第四話 『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』 その十
アミイ・コーデルは警戒しなかったわけではない。だが、それでもリエルの言葉は彼女の心を貫いていたのである。
屋敷のなかにあるゴーレムを、見られてしまったらしい……鍵をかけ忘れたのだろうか?……ありえるかもしれない。自分にはうっかりしているところもあるのだから。
……自警団とかに突き出されるのかしら?
……いい恥だわ。
……いえ、そもそも、この子も泥棒みたいに家のなかに侵入しているし?……でも。この子、見るだけで分かる―――エルフの王族だわ。宝石眼、本当に宝石みたいに美しくて、どこまでも深くて膨大な魔力を宿しているのね。
あの凄腕の暗殺者といい、このエルフの王族といい。
今日は何が起きたとしても、不思議じゃない日なのかもしれないわ。
いきなり訪れた何らかの運命の日に対して、アミイ・コーデルは大きな文句をぶつけたい気持ちになっていた。しかし、錬金術師の道を進むことを決めた日に、信仰は捨てていた。
慈悲深い女神イースも、彼女のことを救っては下さらぬだろう。彼女は教会に一枚の銀貨も捧げることもなく、朝も昼も夜の祈りも捨て去った。とはいえ、こんなワケの分からぬ時は、昔のよしみでイースに愚痴ぐらいこぼしたくなる。
アミイはまるで他人の家のように落ち着かない廊下を歩いていく、工房に向かっているのが理解できた。このエルフは無言だ。凄腕の暗殺者、その二なのかもしれない……。
……正誤の混ざった評価を小さな乙女の背中に浴びながらも、リエルは廊下を進んでいった。
リエルは……不安を覚えていた。ホーリーの魔力を全く感じなくなったからだ。ガルフの説明を、一応は納得している。
でも。
ゴーレムがこの屋敷にあるということは、この女はゴーレムの事件と関係があるのだろう。そうならば?……ホーリーの魔力の消失の責任を、問い詰めるべきだろうか?
……リエルは理解している。
自分は、冷静なフリをしようと必死なのだ。
でも、それは偽りに過ぎない。ホーリーに危険なマネをさせた。アレがどれほど弱くてマヌケな森タヌキなのかを知っていたはずなのに。ガルフは、どこか危険な世界を知りすぎているようだから、ホーリーに対して、やけに冷たいところもある。
……分かっていた。
小鬼の群れごときに、捕まるような弱者―――そんな人物を、危険に巻き込むコトなんて、正しいコトじゃないってことを。
それでも。
どうして、こんなことになったのか?……拒絶すべきことを、拒絶しなかった理由は一つだけ。
さみしいから。
さみしくて、不安を感じていたから。戦力的には不必要な存在である、ホーリー・マルードを巻き込んでしまったのだ。『聖なる復讐の戦士』の旅は、不帰の旅……道連れなどを求めれば、その者を不幸にするだけなのに……。
……。
……。
……どうしよう。ホーリーが死んじゃったら…………私は、コイツを……この事件に何らかの形で関係がある、コイツを…………八つ裂きに、してしまうかもしれない。
「―――リエル嬢ちゃん、やめときな」
「……っ!?」
『聖なる復讐の戦士』の前に、ガルフ・コルテスが現れていた。工房の真ん中にいるガルフ・コルテスは、その老いた瞳で、リエルの宝石眼をのぞき込みながら、彼女の心に棲み着いている攻撃性を指摘していた。
「……その娘さんは、それほど邪悪なものではないよ。何かを知ってはいるだろうがね?……リエル嬢ちゃんが、何かをする必要はない人物さ」
「……どうして、そんなことが言える……っ」
そんな言葉を言い返したいわけじゃなかったと思うのに、泣き虫な弓姫の唇からこぼれていたのは、そんな八つ当たりするような、しかも感情的な言葉だった。『聖なる復讐の戦士』には、相応しくない態度だった……。
反省すべきだ。
でも、素直には出来ないから。
むすっとした表情になって、沈黙することにした。ガルフの何もかも見透かすような戦士の瞳は、少女にとって、かなり厄介なところもあった。知られたくない心さえも、経験の力で分析されてしまいそうだから。
若者にだって、一人前のプライドがあるのだ。
リエルはぷんすかモードになりながら、工房の隅っこにあるソファーに座ってみた。腕を組んだまま。涙に光る翡翠色の宝石眼は、アミイ・コーデルを睨む。
アミイがリエルの魔力が、さらに高まっていることに気がつき、ビクリと体を揺らしてていた。魔術師としての才能は、そこそこでしかないアミイ・コーデルにとって、世界でも指折りの才能を持って生まれた存在の魔力を識ることは、精確には不可能である。
桁違いってことしか、分からない。
十倍ぐらいは、違うかも?……もしかすれば、それ以上の差があるのかもしれない。本当にどうしようもないほどに、あのエルフの娘の魔力は強い―――睨まれていると、恐怖で心臓がつぶされそうだ。
だから。
だから、アミイは選んでいた。
闘志をオフにしている、15才のリエル・ハーヴェルよりも、もっと凶暴な存在かもしれない、『白獅子ガルフ・コルテス』を選んでいる。
戦士でない彼女には、この微笑む老人のことが、ただの人当たりのいい老人にさえ見えてしまう。魔力など、『強さ』を構成する、たった一つの条件でしかないことを、戦士としての鍛錬を積まない彼女は理解できない。
自分よりも弱そうな存在だと誤認して、彼女はガルフ・コルテスなんかに不用意に近づいていた。
……ガルフは彼女の動きから、十数種類の情報を嗅ぎ取っていた。レイピアを習っていたことがある。左利き。ローブの下に、祝福の刻まれた革の防具。腰裏に護身用のナイフ。166センチの美人で―――ヒトを殺したことがある。多分、盗賊か何か、正当防衛。
……彼女の殺人遍歴まで分かるのは、アミイの瞳に影がよぎったからだった。殺人を思い出して……攻撃を仕掛けようと考えている未熟者の瞳だと、ガルフには手に取るように分かった。こういうヒナ鳥を、何百人か育てて、ほとんどを戦場で死なせて来たから。
ガルフはヒナ鳥に言葉で釘を刺す。
「お嬢ちゃんも、止めときな。お嬢ちゃんがワシを人質に取るためには、ワシはまだ若すぎる……4、5年経たんと、どうにもならんよ」
「……っ」
「……お話をしようじゃないか。穏やかに、ワシらは情報を交換するだけで、お互いの前から消え去れると思うからね」
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