第三話 『あ、怪しげな錬金術師の一人や二人、怖くなんてないのである!?』 その八
「ふむ。町の中と―――」
「―――町の外っすね?」
リエルとホーリーは感心していた。いや、どれぐらい感心すべきなのかも、よく分かってはいないけれど。
このガルフ・コルテスという謎の老人は、なかなかの名探偵であるらしい。
少女たちはそんなことを考えていたのだが、老傭兵はなんだか居心地が悪いのだ。どこかひねくれている彼は、軽んじられることも嫌いだが、感心されるのも嫌いだった。
複雑な心を持っている人物なのである。過剰な良いことも、過剰な悪いことも、彼は嫌いだった。かつてはえらく尊敬されていた時期もあったが……そのせいで、義理の息子は彼のことに偏執的な愛情を持っているようだし……。
……いや、まあ、どうでもいいことだ。自分の評価など、気にするような年齢は卒業している。傭兵の名誉など、どうでもいい。問題は……自分の美学の完成だ。最強の傭兵団を作る―――それで何を成すのか?……それは継承者の決めることだ。
自分は傭兵でしかないことを、ガルフは知っている。
借り物の理由でしか剣を振るうことは出来ない。そんな人物に成せることなど、彼はもうとっくに成していた。
……この宝石眼の娘がいれば。『最強の傭兵団』の完成には近づくな。まあ、感心されるのもガマンしておこう。アホ丸出しの団長には、若くて利己的なエルフの女はついて来たりはしない。
ホーリー?
……この子は別にどうでもいいな。さっさと帰ってくれても構わないが―――まあ、リエル嬢ちゃんを留め置く口実として使えるだろうか?
「……ガルフさん、私のコトを見て、どうかしたっすか?」
「……いいや、何でもない」
「もしかして、ホーリーは、ガルフの孫とかに似ているのか?」
「……はあ?」
何をいきなり言い出すのか。エルフ娘の考えることは、いつものことながら突拍子もなかった。ガルフには血のつながりのある存在は、もうこの世に一人もいない。法的な『義務』を持っているのは、ちょっとした地方貴族よりも金を稼ぐ義理の息子だけ。
……アイツが変態なのは、ワシのせいじゃないと思いたいが、完全に否定することは難しいな。ワシはアレの劣等感を刺激するような、グレートな存在であったから……。
リエルの妄想は続く。ヒトの心はすれ違うものである。
「うむ。深く思い出しておるな!……きっと、ホーリーはうり二つなのだ。孫娘に」
「ええ?……私のおじいちゃん、ほんと地味なおじいちゃんっすけど……?」
「そうでもなければ、あんなタイミングでは助けに現れぬ!」
「……理屈が、よく分からないっすけど……つまり、デスティニー的なことっすか?」
「そうである!きっと、前世からの縁とかであり―――」
―――あの義理の息子との関係を解消したい。どうしよう。あんな変態。人生もあと何年生きているのかも分からない状況には、どうしたって持て余す…………拾うんじゃなかった、あんな変態野郎を。
「家族はいいものだからなあ!ガルフもきっと、ホーリーから感じる田舎の孫娘っぽさに家族を連想させられて―――」
「―――家族なんて、嫌いじゃ!!」
そう言いながらガルフは拳でテーブルを叩いていた。
「ど、どうやら……家族仲が悪いようだな」
「み、みたいっすね……傭兵なんてやっているから、きっと家族に会わせるフェイスが無くなっちゃったんすよ」
「……うるさいわい。とにかく、ワシのデリケート過ぎてグチャグチャに壊滅しちまっている家族のことは放っておけ」
「デリケート過ぎてグチャグチャっすか……」
「我々のようなうら若き乙女には、とても対応できぬ関係性であることは予想出来るのう……」
「そうだ。アレを解決するためのアドバイスを吐くためには、君らの人生経験はあまりにも貧弱すぎる」
「……どんなヒトなのか、ちょっと気になっちゃいますね」
「うむ。ろくでもなさそうだが、ヒトには怖いモノ見たさというものがあるしな……しかし、それはそれとして……今回の犯人について、目星がついておるのだな、ガルフ」
エルフの高貴な方らしい特徴だな。ガルフはそう思っていた。いきなり話題が変わるのだ。それをエレガントだとでも認識しているのか、エルフの高貴な連中は、ヒトのハナシを聞かないし、会話に脈絡がないところがある。
だから?……だから、経験値のカタマリであるようなガルフ・コルテスは動じなかった。
「そうだ。ゴーレムの『巣』には心当たりが二つある。町の外は、とあるダンジョン。怪しげな集団が使っていたという噂のある場所だ。方角的に、そちらに向かって走っているようにしか思えん」
断言しながら、ガルフはテーブルの上に地図を広げた。その地図は手製である。羊皮紙に、羽根ペンを用いて、ガルフが刻むように情報を書き記していた。
……なるほど。参考になるかもしれないっす……。
ルーキーの便利屋はそう考える。自分で地図を作る……自分だけの得た情報を書き込んでいくことで。こういうのがあれば、他人の書いた地図と違って、迷うこととか無いし、安いっすもんね……。
「……えーと。ガルフ、これ、線が一杯で、読みにくいのだが……?」
「そいつはすまねえな。ガサツなんだよ、ワシの指は。まあ、とにかく、ここらの赤い線を見てくれ」
「……『パガール』から、北北東に向かって、どれも伸びているな。七つあるということは、これはゴーレムが逃げた場所、あるいは逃げようとした場所か」
「そうだ。毎回、そのダンジョンに向けて進んでいるように見える……他に潜伏に適したところは森しかない。『パガール』の酒場で、狩人たちにも酒を呑ませながら訊いてみたが……彼らは異変を悟っていない」
「ふむ。狩人なら森の変化に必ず気づく。彼らが森の異変に気づけないということは、森には異変などなかった……とも考えられる」
「そうだ。あとは、候補の地点に、身を隠すのに適した古いダンジョンがあれば、そちらがゴーレムの目的地だと考えたっておかしくはないだろう」
「……そうだな。実に怪しい。調べたのか?」
「まだだ。もう一つの候補も調べたかったから、余裕もなかった」
「……もう一つは、『パガール』の中にあるんすか?」
「そうだ。怪しげな流れ者の錬金術師だ。いつからか、町の隅っこにある屋敷に棲み着いている。不法にな。不動産屋にも金を支払っていない」
「空き家に、棲み着いているんすね?」
「そうだ。この怪しげな錬金術師、『アミイ・コーデル』は―――」
「―――ええええええええええええええええええッッッ!!?」
「……どうしたんだね、ホーリー嬢ちゃん?」
「い、いえ。私、その人に……『アミイ・コーデル』に用があるっすよう」
「……世界ってのは、狭いもんじゃな。そいつに何の用事があるんだ?」
「……その、仕事っすから、内容までは言えないっすよう」
「……便利屋の仕事か……ルーキーを使っているということとは、軽い仕事らしいね」
「う。そうです……メッセージを預かっているっす……」
「……使えるな」
「……え?」
「ホーリーお嬢ちゃん、ちょっとワシに協力してみる気はないかね?……もちろん報酬は払うぞい?」
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