第四話 『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』 その二
ガルフに連れられてリエルとホーリーは、裏庭へと招かれる。小高い壁に囲まれたそこには、色々とゴミのようなモノが転がっている。
「ゴミが転がっているな……」
「ゴミじゃない。これは偉大なる発明のための糧。失敗作だな」
「……ゴミではないか、片づければよいのに?」
「こういうときに、役に立つだろう」
老人はガンコなものだ。エルフもそうだが、人間族もそうなのだな。リエルは世の中について、また一つ詳しくなっている。
ガルフはリエルの生温かい視線に見守られながら、かつての失敗作どもを組み合わせていく。その老練な指が造り上げた物体は、カカシに似ていた。
「ヒトの形を模してみたぞ」
「ふむ。壊れた鎧に、折れた槍に、何だか分からないモノが幾つか。見事なカカシであるな、小鳥はさぞやコレを不気味に思うであろう」
「畑にコレを立てていると、近所の方も離れて行きそうっすね。何か得体が知れない割りに、おっかないカンジがするっす」
「ワシの芸術的なセンスの無さを指摘するよりも、その『筒』の使い方を覚えるといい。それを使いこなせれば、ホーリー嬢ちゃんはいっぱしの戦士に近づく」
「ホントにっすか?」
「むー。どういうシロモノなのだ?」
「……火薬や燃料やら、金属の粉に硫黄やらを混ぜたモノだな」
「ガルフは、錬金術師なのか?」
「違うね。色々と器用なおじいちゃんなだけさ。本を読んで独学だ。正式な資格なんて、もっちゃいない」
「モグリの錬金術師は、犯罪なんじゃないんすかね?」
「ワシは錬金術師じゃない。名乗らなければ、錬金術師じゃないし……ワシの発明はあくまでも自分の趣味。錬金術を応用した品であろうとも、売らなければ法には触れん」
「……なんだか、法律の穴を上手く突いているよーな?」
「悪のにおいがするっすよ」
「だが。合法だ。錬金術師の名称独占も、錬金術師の業務独占も、ヤツらの権利を侵してはいない。ワシは完全な合法的な『発明家』だ。そもそも、戦士が自分のためにアイテムを作ることの、どこが罪だと言う?」
「そう言われれば、確かにな」
森のエルフ族の戦士たちも、さまざまな薬品や罠を手作りする。それを罪だと言われると気分が悪い。錬金術や、そういった知識は誰のモノでもない……リエルはそう考えることにした。
「それで。その印象の悪いカカシを実験台にするわけか……?」
「そうだ。ホーリー嬢ちゃんに、その『筒』の使い方を伝授したい」
「……これ、どうやって使えばいいんすか?」
「シンプルだ。対象物に、その『筒』の丸い方を向けるんだよ」
「こう……っすか?」
鎧と武器で構成された武骨極まりないカカシに対して、ホーリーはその『筒』を向ける。丸い方を向けた……反対に向けたら、『攻撃魔術』が自分に命中して死ぬ可能性がある。
操作は慎重にしなければならない。ホーリーは緊張した顔をしていた。ガルフはその集中力を良いことだと判断する。
「そうだ。先にネタばらしをしておくと、その先端からは強烈な炎が飛び出してくる。それを相手にぶつけると、どうなると思う?」
「炎を相手にぶつけるのか」
「相手は、燃えてしまうっすね」
「その通り。コイツは、そういうダメージを相手に与えるためのアイテムだ。使い捨てだが、炎の属性を帯びた一種の攻撃魔術と同じ威力を与えることになる」
「ふむ。面白そうではないか!……どの程度の威力なのか、ワクワクする。さっさと試してみてくれ!」
好奇心には素直な反応を示す、それが森のエルフ族の流儀でもあった。ホーリーは好奇心よりも恐怖と警戒、そして緊張の方が大きい。炎を吐き出すアイテム。そんな『筒』を自分の指が握っているのだから―――。
「―――爆発したりしないっすよね?」
「ホーリー嬢ちゃんの魔力なら、そんなことにはならん」
「……どういう意味っすか?」
「その『筒』から噴き出す炎に『着火』を行うのは使用者の魔力だ。その『筒』を握っているだけで、使用者の魔力は『筒』に吸い取られている」
「魔力を吸われているのか。まるで、呪いのようだな……」
「まるで、ではない。本当に呪いが刻まれている」
「ええ!?」
「……物騒だのう」
「安心しろ。呪いといっても低級なものだ。その『筒』は使用者の魔力を、錬金火薬に帯びさせて、炎として放つモノだ。真の意味の魔術とは、とても言えないが。ホーリー嬢ちゃんのように、魔術の才が無い者には、これぐらいが限界だ」
「……危険は、無いわけっすね?」
「バカを言うな。戦士のアイテムに危険は付きものだ。要は、ちゃんと使うか使えないかだけのことだよ、ホーリー嬢ちゃん」
「……っ」
老戦士の言葉に、ホーリーは怯えてしまう。危険なアイテム……そうか。戦うためのアイテムっすもんね……?……危険なぐらいじゃないと、何の意味も無いっすよね。
ナイフや剣や槍や斧。
そういったモノと、彼女の指のなかにあるアイテムは同質なものだ。
「敵対する者を傷つけるための力だ。ホーリー嬢ちゃん自身に対しても、使い方を誤れば危険なアイテムだ。怖いのなら、止めておくかい?……ワシは、それもまた悪い判断ではないと考えるよ」
臆病すぎる者は、武器など持たない方がいい。怯えながら相手に襲いかかっても、反撃されて命を落とすだけだ。
勇気や意志の強さも試される。危険な道を渡るということは、そういうことだ。
落ちこぼれのルーキー便利屋は、眉を寄せながら決意を語る。
「……教えて下さいっす。私は、もっと強くなりたいっす」
「いい返事だ。その『筒』の呪いは3秒だ。3秒のうちに、握った者の魔力を吸い取り、火薬の中に封じ込める。それを燃料の一つにして、炎を生み出す」
「3秒。じゃあ、とっくの昔にフルチャージっすね」
「そうだ。強い魔力の持ち主ほど、その3秒間に充填される魔力は大きい」
「リエルちゃんなら?」
「危なくて暴発するかもしれない。それぐらい、宝石眼のエルフの魔力は強い。ホーリー嬢ちゃんの30倍以上だろうからな」
「さ、30倍っすか……」
「それだけの魔力には、ワシの『筒』は耐えられない。コントロールを失い、ただの爆弾にしかならん。それは危ないだけの品だろ?」
「……リエルちゃんには、使えないんすね?」
「むー。なんか、バカにされているような?」
「魔力が低いなら、低いなりに使い用があるってことさ。リエル嬢ちゃんには、本物の魔術がある。こんな『筒』に頼るコトはない」
「そうかもしれんが、ちょっと残念だ。私も、使ってみたかった」
「……今後の改良に期待しておいてくれ。さてと、ホーリー嬢ちゃん、覚悟はいいな?」
「は、はい!」
「カカシに向けろ。その『筒』の先端をな。そして、『炎よ』……そう唱えればいい。やってみせてくれ」
ホーリーは深呼吸する。
深呼吸したあとで、唱えるのだ……魔術の才がゼロに近しい彼女は、初めて『呪文』を唱えていた!
「『炎よ』!」
『筒』に刻まれていた呪術が反応して、その『筒』の先端から、荷車ほどの大きな炎のカタマリが飛び出していく!
その紅蓮の炎は轟々と唸りながら渦を巻き、カカシに命中していた。そして、その紅蓮の炎はカカシを丸焼きにしてしまう。
「おおおお!お、思っていた以上に、強い炎だった!」
「ハハハハ!命中させたな!……命中精度は悪いアイテムなんだが……さすがに、運の良さがあると違うということかもしれん…………ん?どうした、ホーリー嬢ちゃん?」
「どうしたのだ、押し黙って?……どこか、火傷したのか?」
リエルの心配そうな言葉を聞いて、ホーリーは首をぶんぶん横に振っていた。彼女はその青い瞳に、ちょっとした感動の涙を浮かべていた。
次の瞬間。彼女はリエルに抱きついていた。
「うお?……どうした、ホーリー?」
「……えへへ。私、私……ニセモノの魔術っすけど……っ。ニセモノの魔術なんすけど。炎を……使えたんすよ……っ」
「……うむ。見事な炎の魔術であったぞ、ホーリー。アレならば、お前も戦士の端くれとしての資格は十分にある」
「……リエルちゃんに、褒められた……あはは!なんか、うれしいっすよう!」
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