!!』
『炎の魔犬/ヘル・ハウンド』が、さっきまでとは異なり、その表情と、全身から燃え立つ炎の勢いを荒々しくする。
怒っているようだった。
よく訓練された犬は、飼い主の顔色までうかがうようになる。この犬型モンスターは、この優男の錬金術師にホーリーが口答えすると、ガブリと噛みついて来そうだ。
ホーリーは悟っていた。
どうやら、自力では逃げられそうにない……。
「……さてと、便利屋くん。ちょっと事情を聞かせてもらおうじゃないか?……君は、どうして、アミイ・コーデルの家を訪れていたのか。それをボクに教えてもらえるかな?断れば、君は『ヘル・ハウンド』の牙に噛まれる痛みを知ることになる」
……本日も、運命はホーリーに対して甘くないようであった。
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