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第三話    『あ、怪しげな錬金術師の一人や二人、怖くなんてないのである!?』    その九


 ホーリー・マルードは怯えてしまっていた。


「わ、わ、わ、私っすか!?」


「そうだ。ワシは『アミイ・コーデル』の情報を求めている。君ならば、向こうも警戒してくることはないだろうからな」


 冷酷な評価ではあるが、このホーリー・マルードの能力は極めて低いと言わざるをえない。


 それなりに人気のある職種、『マイコラ市の便利屋ギルド』には筆記も実技もある。そのどちらをもクリアしなければ最低ランクにすらなれないのは、物知りな老人であるガルフ・コルテスも知ってはいる。


 しかし、このホーリーがどうやって、それらの試験をクリア出来たのかは理解できない。『失敗させるべき仕事』のための『捨て駒』だろうか?……だからといって、ここまで能力の無さそうな者をギルド・メンバーにするのは、果たして……?


 ……分からない。


 ガルフは何やら動かなくなったホーリー・マルードを値踏みする。背丈は155センチ、年齢は15から16ってところか。愛嬌はあるが、ガキ臭い。試験官を色仕掛けだ落とすのはムリだな。


 ……家柄がいい?


 いいや、しゃべり方からして、そうじゃないな。それに、服も……何だか乱暴者にでも捕まっていたようにあちこちボロボロでみすぼらしが―――ボロボロになる前も安物の生地。


 間違いなく金持ちではないだろう。


 ……なんで、この子は『便利屋』になれたのだろうかな……?ガルフは謎が好きである。目の前に現れた謎には、思いっきり喰らいつく。


 ……何か、能力があるのか?……ワシの目を誤魔化すほどの、価値が……この子にはあるのか?……魔力は並み以下、身体能力も凡人、武器の技術を宿す指には思えない。


 武器にこすれた肌をしちゃいない。フワフワした赤ちゃんみたいな指をしている。熟練の戦闘技能を持ってはいない―――ガルフが本気を出せば、100通りの方法で、この子をノックアウトすることが出来そうだ。


 思いつく限りの戦闘で対峙しても、とてもじゃないが負けることさえ難しい。どうして、この子は……ここにいるのだろう?『パンジャール猟兵団』の団長である、あのガルフ・コルテスと……?


 場違いな生き物を見る目になってしまうが……ガルフは首を振る。可能性はある。この子は天才的な頭脳の持ち主であるかもしれない。


 その他の能力がどれだけ低かろうとも、知性があれば別だ。賢き者は、強者を封じることも出来るのだから。


「……嬢ちゃん、1から9までの数字がある」


「え。え、ええっと。はい、1から9までの数字があるんすね!?」


 学校には通っていた形跡がある。いきなりの先生と教師ゴッコで、戸惑うことはなかった。教師の問いかけを受けたことはあるらしい……。


「その9の数を使って、二つの数字を作る」


「は、はい!?」


 動揺から察するに―――あまり難しい問いに答える力はなさそうだな。敗北の歴史を歩んだ者の狼狽を感じる。


「二つの数字の積が『最大』になるのは、どんな数字かな?1から9、それらの数字を全て、一度ずつ使うんだが。98765かける、4321……みたいな作りで、二つの数字を作って、それらの積が最大になる組み合わせを作るんだ。ちょっとした遊びだよ」


「え、えーと、かけ算っすね?」


 かけ算という言葉を知っている。学校には通っていたことがありそうだな。リエル嬢ちゃんは……ちょっとポカンとしているな……。


「い、いきなり何のテストが始まったのだ!?」


「……リエル嬢ちゃんは知っているか、かけ算?」


「ば、バカにするでない!!森のエルフは知性あふれる種族なのであるからして!?」


「なら、ついでだから、答えてみてくれるかね?」


「ふえッ!?」


「はい、シンキングタイム、スタートだ」


「む、むう!!」


 ……さて。とある赤毛の野蛮人でも正解したシンプルなクイズだ。それなりに賢いヤツなら、数字も暗算してくるだろうよ。ワシは、面倒だから計算はしないがね。理屈が分かれば、クイズの答えまでは出せる……。


 これは算数の問題じゃなくて、クイズだからな。まあ、最後の引っかけまではクリア出来なくてもいい、納得してやろう。


 しかし。


 高貴な森のエルフの弓姫は、苦悶の表情になっている。10本の指を、くねくねと曲げたり伸ばしたりしながら、ブツブツと語る。リエルもそれなりの教養はあるはずだった。


 森のエルフの王族であり、高い教育を受けているはずである。おそらく妹のアルカであれば、もう答えは出していた。エルフ族の知性は、別に低いことはない。


 ……リエル個人の問題なのである。


 ……リエル嬢ちゃんは、マジメそうだ。しかし、知性を柔軟に発揮するほどの経験が無さそうだ。


 勇敢で度胸もある。『価値の無い仲間』のためにさえ、体を犠牲にするほどの魔力を放とうと考えられる義侠心もある―――。


 だが、型にハマった思考法が身につき過ぎているのかもしれん。閉鎖的な森のエルフ族らしい弱点と言える『マジメさ』か。


 リエル嬢ちゃんは、それでもいい。今はまだ未熟でもいい。彼女は他の才が有り余っているからな……問題は、この才能が無さそうな娘の方だ。知恵の一つも使えないようでは、この子は使わない方が良さそうだ。


 ……死なせてしまうかもしれん。何か一つぐらい、パートナーより優れたところが無いと、そういう未熟者は焦って実力以上のことをしようとして、早死にする。ガルフはその経験で得た法則を無視することはない。


 ガルフは時間を計っている。あまり、このクイズに時間を長くかけるようでは、ホーリーには知恵も無いと判断していいかもしれないと考えていた。


 簡単なことだからだ。デカい数字を作るには?小さい数字と小さい数字をかけるべきではないじゃないか。その逆をすればいい……そして、最後に注意するのは……。


「あ!」


 ホーリー・マルードに閃きの輝きが宿っていた。ガルフはニヤリと笑う。


「どんな答えだ?」


「えーと、大きな数字を―――」


「―――ちょっと待ったあ!!私も、私も出来たはず!?」


「じゃあ、リエルちゃんからどーぞっす」


「フフフ。97531かけ8642っ!より大きな数字同士をかければいいのであるからして、こーなるのだ!!」


「ほう。そういう発想はいいな。それで、ホーリー嬢ちゃんは?」


「えーと……87531かける、9642!」


「あれ、私の答えとちょっと違う……?より大きな数字をかけた方が、良いんじゃないのか……?8万にかけるより、9万の方が、大きく……あれ?」


 数学の苦手な森のエルフのリエルさんは、頭からオーバーヒート寸前である。暗算しようとするが、ちょっとキツい……テーブルの上にある、羊皮紙と羽根ペンと捕まえて、リエルはかけ算を開始する……。


「リエル嬢ちゃんの負けさ。ホーリー嬢ちゃんの勝ち」


「ええ!?」


「や、やったっす!!初めてリエルちゃんに、勝てたっすよう!!」


「そ、そんな、ホーリーのような者に!?」


 リエルちゃんの中で……容赦なく私の評価低かった……。


 ガックリと肩を落とすが、それでもリエルに勝てたという事実は、彼女の心を軽くしていた。まあ、算数の遊びで勝っただけに過ぎない。それでも、ちょっとだけ劣等感が癒やされていた。


「算数ちゃんってのは、時々、不思議なことがある。ホーリー嬢ちゃん、どうしてその答えだ?」


「……えーと。リエルちゃんの答えも思いついたんすけど。ガルフさん意地悪そうっすから、引っかけて来そうな気がしたんすよ。だから、二番目に大きそうな数字も、試しに暗算したんす!」


「ほう。二つの数の数字の和が同じ時は、二つの数の差が小さい方をかけた方が、より大きな数になるから……そういう言葉を期待していたが」


「す、すみませんっす……」


「謝らんでいい。ワシとしては、その期待以上の答えだ」


「え?」


「何せ、『ワシの性格の悪さを計算した』からな。ワシがどんな考えをしているか、読もうとして、罠に気がついた。そう解釈するならね、算数のアホみたいな知識を知っているから答えられたということよりも……よっぱど嬢ちゃんは『賢い』ヤツだよ」


 理論よりも、勘と暗算という力技か。数学の知識があるだけのヤツよりは、はるかに賢い。


「……えへへ!ほ、褒められてしまったっす……?」


「むー……くやしいが、負けを認めてやる。数字の扱いは、ホーリーの方が良いのだな」


 こんな大きな数字の暗算など、とても私には出来そうにない……。


「だがしかし!もしも、私の妹のアルカがこの場にいたら、きっと、算数的な知識を用いて、理論的に答えていたはずだから!森のエルフ族の知性が、ホーリーに敗北したわけではないからな!私が、ホーリーよりもわずかにアホなだけだから!!も、森のエルフは、負けたりなんてしていなだああ!!」


 典型的な負け犬の遠吠えであった。リエルは森のエルフ族が、ホーリーに負けたと思われることが口惜しくてたまらないようだった。誇り高きエルフは、テーブルにうつ伏せになり、とんでもなく口惜しそうであった。


「……さてと。リエル嬢ちゃんよりは賢いホーリー嬢ちゃんよ」


 傷心のリエルの心に、その言葉が刺さった音が、ホーリーには聞こえた気がした。後がちょっと怖いけれど、今は気にしないことにした。


「は、はい!」


「その賢い頭で考えな。本来の仕事をこなすついでに、ワシを手伝うか?……それとも、怪しい事件から遠ざかり、便利屋の仕事もしないか。あるいは、便利屋の仕事だけをこなすかだ。三者択一。どれがいい?」


 ……ガルフはホーリーを買っている。もちろん、天才だとは思っていない。だが、自分の予想を、やや上回るぐらいの『狡猾さ』を持っている娘ではある……。


 誰かの予想を上回れる者は、その誰かに『勝つ』見込みがあるものだ。想定外の鋭さを、持っている。一瞬でも、その鋭さを発揮することが出来たなら、それが勝利に結びつくこともある……。


 『ボロボロに錆び付いた、しょうもないナイフ』。


 ガルフにはホーリーはそう見える。そう見えるが、意外とこのナイフは尖っていそうな要素がある―――ヒトの性格を見抜こうとするズル賢さ。それを持っていそうだと。


 それに、『弱い』からこそ、敵に油断してもらえることもある……この子は、経験次第では、それなりの力を出せるかもしれない。敵の油断に、つけ込む力がある……。


 何があったかしらないが、敵対している何かしらに捕まったと見える服の損傷。それでも、この子は『それ』を生き延びた。運も良さそうだ……まあ、こんな才能のカタマリのようなエルフを連れにしているだけで、『幸運』は証明済みか。


 さてと。


 『幸運』と『狡猾さ』、そして『他者から見くびられる能力』……得がたく、そして万能性はない才を持つ少女よ。君は、なりたい者になるために、どこまでの覚悟があるのかな。


 三つの武器に『心の強さ』もあれば、それなりの力は組み上がるかもしれん。ホーリーは、しばらく考えて……考えたあげくに答えるのだ。


「じ、自分の仕事だけをしようと、思うっす!自分は、未熟者っすから……」


「ああ。いい判断だよ、ホーリー嬢ちゃん」


「で、でも!……か、可能であれば、何か、ガルフさんの仕事を手伝って、ぎ、銀貨を何枚かでも、欲しいとか、考えているっす!!」


「ククク!……もっといい判断だよ、ホーリー嬢ちゃん」


「私、お金がいるんす……っ。だから、や、やれそうなら、何か、錬金術師さんに、訊いてみるっす。こ、こんな半端な答えでも、オッケーっすかね……?」


「ああ。ワシにとっては、想像以上の答えだよ。で。リエル嬢ちゃんは、手を貸してくれるな?」


 リエルは復活する。ホーリーごときに屈した敗北によって流れた恥辱の涙を拭いながら、正義の心が燃えていた。


「うむ!路銀のための銀貨も欲しいし、悪党をのさばらしておくのは、気分が悪いから!」


「じゃあ、決まりだな。さっそく、錬金術師の家に行くとしよう」




読んで下さった『あなた』の感想、評価をお待ちしております。


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