第四話 『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』 その十六
ザケロシュ種の白馬は、リエルは当然ながら、アミイにさえも暴れることなくその背に乗せていた。アミイは手綱を握り、その背中をリエルに抱きつかれる。
何だか、あまりにも自然な流れだったので、アミイはリエルに触られても恐怖を抱くことはなかった。むしろ、少女の腕の細さに驚いていた。
「……リエルさんは、何才なの?」
「む。15才だ!立派なオトナだぞ!」
『ヒヒン!』
……この馬、リエルさんに相づちを打ったのかしら?……リエルちゃんがオトナだと?15才は、アミイの常識のなかでは子供ではある……馬からすると15才はオトナ過ぎるから?
……違うか。一人前の戦士って認めたのね。
戦いのためにヒトが創った馬だから、分かるのかもしれない。私には、この細い腕に強さを感じることはないけれど。
「どうした?何を考え込んでいる?……この馬に、異変があるのか?」
「ううん。大丈夫だと思うわ」
「そうか。鹿とは、少し勝手が違うかもしれないから。頼むぞ」
「……ええ。捕まっていてね、落ちたら、危ないわ」
「う、うむ!馬よ、頼むぞ!」
『ヒヒン!』
……森のエルフ族は……宝石眼の王族たちは、もしかして動物と語り合えるのかしら?まさかね。そんなコト、聞いたことはない。
……今は、そうね。馬を走らせるとしましょうか。
「行くわよ」
「うむ!」
「ハッ!」
馬への合図は、何でもいい。調教された馬はアミイのかけ声と手綱の動きに反応する。白馬は脚を動かし始める。それは力強い走りだったが……軽やかだった。蹄の音が、心地よい。
この馬は喜んでいるみたい……リエルさんを乗せているからね。ザケロシュの荒れ野に、戦をしに行くとでも思っているのかしら。この足運びは、リズムを保ちながら長距離を走れる動きをしている。
上下によく動いているわ。これは、敵を見つけたら、即座に走ることが出来る動きね。重心が、すぐに脚にかけられる動き……馬屋が躾けたわけじゃないでしょうね。これは、たぶん、警戒とか、索敵のための動き。
敵兵を見つけたら、突撃しようとするのかもしれない……私、何だか怖い馬に乗っているみたいね。
騎乗する馬に恐怖を抱くことは、ケガの元になる。でも、アミイはそんなことにはならないだろうという確信があった。この白馬は、リエルに魅了されているのだから。
「うお。鹿より、速いな」
「……もっと、ゆっくりの方がいい?」
「い、いや。これぐらいでいいと思う。これぐらいならば、弓で獲物を狙うことは容易いぞ」
「……ザケロシュの軍馬も、貴方は初めてなのに乗りこなしてしまうのね?」
「変か?」
「……私にはムリなことね。でも、きっと、貴方にとっては普通のことだと思うわ。貴方は、戦いの才能に恵まれているのね」
「そうだ。私は、故郷の復讐のために、武術を鍛えたのだ」
「復讐?」
「……ファリス帝国という集団を、知っているか?」
「ええ。世界の覇権を握ろうとしているわ。南の大国、『ゴイトマージ』が陥落すれば、この大陸は帝国のモノになるでしょうね」
「ふむ。帝国と戦っているのか、その『ゴイトマージ』は?」
「……そうよ。55万人の徴兵能力を持っている、巨大な連合王国」
「55万!?そ、そんなに、戦士がいるのか、『ゴイトマージ』には?」
「いるわね」
「そ、それは……大きな国なのだな。それならば、帝国に負けることも―――」
「―――ファリス帝国の徴兵能力は、100万を超えているわ」
「……ッ!?」
絶句を使うことで少女はその衝撃を現していた。動揺を表面に出すことは、戦士として褒められたものではない。出すな。出すな。出すな。怯えを、出すな。心のなかでそう念じながらも、少女の腕は錬金術師の胴体を、少しだけ強く絞めていた。
100万の戦士。
それだけの敵を、頭に浮かべたコトはない。リエルは、初めて知った敵の総力に、恐怖を抱いていた。当然ではある。彼女は戦士、楽天的であることを良しともするが―――決して考え無しのバカではない。
「リエルさん、大丈夫?」
「……う、うん。大丈夫。倒せばいいのは、一人だけだ。100万の全てではなく、頂点にいる男を倒せばいい……」
「……そうね。でも、リエルさん。その言葉は、あまり口外しないほうがいい。大陸の大半は、もう帝国の勢力圏になっているの」
「なに……?」
「世間を知ってから、戦いに行くべきだと思います。リエルさん、この『パガール』も、とっくの昔に、ファリス帝国の領土なのだから」
「……そ、そうなのか……」
「うん。そうなの。きっと、貴方には仲間がいるわ。この大陸の現状を、貴方は知ってから選ぶべきよ」
戦いに殉ずるのか。
それとも。
復讐をあきらめて、長く生き抜こうとするか―――皇帝を暗殺する?……その言葉を、口にすることが、一体、どれだけ恐ろしく、そして浅はかなコトなのかを、知るべきだわ。
……。
……。
沈黙が長く続き、ザケロシュの白馬は街並みを軽やかに進んでいく。北の門に向けて。その沈黙のなかで、錬金術師は知恵を使う。
少しだけ、リエルのことが分かっていた。
「……ガルフさんとは、最近、出会ったのね」
「む。スゴいな。そうだ、つい二時間ほど前だろう」
「……そうなのね」
「物知りな男だ。傭兵らしい」
「リエルちゃんも、傭兵になるの?」
「え?……私は、『聖なる復讐の戦士』だ。故郷の仇を、矢で射抜くために生きている」
「一人で、帝国と戦うの?」
「…………ああ。それが、『聖なる復讐の戦士』の『掟』だ」
なるほどね。
また一つ、リエルのことをアミイは理解していた。いや、正確には、森のエルフ族の『掟』についてだが。
『聖なる復讐の戦士』というのは、おそらく死ぬための役割。宝石眼を持つ王族たちが、己の一族の威信を保つための要素もあるのだろう。やられっぱなしでは、王者の格が保てない。
だからこそ、無意味な復讐にさえ、戦士を送るのだろう……帝国を倒す?皇帝を殺す?……それは、とても非現実的な物語。55万の戦力を持つ、『ゴイトマージ』でさえ、適わない可能性があるのだ……。
『聖なる復讐の戦士』とは、生け贄の一種なのだろう。
アミイ・コーデルは、そんな風に『誤解』をしていた。
そして。
その誤解のままに、胴体に絡みつく腕の主のことに同情をしていた。ちょっと泣けてくる。この生け贄になろうとしている少女のことが、哀れだったから。
だから。
せめて、何かアドバイスをしてやりたくなった。もうすぐ、北の門に着いてしまう。そうなれば、ガルフがいる。あの老人は、純粋にはリエルさんを心配しない。育てて、何かに使おうと考えている。
……何なのかは、理解できない。何をリエルちゃんにさせたいのかは、分からない。でも。きっと、私の言葉が邪魔になりそうであれば―――がの老人は、私の言葉をふさぐような気がする。
伝えておいてやるべきだ。
一つぐらい、オトナとして、この世間知らずの田舎娘に。
「……リエルさん」
「なんだ?」
「……強い仲間を、探すのよ。自分よりも、強いヒトたちを、たくさん集めるの。そうじゃないと……きっと、貴方の願いは叶わない」
「私は、弱いというのか?」
「弱いんじゃないの。きっと、足りないのよ。強くても、一人では、成せないコトがあるのよ」
「……うむ。分かっている。だから、私も……探しているぞ」
「え?」
「母上の一人に言われたのだ。その……あ、ある男を、探せとな」
「どんな人物なの?」
「わ、私の故郷を救ってくれたヤツだ。赤毛で、大きくて……炎みたいで、風みたいで、雷みたいで……とにかく、とても強い。何十人もの帝国兵を、ほとんど独力で蹴散らしていた」
「そんな戦士が、いるのね……」
「母上が、探せと言ったからだぞ?」
「え?」
「だ、だから!だから、探しているだけであって……け、決して、会いたいからだとかでは、ないのだからな……!?」
……その少女の態度から、賢い錬金術師は何かを悟っていた。この少女は、きっと、その赤い髪の戦士のことを…………なるほど。だから、探せと、リエルさんの母上は命じたのね。
……死ぬとしても、あるいは……その人物と添い遂げて、大きすぎる使命から逃げたとしても。その物語は、少女が独りぼっちで帝国の皇帝なんかに処刑される物語よりは、きっと、幸せに近いものだから―――。
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