第一話 『こ、コレは純然なる復讐の旅であり、あ、あいつは関係ないのである!?』 その二
女王セリスの言葉を胸にしまいこみ。リエルは故郷で過ごす最後の夜を迎えた。里の者たちは彼女のために、まるで祭りの夜みたいに豪華な料理を用意してくれた。
たくさんの料理があったが、リエルの心を捕らえたのは、やはり大きなイノシシで作ったシシ鍋である!
森のエルフ族伝統の、味噌をベースに使ったそのシシ鍋はとても美味であった。里の味を覚えておこうと、彼女はその好物を噛みしめるように味わう。
小さな子供のように笑ってしまう。この味は、たまらなくほほを緩ますのだから。リエルを産んでくれた母上も、これが得意な料理であった。
その夜は、星が大きく見える。親しい死者たちが、星となって逢いに来てくれているようだ。さみしくはなかった。まったく、さみしくない。だから、笑顔を浮かべるのだ、リエル・ハーヴェルは。
……『聖なる復讐の戦士』を送り出す宴は、祭りのように華やかで……夜が深まる頃には終わっていた。戦士は、明日の午前中には旅立つのだから。夜更かしさせてはいけない。
自室で過ごす最後の夜。妹の一人がリエルと一緒に眠ると言い出した。一晩中語り明かす!そう言い張っていたが、お腹いっぱいの12才児は、すぐに言葉があやふやになっていた。
「……だから……おねえさまは……ふにゃふにゃ……」
同じベッドの中で、リエルはドヤ顔を浮かべるのだ。エリート・エルフは他者を見下すときや、自分の能力・優位をひけらかす時には、そのような表情を見せろと教えられている。
そのドヤ顔は、リエルの高い自己評価から来るものというだけでなく、森のエルフの王族としての礼儀作法の一つであった。
……ヨソの部族からは、もちろんウケが良くないが、これもまた変えがたい伝統なのである。
「フフフ。しょせんは、12才児であるな!15才という大人である私と違い、夜の10時には、もう眠たくなるのだぞー……ふにゃふにゃ……」
「お姉さまこそ、眠たそうです……よう?」
「……まあ。シシ鍋で、お腹がいっぱいだからだ」
「そうです。アルカも、そうなのです!アルカも、12才、大人と言えば、大人!」
「……いや、子供だろう?」
「いえいえ、私とて、四捨五入すれば…………」
「……10才になるぞ」
「……ハートは、大人です!お姉さまよりも、きっと恋愛経験は豊かな方ですよう……」
「れ、恋愛など?こ、こら、アルカよ。どこの誰と何をしておるか!!」
「里にある、恋愛小説は、全て読破いたしました!!……お姉さまは、冒険小説ばかりなのです。アルカの方が、恋愛マスターなのです!!」
「小説を読むことで、恋愛経験にカウントしてもよいものだろうか?」
「読まないよりは、マシなのです。だから、お姉さまは、自分の初恋に気づかれるまで、4年もかかるのですよ?」
「あ、あれは、断じて初恋などではないと、言っておろうがあああああああああああああああッ!!」
「もう。夜中に、大声で叫ばないでください」
「む。す、すまない」
「それに、否定しなくても―――」
―――里の者、全員がすでに知っておりますのに。
その言葉を、アルカはまだまだ薄い胸の奥に飲み込んでいた。姉は意固地になることがある。プライドが高いというか、プライドの使い方がおかしいというか……。
「なにか、私に対しての悪い評価をしておらぬか?」
「い、いえ。そんなことしてませーん」
妙に鋭いところがあるから、厄介なのだ。
しかし。
「本当に、4年も気づかないものですか?」
「は、はあ!?な、な、な、何に、気づかないというのかな!?」
15才の『大人』も、あまり大人らしくないような気がする。妹は、異母姉のために自分こそが大人を演じることにした。
「……つまり、あの野蛮で醜く、愚かな赤毛の男に対する、高貴なるエルフが憐れみと共に注ぐ『同情心』についてです!」
「う、うむ!そうだな!そうだ、同情心だあれは!!…………しかし、アルカよ、ちょっと言いすぎなのだ!」
思い人を悪く言われれば、さすがに拗ねても当然だ。リエルが木の実をたくわえるシマリスのようなホッペタになったものだから、アルカも気を使う。
「……ま、まあ、あの赤毛の人間族についてです。お姉さまは、あの方に対して、大きな心から来る同情をなされておられるのですよね?」
―――つまり、簡単に言えば『恋心』を……。
その言葉が使えないために、貴重な姉妹最後の夜がムダに消費されているな、とアルカは考えていた。
「……うむ。私は、『同情心』に気づかなかった」
「どーしてですか?」
「……そうだな。部族外の男に、まして里を襲撃した敵でもある人間族に、そんな感情を抱くなど、『掟』に反する。敵には、鋼のような心で挑む。かたくなであるべきだ!」
「……お姉さまは戦士であられますね」
「……うむ。森のエルフで一番の戦士だ。だから、戦士は、過度な『同情』を抱かないのだ」
「でも。お母さまは、お姉さまに、あの方を探すようにと仰せつかったわけですよね?一緒に―――」
「い、一緒になるとか!?そ、そんなことは、とてもじゃないが、まだ早いし!!」
リエルがそんな言葉を言い残し、布団の奥へと頭を引っ込めてしまった。まるで臆病な亀のように素早い動きだった。
一緒に行動しろと言われた……そう言うつもりであっただけなのだが。
「さ、さすがに15では、まだ!!まだ、早い!!あの男の、な、名前も知らぬのだからな!!」
……うん。この話題は、よそう!
13才の『大人』は、そうすることが姉妹の時間をムダにしないと分析したようだ。この過剰な反応では、恋愛に関する話題を振っても、即座に照れるか怒るか誤魔化すかだ。
我が姉ながら、恋愛に対して奥手でありますなあ……。
ふう。と小さくため息を吐いて、アルカはリエルに違う種類の話題を求めることにした。
「……それで、お姉さま」
「な、なんだ?」
「明日はいよいよ旅立ちですが、どちらの方角に向かわれるのですか?」
「うむ。まずは、あの赤毛が去って行った南へ向かおうと思う」
「……合流するわけですものね」
「追跡する、それが狩人の基本だぞ!」
布団の奥でそう語るリエルがいた……。
「えーと。狩りをするわけでなく、合流して、共に帝国と戦うわけですよね?」
「ああ。アレもまた帝国と戦っている様子だったからな」
「……そんなに、スゴい方だったんですか?」
「覚えていないか。そうだな、それでいい」
「いいのですか?」
「あの男の戦い方は、とても恐ろしいモノではあったから。侵略者どもよりも、よほど激しく、侵略者どもを、蹴散らしていたのだ!!フフフ!!子供が見るべきよーなモノではない!!」
ああ、お姉さまが、ドヤ顔を浮かべておられる……。
あの方の暴れようが、お気に入りなのですね。追及してみたくなりますが、追及すれば、またタートル・モードになって隠れてしまう。だから、この指摘は止めておいてあげますか。
「……アルカ。どうして、ドヤ顔なのだ?」
「え?わ、私、あんなカンジの悪い顔してました?」
「カンジが悪くなどないぞ。いいドヤ顔であった!アレこそ、森のエルフの王族の娘に相応しいドヤ顔である!」
「わーん。お姉さまに、ドヤ顔を褒められた……っ!」
「なぜ、泣くのだ?」
「うう。その道のプロのヒトに言われると、自分の傲慢さが気になるのです」
「エルフは偉いし、王族はもっと偉い!威張り散らすぐらいが、周りの者からしても、丁度良い関係性を築けると教わっている!」
「……そ、そうなんでしょうか?我々の文化って、本で読む限り、『外』の世界と少しズレているような?」
「恋愛小説など、娯楽性を追求して、大なり小なり世間からズレるものではないか?」
リエルには持論があった。何故ならば、あの『大いなる同情心』を誘因する、赤毛の蛮族のような男は、彼女が何冊か読んだ恋愛小説には登場していない。
「面白おかしく、現実にはないコトを描いておるのだ」
「そうかもしれませんけど。あまり、ドヤ顔を『外』でしない方が、いいかもしれませんよ?」
「どうして?」
「いや、カンジ悪いって言われて、いじめられるかも?……外は……外は、お姉さま独りぼっちではありませんか?」
「……たった一人でも戦い抜く、それが『聖なる復讐の戦士』だ」
「……お姉さま」
「私は強い。一人でも、皇帝とやらを、射殺してみせる!……そうすれば、二度と、この隠れ里を襲う帝国兵は来ないだろう。アルカも、怖い敵の戦士を知らぬままで暮らせる。私は、そのために、戦いに行くのだ」
「……お姉さまあ、お強いですね」
「うむ。だからこそ、一人で、『聖なる復讐の戦士』となる」
「……ですが、アルカは、敵は強大だと聞いております。お姉さまが、多くの仲間たちと巡り会えるように、聖樹に、毎日祈ります。そうなれば、きっと、お姉さまが、戻られる日も早くなるはずですから」
「……外にも、強くて有能な戦士が、いればよいのだがな」
……一人しか、心当たりがない。
……あんな者は、そうおるまいな。
それから姉妹は、色々なことを話すつもりになり、昔の思い出だとか、こないだ見つけたキレイな鳥についてだとか、イノシシを獲るための罠についてだとか……色々なことを話していたが、いつの間にやら、眠りについてしまっていた。
勇敢なるリエル・ハーヴェルは、妹のおかげで、里で過ごす最後の夜を、不安な思いをすることなく眠れたという。明日は、いよいよ旅立ちであるが、リエルは不安の全くない笑顔で、ぐっすりと眠れたのだ。
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