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第一話    こ、コレは純然なる復讐の旅であり、あ、あいつは関係ないのである!?    その一

第一話    こ、これは純然なる復讐の旅であり、あ、あいつは関係ないのである!?




 それから2年の月日が流れて、リエル・ハーヴェルは15才になっていた。


 その強さには磨きがかかる。


 弓の腕前も、体術の腕前も、魔術の知識も。単独で山岳だろうが森林だろうが、いくらでも生き抜けるほどのたくましさを手にしていた。苦しい修行の賜物であった。


 森のエルフの姫として、里を襲った人間族―――ファリス帝国とやらを打倒する使命をリエル・ハーヴェルは帯びているのだ。


 その修行は過酷!


 その意志と覚悟に迷いは無い!


 混じりっけの無い純然なる復讐心である!


 心は鋼の硬く、鋭く!


 雪解けの水や、氷のように冷たいものであった!


 ……だが。あの赤毛の人間族に対する感情も、まったく失われてはいないのである。


 里の者にも、すっかりとバレていた。


 この姫さま自身は知らないでいるが、聖樹に向かって時おり恋心を否定する叫びを放っているから。


 あんなに叫ばれると、里にも響いてくる。耳のいい森のエルフ族たちは、彼女の愛の叫びを聞き届けてしまっていたのだ。


 なにせ、この二年間、ことあるごとに聖樹に叫ぶものだから。


 里の者たちも、徐々に赤毛の人間族を評価し直していた。


 たしかに、あの男は里の救世主ではあったのだから。たとえ、彼が侵略者どもと同じ、人間族であったとしても……。


 姫さまが人間族の男に恋をしているなど、本来ならば部族の『掟』に反することである。


 強い罰を与えて、追放すべきことでさえありうる事件だ。


 ……だが、里を救った男を否定することも難しかった。あの巨大な太刀を振り回す赤毛の男が現れなければ?……もっと大勢が死んでいたのも事実である。


 森のエルフは、『掟』に縛られる。本来ならば聖地であるこの里に対して侵入した異種族は、例外なく殺さなければならない。


 しかし、その『掟』と相反することだが、救われた恩には報いなければならない。それもまた『掟』でもあった。


 赤毛の男に、森のエルフたちは恩がある。その恩を返すことなく、旅立たさせてしまったことは、部族にとって恥でもあった。


 森のエルフたちは、姫さまのいないところで何度もコソコソと密会をして、いくつかもある問題を解決するために、その方針を決めていた―――。




「……母上。私に、あ、あの赤毛を……追いかけろと言うのですか?」


 旅立ちの日を明日に迎えた夜、森のエルフたちの『女王』であるセリス・ハーヴェルは、夫の娘であるリエルを呼び寄せていた。


 女王セリスは先の襲撃で戦死した、リエルの父親の第二夫人であり、リエルとは血のつながりはない。


 森のエルフの男は狩人であり戦士である。狩りでも戦でも、ヒトはよく命を落としてしまうものであるため、エルフの男女比は結果として女が多くなった。一夫多妻の制度は、そのために生まれている。


 何番目の妻の子であろうとも、父の妻は皆、母親であることには変わらない。リエルとセリスの『親子仲』は、一般的な母と子と変わるものではなかった。


 エルフの女王は、娘を見つめながら言い聞かせるように語る。意地っ張りな子には、しっかりと言い聞かせる必要があった。


「そうです。よく聞きなさい、リエル。あなたは明日、旅立つのです。『聖なる復讐の戦士』として……あの屈辱の襲撃の日、私の夫であり、あなたの父である先王を始め、多くの戦士たちが敵に殺されました」


「……はい。私が仇を取る。そのために、この6年を鍛錬に使いました。私は、森のエルフで最も強い戦士であり、最高の狩人。侵略者たちに報復を成せると思います」


「……ええ。あなたは、まるで弓の女神ララカイヤの生まれ変わりのよう」


「はい。私は、とても強くなりました、母上」


「その力は、たしかに認めましょう。ですが、あなたは一人で旅立つことになる」


「……仕方がありません。先の戦で、多くの戦士が殺された。私と同じ年齢の子供たちも殺されたのです。この里には、戦士が足りません。熟練の戦士たちは、この里を守るべきです」


「あなたを孤独な旅に出すのは、母親として心苦しい」


「……母上。お気持ちだけで、リエルは幸せです」


「……リエル。こちらにおいで」


 女王セリスは、腕を広げて娘を呼んだ。リエルは15才になって母親に抱きしめられるのは、ちょっと子供っぽいかもしれないな、と一瞬だけ考えたが。


 長い旅になる。


 そして、危険な旅だ。


 ファリス帝国という連中は、とても大きな国らしい。何万人も、いや、何十万人も兵士がいるそうだ。復讐を成すためには、とんでもなく大きな時間がかかるだろう。


 王を殺された。


 ならば、その復讐の成就とは、あちらの王を仕留めた時だ。


 つまり……ファリス帝国とやらの、皇帝。その人物を矢で射抜くまで、リエルはこの聖なる森への帰還は許されない。


 どれぐらい時間がかかるのだろうか……?


 リエルはその問いに対しての答えを、自分で見つけることが出来ない。想像の限界よりも、大きな時間がかかりそうな気がしている。果てしない戦いの日々になるだろう。


 いつまた、この里が襲われるかも分かったものじゃない。


 オーガルルの霊木たちによって、霧の結界に隠れることは出来ているが―――かつても侵略者たちは来た。再び外敵が襲いかかって来る可能性もある。


 ……長い自分の不在。


 そのあいだに、この里は滅ぼされるかもしれない。


 悲しい可能性を、否定することは難しかった。次も、赤毛が来てくれる保証はどこにもない。


 だから、リエルは母親の広げられた腕の中へと、素直に進んでいた。母親の腕に、娘は抱きしめられていた。いつの間にか、自分が二番目の母上よりも背が伸びていたことに気がついた。母の体は、とても小さなものに感じる。


 母親の口が、娘エルフの長い耳に言葉を告げるのだ。


「あなたの父王に代わり、あなたを産んで下さったアルーシアに代わり、あなたを抱きしめるべき他の母たちに代わり……私が、あなたを抱きしめ、祝福を与えます。リエル。あなたの『聖なる復讐の旅』が、どうか無事に果たされますように」


 ……普段は、あまり考えないようにしている。父王も、セリス以外の母上たちも、皆、あの日の襲撃で命を失った。森のエルフの王族は、最高の戦士たち。男はもちろん、女も戦うのだから。


 父も、そして実の母も含めて、多くの家族を失ったのだ。それでも、孤独にはならなかった。母上たちの一人、セリスが生きてくれていたから。そして、妹や弟たちもいたから。


「……無事に、戻りなさい」


「……全力をつくします、母上」


「……ええ。それでいいわ。リエル……」


「……なんでしょうか?」


「私には、あなたにあげられる戦士もいない。この里を守るために、戦士は必要なの。その代わりにね、道しるべを用意しました」


「……赤毛の男を、追いかけろと言うのですね?」


「そうよ。あの恐ろしく強い男も、復讐者なのでしょう。帝国に縁者を殺された者。そうでなければ、兵士を追いかけ、深い森の奥にある、この隠された里までは来ない」


「……はい。きっと、あの赤毛の人間族も、おそらく、我々と同じような痛みを抱えているような気がします」


 だって。


 だって、何も見返りを求めることもなかったから。


 ふらりと立ち寄ることなんて、都合が良いことがあるわけがない。旧き因縁に縛られた悪霊のように、帝国の兵士たちを追いかけて来ただけのことだ。


 帝国の兵士たちの命以外、何も求めていなかった。たった一人で、森の奥に、何百人もの敵を追いかけてきた。


 そんなことをするための覚悟なんて、リエルには復讐心しか想像することが出来ない。戦いで死んだとしても、あの赤毛の蛮族は喜んだのだろう。『聖なる復讐の戦士』としての旅路で死ねたなら、それだけで十分なのだ。


 ……死が怖くないから。


 ……あれほど強いのだろう。


 ……見返りさえも、必要としないのだろう。いらないのだ。すべてが。


 ……おそらくは、アレは孤独な戦士。


 ……家族がいれば、きっと、あそこまではなれない……っ。


「母上……」


「なあに、リエル……?」


「……あの男には、あの人間族の野蛮な、炎みたいで、風みたいで、雷みたいな、アレは……私たちよりも、さみしい立場なのだと思います……っ」


 自分を抱きしめてくれる母たちが、アレには一人も残っていないのではないだろうか。


 リエルは、そんなことを考えていた。だって、そうでなければ、もう少し、生きようとするものではないか?


 6年かけて、準備した。鋼のように、氷のように。冷静で鋭く硬い信念。おそらく、終わることのない復讐の旅に出るための、覚悟。


 6年もかけたというのに。


 母に抱きしめられている、リエルは、その覚悟が揺らぎそうになる。いつか、戻って来たくなる。この生まれ育った故郷に。愛を感じることが出来る、母の腕の中に……。


 それなのに。


 アレは、そんなことさえも思ってはいないようだった。他人の命を守る戦いで、死んでもいいとさえ考え、全力で敵を殺していた。侵略者よりも恐ろしく、狂暴な力を見せつけて、勝ってしまっている。


 『良かったな』……。


 あの言葉の意味は……私には、家族と故郷が残って、良かったなということだったのだろうか?


 ……お前には、そのどちらも残っていないということだろうか……?


 旅立ちの前夜になって、母親の腕の温もりに抱かれることで。リエル・ハーヴェルは、あの魔王のような狂暴さが持つ力の由来に、ようやく気がつくことが出来ていた。


 自分は6年前に、本当の意味で『全て』を持たない、復讐鬼に出遭っていたのだと……。


 母は娘を抱き締めた。その瞳は、どこか遠い場所を見ている。可能性、あるいは未来。そんなものを見ていた。この死の旅路につく娘が、より幸せに近しい日々を送る術はないものか……。


 女王は、とっくの昔に分かっていた。


「……聞きなさい。あの破壊の化身のような男のために、悲しくて、泣いてしまうのならば。リエル。あなたは、あの破壊者を追いかけなさい。アレは、魔物さえも虜にする力を持つ、邪悪で残酷な存在。帝国とやらが、どんなに多く兵士をそろえようとも、討てる存在ではない」


 女王セリスは知っている。


 あの復讐鬼の剣が、敵兵を容易く切り裂いていたことを。エルフたちとの共闘になったとはいえ、百人近くも斬り捨てている。帝国人の鎧の鉄さえも切り裂く、おそろしい腕力。


 けた違いの強さを持っていた。


「まるで、荒ぶる竜巻が、獣の肉体を得たかのような―――あんなモノには、あんな魔王のような存在には、人間族では勝てないでしょう」


 星見でも占った。


 自分でも占ったし、長老たちにも占わせていた。


 結果は、いつも同じである。


 命の炎は、禍々しいほどの深さで燃えている……。


「……アレは、まだ生きているはず。戦い抜きながら、あの邪悪なまでの力と殺意で、帝国の兵士どもを斬り、生き抜いているでしょう」


「……だから、探せと言うのですね?」


「そう、です」


 ……女王セリスは、もう一つの本音を口にしない。


 この永遠の流刑のように残酷な仕打ちである、『聖なる復讐の戦士』の旅。巨大な帝国の皇帝を打倒するまで戻れぬ、非現実的な復讐の旅。


 それは、あまりに過酷過ぎる。戦いの果てに、死ねと言っているようなものだ。


 それならば。


 それなら……せめて。


 この子が、あの魔王のような獣を、愛しているというのなら。


 あの復讐の獣と同じ道を、歩みなさい。死に向かう道であったとしても、愛するモノが、あんな恐ろしい獣であったとしても。愛が、その道にあるのならば。


 あなたは、幸せになれると思います。


「……あの赤い魔王を探しなさい。アレと共に、あなたは復讐の矢となるのです。そして……そして…………いつか、戻りなさい。私たちの子、リエル・ハーヴェル」




読んでくださった『あなた』の感想、評価をお待ちしております。

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