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第四話    『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』    その九


「あわわわわ!?」


「ご、ゴーレムですって!?」


 アミイ・コーデルは身構える。彼女にはそのゴーレムの正体に覚えがあった。自分の設計にそっくりだからだ。


 つまり、同じ師に仕えた者が製作した存在……っ。


「……組織からの、刺客ね」


「そ、組織とか、私は関係ないっすからぁ……も、もうお家に帰るっす!」


 森タヌキほどの勇気しか持たないホーリーは、その場から遠ざかるために抜けた腰を庇いながら、這うように歩き始めた。そうだ。私は関係ないのだから、これ以上は関わり合いにならなければ良いではないか。


「……こ、これ以上のバイトは、わ、私の許容範囲を超えているっすよ……っ」


「ちょっと、立ち去るのはいいですけれど、私の杖を―――って、うわあ!?」


「え……っ」


 『ストーン・ゴーレム』が動いていた。アミイ・コーデルとホーリーのあいだを横切るように動いた石造りの巨体が、ホーリーを捕らえてしまう。


 その硬い岩の指が脇腹に触れた瞬間、ホーリーは死を覚悟していた。自分の身体が薄氷のように脆く、その巨石の重量に押し潰されてしまうのだろうと考えていた。心臓が口の奥から飛び出してしまいそうだった。


 それでも、死の予感はとても冷たいものであり、全身がまたたく間に凍りついた。


 殺されるときには、悲鳴を上げるなんてこと―――とても出来やしないんすね。静かに心はそう悟り。ヒトの命の儚さを、ホーリー・マルードは理解していた。


 しかし、現実は彼女の予想とは異なる流れを見せるのだ。


 ゴーレムの指は彼女の骨を潰すことはなかった。少女の体をヒョイっと軽々しい動作でつまみあげていた。ホーリーは抵抗することなく、熊に出遭ってしまった不幸な森タヌキがそうするように、ただ身を固めてその状況につき合ってしまう。


 胴体を挟む、巨大な岩石の指に対して、抗えない。


 ちょっとでもゴーレムさんの気に障った行動を取れば?……容赦なく握りつぶされてしまうと考えていたからだ。


 ホーリーの選べたことは無心になることのみである。ただ遠くを見つめながら、自分の感情と動作を消し去ろうと、服従のスタイルを選んでいたのであった。


 その様子を見守っていたアミイ・コーデルは愕然としていた。


「……な、なんて平常心!!……こ、これが、暗殺者ギルドで育てられて、殺戮マシーンの実力なの……っ!?」


 ……ちがうっす。


 そんな言葉も出せやしない。何せ、岩の指がちょっとでも動けば、ホーリーは死んでしまうのだから。


 無抵抗なホーリーを気に入ったのだろうか?……『ストーン・ゴーレム』は、彼女を捕らえたまま、ものすごい勢いで走り始めていた。


 呆然としていたアミイ・コーデルは、魔術を放ち、あの『ストーン・ゴーレム』を攻撃しようとする。弱点は分かっているのだから―――ああ。でも……ッ。


「……しまった。あの子に、杖を持っていかれたままだわ!!」


 呪術が刻まれたあの杖がなければ、とでもではないがゴーレムを破壊するほどの魔術をアミイ・コーデルは放つことは出来ない。


 お嬢さま育ちとしては、はしたないことだと理解しつつも、女錬金術師はそのピンク色の唇の奥で、小さな舌打ちをしていた。


「……あの杖がないと……私は、無力ですわ……っ」


 ゴーレムの脚は馬よりも速く、とても自分には追いつくことは出来ない。『兄弟子』が造り上げたゴーレムの性能を、アミイ・コーデルは理解していた。


「……でも。どうして、私ではなく、あの子を誘拐したの……?」


 大きな疑問だ。謎の暗殺ギルドからの使者を、どうして、組織のゴーレムが誘拐するのだろう?……別件ではなかった?……だとすると、ますます、ワケが分からない。組織が暗殺者を送り込んだとするのなら、どうしてそれを回収するのだろう?


「……はあ。もう、何が何やら、よく分かりませんわね……」


 見えなくなってしまったゴーレムが去った方角を見つめているが、何だか空しくなって来てそれを止めてしまう。


 ……組織が自分と敵対するのであれば、身を守らなくてはいけない。いや、むしろ……ここから立ち去る頃合いなのかもしれない……そんなことを考えながら、アミイ・コーデルは自分の屋敷に戻ろうとする。


 少し、横になって考え込みたかった。


 だが。


 彼女の願いは叶えられることはなかった。


「ホーリー!!」


「え!?」


 入ろうとしていた玄関のドアが大きく広がり、中から飛び出して来たリエル・ハーヴェルの頭が、アミイ・コーデルのおでこに衝突してしまっていた。


「ぐはああ!!」


 お嬢さま育ちとしては、ややはしたない声を放ちながら、アミイ・コーデルは地面に仰向けに突き飛ばされていた。森のエルフの弓姫の脚は、風のようなスピードを少女の軽い体に宿らすのである……。


 リエルは持ち前の体力があったおかげか、額にかなりの衝撃と痛みを感じてはいたものの、どうにか倒れることなく踏ん張ることが出来た。


「……む、むう。オデコが、割れそうにな痛みがある……っ」


「な、なにを……何をするのですか、あなたは!?」


 頭突きされた額を手で押さえながら、大地に倒れ込んでいたアミイ・コーデルがゆっくりと上半身を地面から起こして来る。


「すまない。急いでいたのだ。何か、よからぬ気配がしてな……」


「……よ、よからぬ気配は、どちらかと言うと、貴方ですことよ?」


「私は良きエルフだぞ?」


「私の家から出て来ましたね?……泥棒なのでは?」


「し、失敬な!!私は聖なる任務のために、ちょっと色々な紆余と曲折があって、この屋敷にいただけである!?」


「……ちょっと理解が出来ないわ……っ。それに……町の人たちが、騒ぎ始めている……無用なトラブルはゴメンだわ。見逃してあげるから、出て行ってもらえない?」


「……う、うむ。それはありがたいような気もするが……まず、質問に答えてもらおうではないか」


「……なに?」


「ホーリーは、どこにいる?」


「ホーリー?……ああ、ホーリー・マルード?」


「そうだ。お前の相手をさせていたハズなのだがな」


「……ま、まさか、貴方も暗殺者!?」


「……何を言っておるのだ?」


「……え。違うの?」


「……どうやら。誤解が生じていたようだが……とりあえず。屋敷に入るとしよう。お前も、この屋敷のなかのゴーレムを、街の者に見られたくはないだろう?」


「……っ」


「アレは、この町を荒らしているゴーレムにそっくりだ。お前が豊かな商人の娘だというコトは調査済みだ。お前が犯人とは思わない。でも、犯人たちとは関係があるのだろう?」


「……それは……っ」


「……入れ。事情を聞くから、お前も聞かせろ。悪いようにはしない。お前が、善なる者であるのならな」




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