第四話 『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』 その十四
ガルフは考えている。ホーリー・マルードと、このアミイ・コーデルを交換する?……貧乏人の娘と、大商人の娘を交換するか。
とんでもなく、ありえないトレード。敵サンに有利なのにも程がある。
だからこそ?
「……有効だろうな。敵は、ホーリー嬢ちゃんとアミイ嬢ちゃんの交換には諸手を挙げて賛成するじゃろうよ」
「ほう。それほど、この女には価値があるのか?」
「そうだ。森の外の世界というものは、金に弱いんだよ、とことんな。その『アルンネイル』どもには、その取引は有効さ」
「……ふん」
ヒトの命を、貧富の差で計算するか……犯罪者どもらしい。
森のエルフの倫理観とすれば、嫌悪を催すに十分な考えだった。
だが。
慣れるべきだ。
敵の戦い方に対応しなければ、敵の考え方を読まなければ―――狩りは成功しない。
「よし。ガルフ、コイツを連れて行こう」
「ああ。彼女も協力したがっているようだからな」
「……ええ。巻き込んでしまったみたいだものね。それは……私の本意じゃなかった。見逃すべきじゃなかったのね……エドガー・ライナーズの犯罪を……」
「そうだな。通報すべきじゃったろうな」
「……ええ。私は……社会人としておかしな選択をしたわ。職業倫理にも反する……明らかな犯罪行為よ。ゴーレムを悪用して、盗みを行うなんて……」
「どうして、そんな悪人を庇ったのだ?」
「……庇った…………そうなのかしら。私は…………多分、そうじゃない」
「そうじゃない?」
「……守りたかったのは、エドガーじゃない。私は、きっと……自分が所属していた『アルンネイル』の名が堕ちることを気にしていたのかもしれないわ」
なんて。
なんて、身勝手な考えなのだろう。アミイは自分の浅ましい本性が、イヤになった。自分の下らない見栄のために、悪人を見逃していたのだ。
それに気がついたからこそ。
自分が身代わりになると言い出してもいるのだと彼女は悟った。責任を感じている。かつて、『アルンネイル』だったからではなく……自分の愚かな選択で、ヒトが傷つこうとしていることに耐えられない。
「……軽蔑してくれていいわ」
「軽蔑なら、とっくにしている。それでも……お前は、私の友を救うために役立ちそうだということは理解した」
「ええ。きっと、人質の交換は上手く行く……」
「……それだけでは、済ますつもりもないぞ」
「……彼を殺すの?」
「状況次第だ……私もガルフも、本気になれば、おそらくそいつを暗殺することぐらいなら容易いだろう。そんなモノが、二人もそろっているのだ。我々は……その獲物を殺そうと思えば殺せる。だから、お前次第かしれない」
「……私に、彼を説得しろと?……自首でもさせたいの?」
「ホーリーが無事ならば、それでもいい」
ホーリー・マルードが無事でなければ―――聞くまでもないことを聞くな、商人である父親の言葉が頭に響いていた。ムダなことに時間と労力を費やすべきではないのだ。
……エドガーたちを、説得する。
その方法は、難しいかもしれない。
アミイが考えていた最高の解決策は、コーデル家からの援助を約束してやることだ。コソ泥をしなくても、錬金術師としての研究を続けられるぐらいのお金を用意してやることは、彼女の実家の財力を考えれば、難しいことではない。
エドガーたちは無能ではない。
錬金術師として産業の一翼を担わせることは、難しいことではない。コーデル家からの『投資』を取りつけてやる……そうすれば、彼らは犯罪など行わなくても、研究者としての暮らしを全う出来るだろう。
……悪い条件ではない。
悪い条件ではないと感じていたが……。
リエルがその道を許容してくれるようには思えなかった。彼女は彼らへの罰を望んでいるようだ。
だから。
ガルフを頼っていた。
「……彼らを拘束する手段は、ありますか?」
「……あるだろうが、敵の腕前にもよる。コイツらは用心深くもある……生け捕りにするよりも、殺しちまう方が、仕事としては楽じゃあるんだ」
「殺さないで。彼らは、そんなに、邪悪な人物では…………」
「……私の知ったことか」
「……っ」
「ホーリーを確保したいのだ。急ぐぞ!」
一刻も早く、ホーリーを救出したい。リエルは焦りを隠さない顔で、アミイとガルフの問答を断ち切る。
いい貌だな。ガルフは床に顔を向けて、唇が微笑むのを隠していた。空気を読めないわけではない。この笑みが不謹慎だと、彼は知っているから。一瞬だけ、微笑んだだけにしておく。
老戦士は顔を上げた。もう普段の表情に戻していた。
「……ああ。リエル嬢ちゃん、行くとしよう」
「最優先は、ホーリーの確保だ。この女と交換だろうが何だろうがしてやるさ、とにかく、絶対に、我々の手に取り戻す」
「それでいい。ホーリー嬢ちゃんを死なせたくはない」
「……異論はないな?……アミイ・コーデル。お前を『アルンネイル』に突き出してでも、私は友を救うぞ」
「……ええ。そうして……」
「…………かつての同胞を救いたいと願うのなら、ヤツらを自首させるための言葉でも考えておくことだな」
そう言いながら、リエルは歩き始める。早足で、この部屋から出て行ってしまう。
ガルフは立ち尽くしているアミイ・コーデルの肩をやさしく叩いた。
「さあ。我々も行こう」
「……はい……ガルフさん」
「なんだい?」
「……甘いのでしょうか、私は……金持ちの娘で、世間知らずのままなのでしょうか」
「ワシはお嬢さんのことを深くは知らないからね。でも、そうだな。たしかに君は世間知らずだ」
「……はい……っ」
「フツーの金持ちの娘なら、見捨てているさ。あんな自分とは関係ない貧乏人の娘のことなんてね。まあ、金持ちでなくても見捨てる。自分の身を危険に晒しても、ホーリー嬢ちゃんを助けても、何のメリットもないのにな」
「……そうかもしれませんが……」
「プライドがある女性は、カッコいいよ」
「私は……身勝手なだけです」
「プライドってのは、身勝手なもんだろうよ」
「……そうなの、でしょうか」
「そんなものさ。だが、すべきことを見つけたのなら、全力を尽くしてみるといい。ワシは……ホーリー嬢ちゃんを助けられて―――リエル嬢ちゃんの成長につながるのならば、何だって有りだと考えている」
「……あの子を成長させて、どうしたいの?」
「……作りたいのさ。ワシは、ワシなりの理想をね。そっから先は……ワシじゃないヤツが決めるだろう」
「ワケが分かりません」
「だろうな。分かるようには言っていない。嬢ちゃん、武器はあるかい?」
「はい。あそこに、予備の魔術師の杖があります。予備だから、魔力は低いですけど」
「無いよりはマシだ。ほら、ナイフも返すよ。武装したら、リエル嬢ちゃんを追うぞ」
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