第三話 『あ、怪しげな錬金術師の一人や二人、怖くなんてないのである!?』 その七
ガルフ・コルテスには年若い少女たちの機嫌を取るために、何を用意するばいいのか、よく分からない。
だが。
どうせ甘いモノとかが好きなんだろう?……という安易な発想ならば、この年老いた傭兵の男にだって考えついていた。
「ココアと。甘いクッキーだ。チョコチップが入っている。遭難したときに持っていたら涙を流して喜ぶタイプのクッキーだ」
そう言いながら、彼は甘いココアと、遭難者が泣いて喜ぶタイプのチョコクッキーをテーブルの上に置いていた。
「……ふむ。確かに遭難者ならば、泣いて喜ぶであろう……」
「エルフの嬢ちゃんは、そうじゃないっていうのかい?」
「……な、泣きはせぬが。甘いモノは、大好きだぞ!」
そう言いながら、リエルの細くて白い指がチョコチップの入ったクッキーを捕まえる。
「あー。ずるいっす。私もいただくっすよー。チョコに、飢えているんすからあ!!」
ホーリーもまたチョコクッキーを捕らえるのだ。旅人少女たちは、並んでクッキーを食べ始める。まるでリスのようだなあ、とガルフは思ったが、口に出すと女子どもに怒られるかもしれないから、止めておく。
「……まあ。ゆっくりと食べるがいい。クッキーを君たちにご馳走してあげたおじいちゃんは、君らの耳障りじゃない程度の独り言で、この『パガール』の町で起きている事件について語ってやろう」
「……ガルフよ、恩着せがましいぞ、クッキーごときで?」
「そうっすよ。クッキーを可愛い女子に献上するなんて、紳士の嗜みっすよねー?」
「そうだぞ!むしろ、ありがたく思うのだ!」
……エルフの王族ってのは、どこか価値観がおかしい。尊大な正確をしているものだがな。世間知らずの度合いが強い……経験を積まさないと、変なドジをしでかしそうだ。
高貴な人々ってのは、コミュニケーションが下手だからなあ……。
「ガルフ、何か私に対して、悪い評価をしておらぬか?」
「しちゃいなさ。美味しいクッキーを、リエルちゃんとホーリーちゃんに献上できて、おじいちゃんはウルトラ・ハッピーなんだから」
「……皮肉を感じるっすけど。でも、このクッキーが美味しいから、何も考えられないっすよう」
「そーかい。じゃあ、本題を話してるから、クッキーついでに聞いていてくれよ」
少々、ヤケクソ気味になりながらも、ガルフは『パガール』の現状について語るのだ。
この町は先月から七件もの『強盗事件』が発生している。
どれもが、『巨大でよく走る元気なゴーレム』を使っているという言葉をガルフは使う。
「つまり、『ストーン・ゴーレム』か」
「そうだ。ご主人さまに刻まれた呪術の限り、全力疾走する。それがゴーレムってヤツだが、ヤツはその典型だな」
「宝石店を襲撃するっすか?」
「そうだ。理由は色々と考えられるな」
「マネーっすね!」
「そうだ。最も俗っぽいが、普遍的な犯罪の動機だな」
「俗っぽい……」
何だか凡人認定されたようで、少女は少し悲しい気持ちを丈夫な白い歯に込めて、クッキーさんに噛みついていた。
リエルが挙手する。何かを考えついたのか、なかなかのドヤ顔であった。
「リエル嬢ちゃん、何を思いついた?」
「うむ!高貴なエルフとすれば、素敵なモノを集めたい、美意識の高い『オシャレ怪盗』とかの犯行説をオススメするのだ!」
「リエルちゃん、ズルいっす!私も、私も、オシャレ強盗に一票を投じるっすからね!」
少女たちの発想は、よく分からんな。そんな言葉も呑み込むガルフがいた。
「まあ。美学に殉ずる変人ってのも、奇抜な犯罪を起こすもんだな」
「……お金と、変人……それ以外に、ゴーレムなんぞを使って盗人を働く理由とかあるのか?」
「……最も悪い可能性を考慮するのが、戦場を生き抜くコツでな」
「せ、戦場?」
「クッキーを味わっている乙女に、何を言い出すかというハナシだな」
「……まあ、犯罪を予防するためには、より悪い状況に備えるべきだろう?」
「ええ。そうっすね」
「戦場とか言われるよりは、ピンと来る言葉であるぞ」
「そうかい。おじいちゃん、勉強になったよ。で。ゴーレムと宝石と聞いて、お嬢ちゃんズは、どんな厄介な事件につながりそうって考える?」
「ルーキーの便利屋には、難しい質問っすけど……?」
「むー。宝石か。宝石には、魔力が秘められているものだな」
「そうっすね。エメラルドには『風の魔力』とか。ルビーには『炎の魔力』とかっすね」
「そうだ。それで、ゴーレムってのは、魔力を燃料にして、呪術という仕組みを機能させることで動く、人造モンスターだな」
「……ふむ。では、アレなのか?」
「アレって、何っすか?」
「つまり……何というか……燃料として、宝石泥棒をしている?」
「ゴーレムさん、お腹が空いているんすかね……?」
「空腹のゴーレムは、やむを得ず宝石商を襲っているわけか?」
想像より斜め下というか。ガルフは、ちょっとこの少女たちに失望しつつも、旅の小娘どもなどに期待しすぎている自分を戒めようとした。
期待しすぎは良くない。ガッカリすることほど、酒をマズくすることもないのだから。
「……ゴーレムを操る犯人が、その宝石や貴金属を集めているんだが」
「……犯人。あ、忘れていたな」
「……そうっすね。ゴーレムの主が、犯人っすもんね」
「そうだ。その犯人は、宝石を集めて、より長く、より強く、より高性能なゴーレムを作ろうとしているのではないかと、ワシは考えているんだ」
「強いゴーレムを作る?」
「向上心のカタマリな犯罪者っすね」
「そうだ。だから、危険だろ?……ワシのその予測が当たっているとすれば、そいつは今よりも大きな犯罪を、この『パガール』で行おうとしているかもしれん」
「おお。それは、いかんな」
「そうっすね。大変っすよ」
「……ああ。大変に危険なことだ。だから、ワシは雇われて、色々と調査をしている。犯人を見つけて、二度とゴーレムが現れないように処分する」
「こ、殺すんすか?」
「……町の連中に突き出す。法が裁くだろうよ。まあ、死罪になってもおかしくはない。被害額の大きな連続強盗事件だ。死者は出ていないが、負傷者は多数と来ているからな」
「ふむ。それは……正義の森のエルフさんとしては、協力してみたくなるタイプの話題だな。優れた者は、活躍し、世の中に能力を還元し、賞賛される義務があるのだから」
「……エルフって、皆こうなんすかね、物知り傭兵のガルフさん?」
「高貴なエルフは、自尊心が強く……おおよそ、こんな連中だよ」
エルフの耳はとてもよく聞こえるものだから。ガルフとホーリーが目の前でコソコソ話をしてもよく聞こえる。常人の耳でも問題なく聞こえるだろうから。
だが。
あえて、聞こえぬフリを少女は選んだ。気分が悪くなるようなコトは、聞き流すベし!森のエルフの王族は、ちょっと成長しにくいタイプの美学をお持ちなのである。
「……それで。ガルフよ?」
「なんだい、リエル嬢ちゃん」
「考えることが好きそうなお前のことだ。見当ぐらいつけているのだろう?……ゴーレムが、どこに逃げていこうとしていたのか。理由は知らんが、『巣』を見つければ、その犯人も見つけられる」
「……ああ。色々とすっ飛ばして、肝心なところを掌握しようってのは、いいことだぜ。見当はつけてある。この町の中と、町の外。二つにな。おそらく、どっちかは当たりだろうよ」
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