第三話 『あ、怪しげな錬金術師の一人や二人、怖くなんてないのである!?』 その五
「逮捕っ!?」
「……な、なぜなのだ、ガルフ・コルテスとやら。私は、華麗に社会に悪さを働いておりそうなモンスターを仕留めてみせたではないか?」
嬢ちゃんズの反応はマトモではある。自分の言葉に、この少女たちが納得するとはガルフ・コルテスも考えてはいなかった。
ちょっと、突拍子もないからな。
「モンスターを倒せば、銀貨がたくさん手に入るのではないのか?……それが、世界のセオリーだと、ホーリーも言っていたのだぞ?」
「英雄的な行いはしたんだが……アレを見ろ」
「アレとな?」
「な、なんっすかね?」
少女たちは老人の親指がグイッと勢いよく示した場所を見る。ゴーレムの残骸、その一部が……キラキラしている!
「ほ、宝石じゃないっすかあ!?」
「う、うむ。世間サマのゴーレムは、倒すと宝石が得られるのか……?」
「……あれはゴーレムの飼い主が、ゴーレムに盗ませた宝石商の持ち物だ」
「……え!?」
「……ふむ。ゴーレムを使った、犯罪というわけか……っ」
やはり、『外』の世界の者には、ろくな者がおらぬようだ!……正義感の強いリエルは呪術を悪事に用いる者に対して、大きな怒りを抱えている。
「だから、町の役人や衛兵なんぞに見つかると、巻き込まれかねん。君らのピンチに駆けつけてやった、じいさまを信じろ」
「……そ、そうっすね。なんか、大きな事件みたいだから、自分みたいなルーキーの手に負えなさそうっす」
「……ホーリーが言うのなら、そうしてやる」
「ああ。ありがとよ。じゃあ、あそこの茂みに隠れる。そして、状況を見守るぞ」
「狩りの要領か」
「そういうことだ。人間族の嬢ちゃんも、静かにな」
「りょ、了解っす!」
ホーリー・マルードはその口を両手で覆い隠す。マヌケな動作ではあるが、素直でいい子だなと老人は好感を抱く。
そして、老人は音を立てずに走る。リエルはその動きに感動しながら追従して走った。同じように無音の歩法で。
ホーリーは二人のレベルについて行けるハズもなく、置いて行かれまいとして必死に二人を追いかけていた。
街道にある茂みに、三人は潜り込む。腹ばいになる。毛虫とかいたらイヤだなあ、ホーリーはそんなことを考えている。だが、二人の戦士どもは呼吸の音をも消していた。
……状況が読めんな。
リエルはそう心のなかでつぶやく。いきなり町から『ストーン・ゴーレム』が走って来て、それと戦っていたら、謎の老戦士が現れて……多分、助けてくれた。
そして。
私が破壊したゴーレムからは、宝石の山か……ん。ヒトが来る。状況を見守るしかないようだな……。
馬に乗った四人の男が、この場に現れる。ホーリーは見つからないように、必死に頭を低くしようとする。左のほほを大地に無理やり押し付ける。
リエルは崩れたホーリーの顔を見て、思わず笑いそうになったが―――緊迫した空気を読んで、どうにかこらえていた。翡翠色の瞳は、四人の男どもを睨みつけることにする。
男たちの一人が、喜びの声を叫んだ。
「ご、ゴーレムめを、発見いたしましたあああ!!!」
「むう!?どうなっている、壊れているぞ!?」
「……術が、崩れちまったのかもしれん。と、とにかく!盗まれた宝石を、一つ残らず回収するのだ!!」
「は、はい!!」
男たちは馬から飛び降りて、ゴーレムの残骸を漁り始める。ゴーレムの内部には、ずいぶんと多くの宝石や貴金属が入っていた……。
ホーリーは恐怖心よりも好奇心が勝り、ゆっくりと視線を動かした。四人の男たちの手が、ゴーレムの残骸から宝石の山を鷲づかみで取り出していく様子を見て、思わず唸りそうになった。
だが、その寸前の所でリエルに口を押さえられたので、声が唇からこぼれることはない。
ガルフは、この未熟な少女たちの動向が気が気でない。しかし……情報を得たかった。ゴーレムを操る『犯人』。そいつに対して、ガルフは興味があるのだ。
四人の男たちは、その作業を完了させる。
「……ふー。どうにか、今回は、事なきを得たな!」
「……ああ。だが……今回は、どうなっているんだ?」
「分からん……でも、助かったよ。毎度、宝石泥棒に逃げられていたんじゃ、町守りの名が地の底にまで落ちてしまう……」
「……そうだな。しかし……誰も、いないよな……?」
四人の男は周囲を警戒している。だが、茂みに身を伏せる三人を見つけることは出来なかった。リエルは気がつく。本気で探しているわけじゃないようだな……。
顔が青いし、震えている。
……怖いのか、『ストーン・ゴーレム』を操る術者と遭遇してしまうことが。町守りの名は、とっくの昔に地に落ちているようだぞ。
「……誰かがいたら、適当に捕まえちまうのによ」
「……おい。滅多なことを言うなよ?」
「……まあ、気持ちは分かる……犯人を見つけなきゃ、オレたち市長に首にされちまうよう」
「……誰でもいいから、容疑者を捕まえないとな」
……しょ、職務怠慢な町守りっす!?……不正な町守りのつぶやきを聞いてしまったっす!!……大地と、大地と一体化するんだ私!!……聞いてしまったことがバレたら、私、ゴーレム使いにされてしまいそうっす!!
むぎゅうう!!
全力で左の顔面を大地に『一体化』させようとするホーリーを見て、リエルは笑いそうになる。でも。状況は深刻らしい……町に入る前に、町守りに逮捕されていたら、ヒト探しなど夢のまた夢である。
リエルは己を律するために、笑いそうな口を必死に手で押さえていた。ホーリーから必死に目を反らして、四人の町守りを睨む……。
「……周囲には、誰もいないな……」
「きっと、今回は術が上手く行かなかっただけだよ?」
「……その線を主張するんだな?」
「……ああ。そうしよう。ゴーレムが壊れてしまったのなら、もう次の事件は起こらないかもしれない……それを祈ろうぜ」
男たちはうなずき合って、馬に乗る。そのまま馬を『パガール』の町に向けて走らせていった。
三人は、茂みの中から這い出てくる。
「……あ、あいつら、悪い町守りっすよ!」
「うむ。職務怠慢だな。誰でもいいから、容疑者にしてしまえだと?」
「職業倫理に欠くヤツらなのは事実だが……まあ、仕事熱心じゃなかったことが幸いしたな。ワシとエルフの嬢ちゃんはともかく、そこの金髪の嬢ちゃんは、追いかけられると逃げ切れなかったろうよ」
「……そ、そうっすね!私、逃げ足は最初の十数歩だけが速いだけで、そっから先はダメダメっすもん……」
土だらけになった顔をハンカチで拭きながら、ホーリーは語る。
「……しかし、ガルフ・コルテスよ」
「なんだい、エルフの嬢ちゃん」
「どういう状況なのだ?」
「……知りたいか?」
「……ま、まあ。そ、それほどでもないような、それほどでもあるような……?」
「……そうかい。じゃあ、とりあえず、ワシの『アジト』に向かおう。そこで詳しいことを話すとしようじゃないか」
「ふむ。アジトか……」
ワクワクする響きであるな……。
しかし、得体の知れぬ老人の誘いに乗って、いいものなのか……?
「……この事件を追いかけているのは、ヤツらだけでなく、ワシもだ。協力して事件の真相を突き止めてくれたなら……依頼人からの報酬は、山分けにしよう。いい稼ぎだぞ」
「……ならば、乗った!行くぞ、ホーリー!」
「わ、わ、私もっすかあ!?」
「うむ。私には、いい感じの前衛が必要なのだ」
「い、いやああ……っ。地味な仕事をして、お家に帰るっすう……っ!?」
「何事も経験だ。一流になるためには、経験を積むのだぞ、ホーリー!」
「……うう。前向きなリエルちゃんが、まぶしいっすよう……っ」
「連れは納得した!さあ、行くぞ、ガルフ・コルテス!」
……納得しているような顔じゃないが……まあ、構わねえか。エルフの嬢ちゃんさえ巻き込めれば―――この子は、どこかで大人しくしておいてもらえれば、それでいい。
「よし。行こうぜ、嬢ちゃんズ」
「私は、リエル・ハーヴェル!そして、こっちが―――」
「―――あ、あの、ホーリー・マルードです!」
「……そうかい。じゃあ、行くぞ、リエルとホーリー」
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