第三話 『あ、怪しげな錬金術師の一人や二人、怖くなんてないのである!?』 その六
ドラマチックな星の下に生まれたのであろうな。
リエル・ハーヴェルはそのような考えに至り、ドヤ顔モードでうなずいている。さすがは、私である!……ちょっとした町に辿り着こうとすれば、大きなイベントの方からやって来たではないか!
「……リエルちゃん、町が怖くなくなったんすか……?」
「む。ああ、何だか、そんなことが小さく思えてな。これぐらいの町が、どうしたというのだ?……いきなりゴーレムに襲われたり、謎の老戦士に遭遇したり、職務怠慢な町守りなどという社会の闇と遭遇することに比べたら……フフフ。小さなことだな!」
「た、たしかに……っ」
短期間でリエルは成長してしまったようだ。町に怯える田舎者の心は、先ほどの一連のイベントのせいで消え去ったらしい。
そもそもだけど。
ゴーレムを弓と魔術だけで圧倒するようなヒトが、『パガール』なんていう中堅都市に怯えることの方が不自然なのだ。『パガール』はそこそこの城塞都市でしかなく、治安も比較的、良い方だと知られている。
もちろん、いきなりゴーレムに襲われたせいで、その情報に対しては、大きな疑問をホーリーは抱えているのだが。
初っぱなから印象の悪い町になってしまったすね……。
ガルフ・コルテスに導かれて、二人の少女は『パガール』の城塞の内側へと入る。町の中は慌ただし。先ほどのゴーレムのせいだろう。ホーリーはそう考えたし、実際、その通りだった。
「……いやねえ。今月に入ってから、五件目よ?」
「先月も含めると、七件ね……」
「どうなっているのかしら?」
「市長のゴールドマンさんは、何をなさっているの?」
……町の女性たちの声を、リエルのエルフ耳は聞き逃さない。
「……ガルフよ。この町では、こんなことが、続発しているのだな」
「……ああ。犯人が捕まらねえからなあ。調子に乗られて、宝石やら貴金属を扱う店や、果ては貴族や豪商の屋敷なんかまで襲撃されてる」
「そ、そんなに大暴れしているのに、犯人は逃げ延びているんすか?」
「そうだ。ずる賢いヤツなんだろうな。ワシは、その犯人に興味がある……ああ、頭のおかしい犯罪者に興味があるんじゃなくて、そいつを逮捕して賞金をもらいたいからだ」
「……ガルフも、便利屋なのか?」
その言葉にガルフ・コルテスは爆笑した。
「ハハハハ!!このワシが、便利屋だあ!?……ハハハハ!!」
「ちょっと、ガルフさん。便利屋のこと、笑ってません?」
誇りを穢された気持ちになって、ルーキー・便利屋であるホーリー・マルードは不機嫌になる。
「ああ、悪いね、ホーリー嬢ちゃん。アンタのことを馬鹿にしているわけじゃない。便利屋にもスゴいヤツがいるってのは知っている。でも、ワシは便利屋じゃない。傭兵だよ」
「……雇われ兵士が、なんでゴーレムの調査などしているのだ?」
「色々と世の中には複雑なことがあるのさ……お。あそこの小屋だ。馬め……戻って来てやがるな」
リエルとホーリーは、ガルフの指差した小屋を見る。赤茶色いレンガで作られた、古い小屋……ホーリーは、レンタルされている家屋だと悟る。
マイコラ市で便利屋稼業に就く前には、さまざまな職歴を経ているのだ。ホーリーは戦士としての才能はないし、ドジでマヌケで知力も低いが、それなりに働き者であった。
煙突掃除もしたし、旅人たちに短期間のレンタルで貸し出される『家』もある。そこを掃除する仕事もした。旅人は、荒っぽくて乱暴でガサツだ。貸し出した『家』を、本当によく汚す……。
「……四人用の家っすね……ガルフさんには、お連れさまがいるんすか?」
「ん。よく分かったな。まあ、馬止めの数を見れば、予想もつくか」
「……ガルフには三人の仲間がいるというわけか?」
「……今は、二人で行動中だ。相棒くんは、別件で外に出てる」
「別件?」
「とある地下墓所をうろついているハズだ。三日は戻らんだろう……」
「は、墓荒しっすか?」
「む。罪深く、罰当たりだな……」
「……違うよ。『屍喰らい/グール』を退治する仕事だ。教会サンから頂いた、聖なる任務だよ」
「『グール』って、群れで出るんじゃなかったすか?」
「よく知っているな。そうだ、数十から、時には数百の群れにさえなる……四日後の戦場跡地とかには、よくうろついているな」
「……それを、一人で退治に?」
「そうだ。ヤツには丁度いい仕事だからな。なあに、いたとしても30とか40ってところだろう。どうにでもなるさ」
「ご、豪気なお人っすね……ガルフさんのお仲間らしいというか……」
「わ、私だって、死霊の30や40!!あ、明るくてじめじめしておらぬところでなら、いくらでも射殺しやるのだからな!?」
「リエルちゃんが、張り合っている……っ」
「ハハハハ!……ああ、リエル嬢ちゃんとも、いい勝負するかもしれないな。とにかく、入れ。ああ、罠とかないし、嬢ちゃんたちに悪さしようなんて男も潜んじゃいない。無人なことぐらい、リエル嬢ちゃんには分かるだろう?」
「分かるんすか?」
「うむ。森のエルフは耳がいいのだ!」
リエルの長いエルフ耳が、自慢気にピクンと動いていた。ホーリーは感心する。
「はー……エルフさんは色々と能力が高くて、うらやましいっすよ……」
「人間族でも、強いヤツはいるぜ、ホーリー嬢ちゃん」
「……たしかにな。ガルフは、その一人だろう。ホーリーも、アレを目指すといい」
「えー……」
露骨にイヤそうな言葉を吐かれても、老人の心は傷つかない。豊富な人生経験が彼の言葉を小娘の言葉ごときで傷つかないように鍛えている。
『歩きクジラ』の口に呑まれたことだってあるのだ。ホーリーの言葉に傷つけるほどの繊細さを老戦士は、大昔に失ってしまっていた。
モンスターの口のなかで、溶けかけたニシンのスープに溺れそうになったことさえある。だから、繊細さなど、とっくの昔に消え去っているのであった。
「……もっと、いいカンジのヒトを目指したいっすよう」
「あのじいさんは身体能力に頼らずとも、ゴーレムを圧倒しておったぞ。アレを再現すれば、ホーリーのような者でも、それなりの強さになる」
「私のような者でもって……」
なんか、残酷な評価されてるっす……まあ、その通りじゃあるっすね。私のような凡庸な者と比べると、リエルちゃんハイスペック過ぎるし……。
「往来で立ち話なんて、アホのすることだ。ほら、さっさと入りな」
「うむ。行くぞ、ホーリー」
「は、はーい!」
少女たちはガルフ・コルテスの仮住まいへと招かれる。
その小屋の中は、ゴチャゴチャとしていた。色々な装備品が散乱している……足の踏み場が無い。とまでは大げさではあるが、薬草の束やら、加工の途中にある皮革やらが転がっている。金属部品も多くあったし、油臭い。
金床もあるし、小型のハンマーもある……研ぎ石もあれば、謎の薬液の入った瓶もある。
「……ガルフよ、お主。錬金術師なのか?」
「はあ?……違うさ。ワシは色々と小物を作るのが得意でな。自前の装備品を作っては試している。より良い装備を開発することで……生存率を上げたい」
「……へー。スゴいっすね。ガルフさん、器用なんすねえ……」
「これは……スリングショットか」
リエルはテーブルの上に置かれてある、小さなスリングショットを手に取った。かなり小さいし……柄が短い?
「そいつは、特殊な手甲に取りつけるアタッチメントさ」
「ふむ。手甲につけて、スリングショットとして使うのか!」
「面白そうっすね!」
「面白いだろ?……でも、素材が足りない。柄の強度と……ゴムバンドの開発がまだだ。その二つの課題が完成しないと、これは戦場では使えない。小型でも、十分な威力が出せなければ、オモチャの域だ」
「そうか……残念だな」
「だが。開発の目処も経ってはいる。この町の近くには、樹脂製品を研究していた錬金術師がいるってハナシだ。ゴムについては、そいつに教えを仰ごうと考えている」
「勉強熱心っすね。注文とかしないんすか?」
「ムダに金がかかっちまうからな」
ケチ臭い言葉を聞いて、少女たちは少し呆れてしまう。だが、老兵は怯まない。
「……それに、自分で作ることによって、装備品の弱点を知れるだろう?」
「……む。確かにな」
「リエル嬢ちゃんの弓は、湿度によって張りが変わる。慣れた森なら、経験によって雨の日の射法を悟れるだろうが……見知らぬ土地でならどうなる?そのテクニックを用いることが可能かね?」
そう言われると、リエルは自信がなかった。風を読むことは出来るが、湿度までは分からない。慣れた森だからこその経験に、自分は依存しているということに、彼女は気づかされていた。
「雨とか、そんなことぐらいで、変わるもんっすか?」
「変わるぞ。それで戦いの結果も変わる。敵を一度で射殺せたなら、助かる仲間も増えるだろう。つまり、前衛をやっているホーリー嬢ちゃんが、死ぬか生きるかの違いぐらいにはなるかもな」
「ぜ、ぜひ!!ぜひ、そこのところ研究しておいて、リエルちゃーん!!」
「う、うむ。任せておけ!……しかし。ガルフ。お前は、色々なことを研究している戦士なのだな」
「ああ。おかげで、そこら中が荷物であふれちまっているけどなあ。さてと、そこのテーブルに。イスがあるはずだ。使ってないが、壊れちゃいないだろ?」
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