第四話 『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』 その七
目の前にあるのは、3メートルほどの大きさのゴーレムだ。
「さっき戦ったモノと、同じような構造をしているように思えるぞ」
「……そうだな。コイツの存在を通報すれば、アミイ・コーデルは逮捕されるだろう」
「一件落着なのでは?」
「……その可能性もあるが……」
ガルフは周囲を見回している。彼の視線が映すのは、フラスコだとか薬鉢だとか、錬金釜だとか、あるいは薬草の束……探しているものが見つからない。
「……何を探しているのだ?」
「貴金属だ」
「盗品か。それがあれば、完全にアミイ・コーデルがゴーレム事件の犯人だな」
「そうなる。このアミイという錬金術師は、それほど慎重な人物ではない」
「庭を見た結果の感想か?」
「そうだ。それに、街中でゴーレムの襲撃事件の話題が持ちきりなんだぜ?……犯人だとすれば、工房のド真ん中に堂々とゴーレムなんて置くか?」
「うむ。怪しすぎるな」
「怪しまれることを恐れていない人物で、ただマヌケているだけのように感じる」
「……つまり、犯人じゃないから、このゴーレムを飾っている?」
「そんな気がする」
「だが、気がするだけでは……」
「……ああ。どうにもならん。この状況証拠は大きいな。彼女を犯人にすることは出来るわけだ」
ガルフが自分の直感に対して、高い評価をしていることをリエルは理解する。だが、リエルはそれに従う気はない。リエルの直感は、アミイ・コーデルを犯人だと告げていたからだ。
なにせ。
怪しすぎる。
「怪しすぎることを、素直に受け入れるというのも、悪い考えではないのでなかろうか?ガルフは、殺伐とした人生を送りすぎて、ちょっとヒトを信じるのが不得手な頑固者になっているのかもしれんぞ」
「……否定はしないよ。ワシは頑固者で、悲惨な人生を送ってきていて、歪んでいる、変わり者なおじいちゃんさ」
自虐なのか。それともバカにされているのは自分なのか。幼いリエルにはガルフの態度の真意は分からなかった。
老傭兵は錬金術師の工房のなかを歩き回る。ガサガサと乱雑に、戸棚とかを開けてみたり、机の上に積み重なっているゴチャゴチャした錬金術のアイテムなどをひっくり返す。
泥棒みたいだ。
そんなことを考えてしまい、リエルは唇を噛む。悪いコトをしているような気持ちがする。
「もっと、静かにコッソリと探ればいいのではないか?」
「分からんよ、アミイ・コーデルはガサツな女。本を床に積み重ねて置くような人物は、賢いかもしれないが、整理整頓は不得意なもんだ」
「たしかに……」
床には本が積み重ねられている。どれもこれもが分厚くて、読むのに知恵とか時間が必要そうなタイトルばかり。『三大属性を応用した金属精錬におけるルメイヒ反応への対策』……難解そうなことしか分からない。
リエルも薬草を煮込んで、エルフの秘薬を作れるが―――それらはどちらかというと経験則に基づくものであり、知識でデザインされたモノではない。
机の上にあるメモに、リエルは視線を落とす。
ガサツ女認定されている錬金術師なのに……メモ帳には、難しげな数学が描かれている。難解すぎて、よく分からない。どうして計算式なのに、数字ではなく、文字がいるのやら。
腕を組む森のエルフさんがそこにいた。
悩んでいる。
「もしかして、薬とかって、緻密な計算をして作るべきなのだろうか?」
「……怖い発言を耳にした気がするよ」
どう怖い発言なのかを、ガルフは追及することはなかった。だからといって、リエルは満足したわけでもない。
「……勘で作ればいいではないか。魔力の分量さえ合えば、薬は機能する」
「それを『見える』のは、リエル嬢ちゃんのような特別な者だけなのさ。並みの錬金術師には、魔力の分量を薬から読み取れるほどの感覚はない」
「そ、そうなのか?」
「そうだ。リエル嬢ちゃんが、作る分には、勘に頼っていても悪いコトはない」
「う、うむ。そうだな。問題はなかった」
「だが。知識が多くあって損することはない。魔力の才がそれほど無くても、アミイ・コーデルはリエル嬢ちゃんに作れない薬も作れるんだからな」
「……そうだな」
教訓めいた言葉は、重い。
だが、真実だろう。複雑怪奇な薬を調合することは、まだリエルには出来ない。感覚頼みの調合では、限界もある……そんなことは分かるのだが、今は捜査に集中するとしよう。
「それで。何か分かったか?」
「……彼女は誰かに雇われている様子がない」
「ん?」
「錬金術師に対する依頼は、錬金術師ギルドを通すことでのみ行われる。そうでなければ違法となるからな」
「ギルドを通すことが『掟』なのだな?」
「そういうことだ。でも、彼女はそのギルドを使っていない」
「そんなことが、分かるのか?」
「下調べの段階で、ギルドに訊いたから」
老人の言葉に、美少女エルフさんの表情が曇っていた。
「……なんだそれ。この現場を見て気づいたのかと思って、感心していたのに?」
ガッカリしたのだ。探偵みたいでカッコいいと感じた自分の気持ちを台無しにされたから。
しかし、ガルフは彼女の文句に無対応だ。指をくるくると振り回しながら独り言を続ける。
「……ギルドの仕事を請けていない場合、収入源は限られる。多くあるのは、大学などの研究機関に所属し、そこに研究成果を送ることで報酬を得る場合だ」
「……アミイ・コーデルは大学に勤めているのか?」
「勤務しているというか、所属している可能性もある。それならば、市井での仕事をしなくても、資金が提供される。ここにある十分かつ高級な素材や器具を揃えることも出来るな」
ガルフは物資から情報を読み取ろうとしていた。この錬金術師は、よく分からないが豊かなのだ。仕事もしていないのに、これほどのアイテムをどうやって購入したのだろうか?
……そこには不自然がある。
不自然さがある以上は、そこには追及すべき何かがあるものだ。
何がある?
大学に所属しているような証明になるものは見当たらないが―――ふむ。良さそうなものがある。
金庫があった。頑丈そうな金庫だ。ガルフはその前にしゃがみ込み、例の細長い棒を取り出した。金庫の表面にある鍵穴に、それを突っ込んで行く。
「……そ、そんなものまで開けたら、ますます泥棒さんではないか?」
「……盗まなければ泥棒にはならん」
「そうなのか?」
違うような気がする。どんどん自分たちが言い逃れの出来ない泥棒の道にハマっているような気持ちがして、リエルは不安になってしまう。
だが、百戦錬磨のガルフ・コルテスは気にしない。謎を追いかけるとき、彼の心はワクワクしている。探偵になれば良かった。そんなときさえあるが―――傭兵稼業も大好きだ。
ガチャリ。
金庫の鍵が開いてしまう。リエルは罪悪感を覚えていた。ガルフはその金庫を開いていた。
「……ふむ。見るといい。証拠があったぞ?」
「え?」
その言葉に反応して、リエルは金庫をのぞき込む。そこには、金色に輝く指輪が一つだけあった。
「やはり、犯人?」
「……いいや。違うね。逆だよ。これは無罪の証明だ」
「……どういうことだ?」
「盗品じゃない。これは、南の貿易商人、コーデル家の家紋が刻印された指輪。一族の証というものだ。彼女の実家は、死ぬほど裕福。貴金属など、幾らでも買える。わざわざ危険を犯して盗む必要もない」
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