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第四話    『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』    その三


 魔術というものは才能である。リエルはそう教えられていたし、その認識は正しいものである。


 ヒトに残された魔術は、三つの『属性』から成り立っている。炎、風、雷。これら三つの属性のみが、ヒトに使うことを許されていた。


 しかも、それらを扱うには先天的な才能が要る。生まれ持っての資質を持たない者は、どんなに鍛錬を積もうとも、魔術を使えるようになることはない。


 ……ヒトの多くに、それらの資質が与えられているわけではない。エルフ族は、やや多目にその才能を持って生まれる者がいるし、リエルのような『生まれ持っての天才』は三つの属性の全てを使いこなせる才がある。


 もちろん。


 どんな魔術師でも才能だけでは足りない。知識と経験と鍛錬により、一人前の魔術師となっていくのだ。


 ……ホーリーのような、魔術の才を一つも持って生まれなかった者は、この世界には多くいる。いや、より正確に言えば、過半数がそんなものだ。才がある者も、せいぜい、マッチの代わりに指先に炎を灯せる者がほとんどである。


 モンスターを一発で倒せるような魔術の使い手など、一万人に一人でもいればいいレベルなのであった。生まれ持っての特権なのである、魔術師という存在は……。


「……アイテムの補助というか、ほとんどアイテムのおかげっすけど。うれしいっす」


「……うむ。それは分かったから、いい加減に離してくれぬか?」


「ああ、ごめん。リエルちゃん。つぶれちゃうっすよね」


「エルフはそんな簡単につぶれたりはしないぞ?」


「……はあ。感動。この感動を、日記に書いておきたいっす……」


 でも、そう言えばゴブリンたちに襲われて、無くしてしまったすね。


「うふふ。日記、買わなくちゃ……っ」


「むう。聞いちゃいないな」


「ホーリー嬢ちゃんよ」


「は、はい?」


「日記にこれも書いておけ」


「これは?」


 ガルフが差し出したのは丸めた羊皮紙だった。好奇心のままに開いてみると、ちょっと汚い文字が踊っている。


「ガルフさんの文字っすか。癖が強いっすね」


「読めればいいだろ?」


「そりゃそうっすけど」


「そいつには、さっきの『筒』の中身の作り方が書いてある。『筒』に、一般的な錬金術師の店で売っている素材を買うなり、自力で入手して詰めると、何度でも使える」


「ホントっすか!?……わー……しあわせっす……っ」


「ふむ。魔術を買うのか」


「そういうことだ」


「幾らぐらいになるんだ?」


 リエルの言葉に、ホーリーの耳が動いていた。イヤな予感がしているのだろう。


「一発あたりの素材の料金は、銀貨8枚から12枚。店とか時期により、値段が変動するだろうよ。交渉次第では、もっと安くなるが、そんなものだ」


「そ、そんなにかかるのなら……も、モンスターに使っていたら、あっという間に赤字っすよう!」


「……取って置きにして使うとええぞ。ホーリー嬢ちゃんが貧乏っちいのは見ていたら分かる」


「ガルフの眼力はスゴいな。財布の中身まで見通すのか」


 ……なんか、ヒドい言われようっすね……。


「とにかく。三発分は渡す。いいな、取って置きにすること。使う前に3秒握る。あと、リエル嬢ちゃんは使うな。魔力が強すぎるから、暴発するぞ」


「うむ。分かった。危険そうだしな」


「そうっすよ。銀貨10枚前後の喪失とか……危険っす」


 もったいないから。使わないでおこう。死にそうになるまでは……倹約家のホーリーはそれらの三つの『筒』を抱きしめながら、そう心に決めていた。


 ガルフ・コルテスはホーリーがどんなことを心のなかで考えているかを悟っていた。だから、一言だけ忠告をする。


「……死ぬ前に使うようにな」


「は、はいっす!」


「……さてと。それじゃあ、『アミイ・コーデル』の屋敷に出かけようじゃないか。ホーリー嬢ちゃんは、彼女にどんな用事なんだ?」


「……えーと。伝言を頼まれているっすよ」


「どんな伝言なのだ?」


「リエルちゃん、本人以外に喋っちゃダメなんすよ?……これは、手紙のようなものなんですから」


「むう。たしかにな」


「だが、臨機応変に行こうじゃないか」


「えー……ガルフさんに、話すんすか?」


「ダメか?話せば舌が燃えてしまう呪いでもかけられているわけじゃないだろ?」


「……こ、怖いコトを言わないで欲しいっすよ……っ」


 場合によればあり得ることだが―――まあ、そこまでの任務を、最下級の便利屋などには託さないか。ガルフはそう考えている。経験豊富過ぎる彼には、世界がとても残酷で血なまぐさく映ってしまいがちなところがあった。


「まあ。君がそれでいいなら、いいんだよ。ワシは」


「その言い方されると、何だか不安になるっすよう」


「……ふーむ。少々、不作法ではあるが、ゴーレムを使う犯罪者かもしれない。それの調査のためなら、伝言をバラしてもいいのではないか?」


「いい言い訳っすね……えーと、でも。本当にメッセージはシンプルなんですよ。差出人は不明ですが」


「いきなり怪しい依頼だな」


「ま、まあ。そうっすけど……メッセージの内容は、『ガラート剤を8、サッカリー剤を2。それにメリトール剤を3』……それだけっすね」


「薬品のことばかり……調合の比率か?」


「そうだろうなあ……まあ、錬金術には基本的な薬剤ばかりだ。何を作る気なのかは、よく分からない」


「むー。ガルフの知恵も及ばないか。それならば、もう当たって砕けろの精神でホーリーを派遣するほかないな」


「変な精神を発揮しないでくださいっす。出来るだけ、情報を聞くっす……どんなことを聞いたら、いいんすかね?」


「……そうだな。他に用事がないかを聞け」


「あ。営業活動は大事っすもんね」


「というか、彼女に何か急ぎの用事が無いかを確認したい。ゴーレムの事件に関わっているのなら、何か君に仕事を頼むかもしれない」


「は、犯罪者かもしれないヒトから依頼を?」


「仕事を頼もうとして、頼まないかもしれん。実力が足りないと考えて、他の人物に頼もうとするかもしれない」


「私、評価低いっす……」


「ルーキーだからな。犯罪者でも、そうでなくても、仕事を頼むのに躊躇してしまう存在だ。君は、顧客の信頼を得られるほどの経験や実績もない」


 ハッキリ言うと、実力もない。けれど、ガルフはそこまで言うと可愛そうだと考えて口にすることはなかった。


「……うう。社会的信用が欲しいっすよう」


「ゴーレム事件の解決に協力したとなれば、信用も得られるのではないか?」


「……そ、そうっすね……っ。よーし、とりあえず、そーしてみます!」


「ああ。彼女を観察しろ。色々なコトを聞いて、しつこいルーキー便利屋を演じろ。そうすれば、情報が得られるかもしれないからな」




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