第五話 『豊穣神のダンジョンの奥で……』 その一
第五話 『豊穣神のダンジョンの奥で……』
リエルたちがそのダンジョンの入り口に辿り着いた頃。ホーリー・マルードはまだ固まっていた。森タヌキのように弱い心は、それを選択していてのだ。思考を停止し、呼吸も可能な限り抑えよう。
そうだ。
私は、石。
私は、無害な存在。
だから、お願いだから私のことを放って置いてくさいっすよう……っ。
「……この子、なんで動かないんだ?」
「さ、さあ。分からないけど……」
「おーい、嬢ちゃん、生きているか?」
盗賊どもは『ストーン・ゴーレム』が連れ帰って来たホーリーの前にいた。ホーリーは彼らの姿を瞳に映さないように気をつける。見ちゃダメだ。サルとか犬とかは、目を合わせると攻撃をしてくるのだから。
少女の目玉は、右に左に泳ぎながら、盗賊どもと視線を合わすことを避けていく。その手に魔術師の杖を握りしめたまま、森タヌキの『死んだフリ』のように、臆病な少女は身を強ばらせていた。
「……リアクションがねえぞ?」
「ゴーレムが、頭を殴ってしまったのかな?」
「いや、そんなコトになったら、死んでるだろうし……嬢ちゃん、どうしたんだ?」
「…………」
絶対に喋ってはいけないっす!!
だって、私は石なのだから!!
石は、喋ったりしないっすもん!!
ホーリーの頑なな意志は、口をぎゅーっと閉じさせていた。盗賊どもも、この少女の行動に戸惑ってしまう。
「と、とにかく、エドガーに報告しなくちゃな」
「この杖だけでも取り上げておこうぜ?」
「そ、そうだな……魔術師の杖。魔力と呪いが込められている、危ない武器ってことだもんな―――」
「―――やっぱり危ないんじゃないっすか!?」
そう叫びながら、ホーリーはその杖を手放していた。
そして、しまったという顔をする。喋ってしまった、盗賊どもに石で出来た少女型の石像的なモノではないということがバレてしまった……。
うかつ。
うかつっすよ。
「……この子、何か変だけど?」
「まあ、錬金術師って、そんなものじゃないのか?」
私は錬金術師とかではなく、ただの便利屋なんすけれど……あれ?
勘がいい方だという自負だけはある少女、ホーリー・マルードは気がついていた。もしかしたら、このヒトたちは、私をあの錬金術師の女と、間違えているんすかね……?
……で、でも。
どーして?
年齢も違うっすよ。あっちのが背も高くて、おっぱいも大きいし?……それに、バカみたいに『あいあむ錬金術師』っていう自己主張を感じさせる、トンガリ帽子をかぶっていたりしたっすよ……。
自分と違う外見だった。それなのに、あそこにいる『ストーン・ゴーレム』は見間違えたのか。
……とんだ低性能なゴーレムっすよ!!
ホーリーは文句を言いたくなったが、ホッペタをクルミを頬張ったときのリスみたいに膨らませるだけにしておいてやる。
あまり文句を言うと、製作者の耳に悪口が届いていてしまうかもしれない。そうなると、気分を害するかもしれないっす。
……たぶん、エドガー。
そいつは、エドガーっていうヤツみたいっすね。この盗賊さんたちのリーダー?……やっぱり、あの女もコイツらの共犯なんすよ。あの女、コイツらから何かを持ち出して、逃げたとか…………。
……あれ?
もしも、そうだとすると。私、あの女に間違えられているとすれば、ピンチじゃないっすか!?……ひ、ヒドいことをされるかもしれないっすよう!!主張しよう!!
「わ、わ、わわ、私は!!アミイ・コーデルじゃないっすよう!!」
「うお!?」
「いきなり、大声で喋った!!」
「……耳が、キーンとなる。嬢ちゃん、叫ぶなよ。このダンジョン、なんでかしらんが、音がよく反響するんだ」
「ご、ごめんなさい。で、でも、私はホーリー・マルード。アミイ・コーデルじゃないですよ!!た、ただの便利屋で、全然、アミイ・コーデルとは関係がないタイプの便利屋なんですよう!!」
「……え?」
「……そ、そうか。たしかに、聞いていた情報と、外見が異なるような気がしていたんだよ。若い女と言っても……いくらなんでも、ガキ過ぎるし」
「ああ。美女って言っていたが、コイツはそうじゃない」
「どういう意味っすか!?」
ちょっとした屈辱を浴びさせられた気持ちになるホーリーがいた。たしかに、アミイ・コーデルは美女かもしれない。でも、間違いなくアミイのせいで、こんな目に遭っている自分を貶されることには腹が立つ。
「ああ。すまんすまん」
「そうだね、嬢ちゃんはガキだが、可愛げがあるよーな?」
「どーして疑問符をつけるっすか」
「ハハハ。ハナシ始めてみると、元気そうな子だ」
「……と、とにかく!……私は、アミイ・コーデルじゃないんすよう!!……あの女を捜しているのなら、私があの女に言ってくるっすよ!!……じゃあ、そういうことで!!」
自然だった。
自然な会話で、私がこの場から町に戻ってもいいような流れを作れていたっすよ。
ドヤ顔モードになりながら、ホーリーはこの場所から逃げ出そうとしていた。このダンジョンはシンプルな作りをしている。
右に折れ続けながら、ゆっくりと地下へと沈んでいくだけのシンプルなダンジョン。その大きな通路に、幾つもの部屋が隣接している……つまり、逃げようと思えば、簡単!!来た道を、全力で走って逃げればいいだけ―――っ!?
『がるるるるるうう!!』
ホーリーは背後から迫り来る足音と共に、獣の唸る声を聞いていた。恐怖が体を縛り上げるのが分かった。
……魔性を帯びた声だということを、ホーリーは本能的に悟っていた。ゴブリンたちにも似た気配。悪神の眷属たる証……その邪悪な気配の意味は、モンスターであるということだ。
背後から迫り来るモンスターの気配は、ホーリーの背中に跳びかかる!浴びせられた衝撃のせいで、ホーリーは床に押し倒されてしまう。鼻を緩やかな段差がつけられて石段にぶつけそうになってしまう。
しかし。
それどころではない、ホーリーは小動物のようにもがきながら、逃げようとした。本能的な反射だったが……彼女の動きがピタリと止まる。首に、背中を踏みつけるモンスターが噛みついたからだったから。
―――死ぬ。
その氷よりも冷たい考えが心に浮かび、ホーリーの体を恐怖で凍てつかせていた。身動き一つ取ることが出来なかった。
動かなければ、死なない?……その確信は無かったが、とにかく頼るしかなかった。モンスターに無いかもしれない、慈悲。そんなものに少女は期待するほかなかったのである。
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