第一話 『こ、コレは純然なる復讐の旅であり、あ、あいつは関係ないのである!?』 その三
翌朝は、晴天に恵まれていた。オーガルルの葉の魔力は弱まってしまうのだが、それでも旅立ちには良い天気である。
リエルは早起きだった。日課である早朝の沐浴をして、里で取る最後の朝ゴハンを食べて、装備を調えた。弓も矢も、ミドルソードも装備済みだ。携帯食料も持ったし、小型のナイフも脚に巻く。
「むふふ……っ。暗殺者みたいで、カッコいいな、脚にナイフ巻くって!!」
「か、カッコいいですかね……?」
正直なところ、アルカは姉のセンスについていけないところがある。
「え?カッコいいだろ?だって、脚に、ナイフを、巻いておるのだぞ……?」
「そう細かく区切られたからといって、評価は変わりません!……何だか危なそうですし?」
「刃物は使い用だ。危なく使えば危ないし、そうでなければそうでない」
「……そうかもしれませんが」
「カッコ良くて、美しかろう?」
銀色の長い髪を風になびかせながら、リエルは妹に同調圧力を放つ。たしかにリエルは美しい。美形ぞろいのエルフの中でも、かなりの美少女ではある。妹からしても、その美しさは完璧ではあるが……。
「い、いえ!流されません!!女子の脚に、ナイフって!?……美少女要素が、目減りしちゃいますから!!」
「そうか?……私としては、とてもカッコいいと思うが……?」
「ま、まあ。旅をするのですから、見るからに危険な印象を周囲の人物に与える方が、安全と言えば安全……」
「……何だか、私がえらく物騒な人物であるかのよーに聞こえるのだが?」
「それは、脚にナイフを装備しているのですから」
「……い、いや。ナイフごときがダメなら、弓とか、ミドルソードの方が、よっぽど大きくて、いかにも危ない武器ではないか……?」
「それらはエルフの伝統的な装備だから、カッコいいのです」
「え?」
「脚にナイフを巻くなんて、とんでもない!!……そんなの、森のエルフの弓姫らしくありません!!」
「……でも、機能的だぞ?」
「機能的だったとしても、アルカは認めません!脚にナイフは、ダメ!!お姉さまはともかく、私はしませんからね!!」
「ま、まあ。しなければいいではないか?」
「お姉さまは、そこそこカリスマなのですよ?」
「そこそこ?……ふむ。喜ばしいやら、少し残念な響きもするやらだが?」
「お姉さまが、そんな装備をしているということが里に広まれば、何だかんだで、私も装備させられます」
「良いではないか、ペアだぞ、おそろいだぞ?」
「お姉さまは、旅人だから暗殺者みたいな格好でもいいですけど。私は、この里でノンビリと暮らすのです。それが、暗殺者ルックなんて、ワケが分からないですよ!」
「……むう。つまり、カリスマゆえに、皆が私について来る。ゆえに、里を出るまでは、このカッコいい暗殺者みたいな格好は、控えろというワケだな!?」
「……あいかわらず、いいように解釈しますけど。ま、まあ、そうです!!」
「なるほど!!」
「なんで、ドヤ顔なんですか!?」
「むふふ。自分の影響力の大きさが、恐ろしくてな!」
キラリと自信が光るドヤ顔に、妹エルフは少し呆れてしまったという。
「何を朝から騒いでいるのです?」
「あ。母上!お早う」
「お母さま、お早うございます!」
「ええ。お早う」
女王セリスは、朝からやかましいエルフ姉妹を見つめながら、ふう、とため息を吐く。年頃の娘たちを持つ母親に、気苦労は絶えなかった。
「旅立ちの朝だというのに……この大騒ぎ。もう少し、森のエルフの姫として、おしとやかに出来ぬものですか?」
「お姉さまが暗殺者的な装備をなさるからです」
「え?……わ、私のカリスマが輝きすぎているせいで……」
「……若い娘の言うことは、本当に意味が分からない時がありますね」
「意味が分からないと言われてしまったな」
「ま、まあ、たしかに大騒ぎしている割には、中身はない会話でしたけれども」
「……とにかく。皆が集まっているのです。さっさと、広場に向かいますよ?」
「もう、そんな時間なのか。早いモノだな」
「……お姉さまは、もうすぐ旅立たれるのですね……」
「さみしがるな。私たちは、同じ空の下にいる。私も、皇帝とやらを仕留めたら、すぐに戻るから安心しろ」
「……はい。アルカは、お姉さまの帰りを、お待ちしております」
……おしとやかにしていれば。美しいだけの姉妹であるのに。女王セリスは、そんなことを考えてしまう。
しかし、この姉妹の騒がしい日常も、これで見納めなのかと気がつくと、どうしても寂しさが心にやって来る。冬の風のように、それは冷たい。大切な存在が、近くから離れて行くということは、やはりとてもさみしいこであった。
……このまま沈黙していれば、自分まで泣き出すかもしれない。女王として、母親として、セリスはそうあるべきではないと考える。娘を、『聖なる復讐の戦士』を見送るというのに、長たる者が、泣くべきではないのだ。
堂々と見送る。
そうでなければ、『聖なる復讐の戦士』が、不安になり里に戻りたくなってしまうから。心に迷いを生む。それでは、大義は果たせない。皇帝を討つ。それは、あまりにも大きな任務なのだから―――。
「―――さあ。二人とも、行きますよ。ついて来なさい」
宝石眼に力を込めて、女王セリスは娘たちに命じる。娘たちも答えた、凛とした顔と、涙を拭いながらの顔で。
「はい!」
「は、はい!」
女王セリスにつづいて、二人のエルフの姫たちは、里の中心にある広場へと向かう。
『聖なる復讐の戦士』、リエル・ハーヴェルを見送るために、普段は森の深くで見張りを続けている戦士たちも、全員がこの場に集まってくれている。
「リエル姫!いってらっしゃい!」
「王の仇を、討って下さい!!」
「ひめさまー、がんばってー!!」
「うむ!!皆の衆、私に任せておれ!!必ずや、皇帝を仕留め、里の者たちの仇を取って参るぞ!!」
この場に集合した森のエルフたちに、リエルは両腕を精一杯に振って応えた。一族の願いを込めて、『聖なる復讐の戦士』は放たれるのだ。
子供たちは、その重みも理解することはなく。
大人たちは、その重みを知るがゆえに、あえて明るく振る舞っていた。
その復讐の壮大なこと!……大陸に覇を唱える帝国の長を仕留める。なんて、無謀な任務なのか。そして……『聖なる復讐の戦士』を、たった一人しか送り出せない自分たちの弱体化。それを感じて、大人たちは大きな不安に包まれていた。
しかし。
リエルの心に不安はない。敵がどれだけ多くいようとも。仕留めるべきは、たったの一人。しかも、人間族の中年だか老人だろう?……熊を射るよりも、容易いことだ。彼女はそう考えていた。
大陸の、ほぼ全てを手中に収めようとしている、ファリス帝国、その巨大さを、リエルはまだ真の意味では理解していなかった。