第三話 『あ、怪しげな錬金術師の一人や二人、怖くなんてないのである!?』 その三
地面が揺さぶられる中で、リエルとホーリーは石造りの怪物と出遭う。街道を暴れ馬のような速さで駆け抜けながら、そいつは接近して来た。
ストーン・ゴーレムが近づいてくると、リエルは走り始める。ホーリーを残して、10メートルほど後退して、弓を構えた。
「前衛は頼むぞ!」
「ど、ど、どうするんすかね!?ふ、踏まれたら、死んじゃうっすよう!?」
「死なないように、逃げまくっておれ。その間、私が魔術を込めた矢で、アイツをぶっ壊してやる!」
「何それ、私の回避技術に頼りまくりの作戦っぽいっすけど!?」
「ホーリーは運がいいから、避けられる!いい修行だ!」
「う、うう。リエルちゃんの悪魔ああああああ!!」
『ゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオ!!』
石造りの口の奥から唸りを放ち、ストーン・ゴーレムがホーリーを踏みつぶすために、大きな脚を振り上げる!
「し、死んでたまるかああああああ!!」
生命は躍動した。ホーリーはとにかく生き延びたい一心で、素早い横っ跳びを見せつける―――ギリギリだった。ギリギリのところで、ホーリーはゴーレムの情け容赦ない踏みつけを躱してみせた。
う、運動音痴でも……ッ。や、やれば、出来るもんっすね……ッ。
全身から冷たい汗を肌に浮かばせながら、ホーリーは引きつった顔で笑った。リエルのドヤ顔文化が伝染したのかもしれない。
しかし、ホーリーの青い瞳は目撃するのだ。
石で組まれたその巨兵が、その巨大な腕を大きく振り上げている姿を―――連想したものは、ハンマーで叩かれる杭。あるいは、馬車の車輪に踏みつぶされるトマト。
どちらかと言うと、自分は後者に近いことになる。彼女はそう考え、青い瞳を凍てつかせる。
……死ぬ―――。
「―――くらえええええええ!!」
リエルが魔術を込めた矢を放っていた。紅くかがやく軌跡が、ホーリーの頭上を走る。ストーン・ゴーレムの胴体にリエルの矢が命中する!
森のエルフたちの技術により研がれた霊鉄の矢は、石をも貫きゴーレムの胸に深々と突き刺さっていた。
「『爆ぜろ』!!」
戦士の貌に笑いながら、森のエルフの弓姫は呪文を叫ぶ。短いが、十分だ。矢に込めた魔術に着火するだけの呪文であればいい。言わば、ただの合図で良かった。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンン!!!
真紅と爆音と灼熱がホーリーの頭上で炸裂していた。
ストーン・ゴーレムに突き刺さった矢に込められていた、リエル・ハーヴェルの強大な魔力が解放されていたのである。
ホーリーを殴りつけようとしていた石造りの怪物は、その爆炎により弾き飛ばされて、大地に仰向けに倒されていた。
肌と涙目の強い熱をホーリーは感じる。涙さえも蒸発しそうな熱量で、肌はチクチクしていた。薄らと自分が燃えていくような気もしたが、それは考え過ぎである。
……リエルちゃん、ムチャクチャ強いんだ……っ。ゴーレム、弓で倒しちゃった?
その事実に呆然とする。あんな巨大なモンスターを、一発で倒せる人物だったなんて!?強いのは知っていたが、ちょっと強すぎて―――少し、怖いレベルなんすけど!?
「いい連携であったぞ!!」
「わ、私、何かしたっすか!?」
「時間を稼いだ。魔力を矢に込めるための時間をな!!よい逃げ足であった。ホーリーは一瞬の逃げ足に優れているな!!」
「……フフフ。私の才能、また一つ見つかったっす。で、でも!も、もう二度と、あんなこと、やったりしないっすからね!?」
「そ、そんな剣幕で怒るでない。ちゃーんと、避けられるだろうと、考えての前衛配置であるぞ?」
……本当なのか?……怪しいものである。F級のゴミで、マヌケな自分を、本当にリエルちゃんは評価してくれていたんすかね?……分からなかった。それに、そんな謎を追究している場合でもない。
『――――ゴゴゴフフウ』
「……っ!?」
「……ぬう!?わ、私の魔術付きの矢の一撃に、耐えたというのか!?」
倒れていたストーン・ゴーレムが、ゆっくりと起き上がろうとしている。崩れた胸元には、大きな穴がが開いている。立ち上がろうとするあいだに、そこからはボロボロと石の欠片がこぼれ落ちていた。
ダメージは大きい。だが、致命傷ではないらしい―――っ!?
リエルは気がついていた。
そもそも、このストーン・ゴーレムの急所というのは、どこなのだろう?……呪いでうごめく岩のカタマリに過ぎない存在である。それがゴーレム。そうだ、岩石の集合体には、動物みたいに『急所』なんてないじゃないか……ッ。
いや。
少なくとも、私は知らないのだ、このゴーレムの効率的な倒し方なんて!!
己の無知に腹が立ち、せっかく、ゴーレムを転倒させたときに、新たな魔力の矢を用意していなかったことに怒りを覚えた。
戦士として、何という未熟なのか……ッ!!
口惜しさに小さな歯をギリリと噛みしめながら、リエルはその全身に宿る魔力を高めていく。
効率的に戦えないのならば―――魔力を使い果たして、気絶したとしても……このゴーレムを潰す!!
そうじゃないと……。
「あ、あ、あわわ……っ」
そうじゃないと……。
あまりの恐怖に尻餅をついてしまっている、ホーリーをゴーレムの攻撃から助けられそうにないではないか―――ッ!!
「力尽くで、破壊し尽くして……っ!?」
「エルフの嬢ちゃん、もう一人の嬢ちゃんを引きずって下がりな!!」
戦場にその老いてしわがれた声が響いていた。茶色い馬に乗った、白髪の老人が戦場に現れ出でる。老人は何か小さな球体を手に持っていた。リエルの知らないモノである。
だが、森のエルフの優れた勘が悟らせる。
炎を感じる。
炎の魔力がみなぎっている。あれは、火薬か!
「そーらよ!」
馬上の老人は、気楽そうな声で起き上がろうとしていたストーン・ゴーレム目掛けて、それを投げつける。火薬が炸裂し、ゴーレムの上半身を大きく揺さぶった。
石造りの殺意が緩み、その動きが鈍る。
老人は眼を細める―――いい動きだ。もう、嬢ちゃん一人引きずって、後退してやがる。宝石眼じゃしなあ。魔力もいいし、動きもいい。度胸も据わっておると来た!!
「恩を売っておくべき存在だぜ、嬢ちゃんはよう!!」
ニヤリとした笑みを浮かべ、老戦士は馬から飛び降りる。馬は、爆発の影響から解放されて立ち上がっていくゴーレムに恐れを抱き、悲しげな鳴き声を残して、どこかへと逃げていく。
「……安い馬はヘタレなもんさ」
そう言いながらも、老人はゴーレムの前から一歩も引かない。ゴーレムは、ついに完全に起き上がってしまう。リエルが叫ぶ!
「じ、じいさん、危ないぞ!!下がれ!!そいつは、私が魔力でねじ伏せてやる!!」
「……それも見てえがね。若い魔術師が、限界近くの魔力なんて使うもんじゃねえんだ。たとえ連れを救うためとはいえな、体壊しちゃ、嬢ちゃん……『最強』になれねえぞ」
「……さ、最強!?」
「ちょーっと、授業を見せてやるよ。ゴーレムってのは、弱点がある。弱点ってのは、目につかないトコロに隠すもんでな……猪突猛進するコイツに、仕掛けるのなら……ククク!相場が決まってらあな!!」
リエルは矢に魔術を込め終わっている。今なら、矢を放てる―――ゴーレムに有効な打撃を与えられる。そうだというのに、体が動かない。
何故だか、分からないが……あの酒瓶を握った老人がゴーレムに勝ちそうな気がする―――って!?
「酒瓶っ!?ジイサン、酔っ払っておるのか!?」
「失敬な……少しだけしか、呑んでねえよッ!!」
『ゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオッ!!』
ストーン・ゴーレムが唸りながら、踏みつけ攻撃を放ってくる。老戦士は、それから逃げない?……違う。前進した。踏みつけてくる脚の『下』を駆け抜けていた。
ゴーレムは、その老人に股のあいだを走り抜けられる。
速かった?……そうじゃない。リエルは判断する。速さじゃなくて、早かったようだ。タイミングが絶妙だった。脚を振り上げる直前に、もう走り始めていた。
つまり、読んでいた。
動きを、じいさんは読んでおったのだ。ゴーレムの脚が老戦士の影を踏みつける。だが、老戦士はいない。彼は、ゴーレムの背後を奪っていたからだ。
笑っていた。楽しそうに笑っていた。
笑う老戦士の腕が動き、酒瓶を石の怪物へと投げつける。ゴーレムのゴツゴツとした背中にそれは衝突した。ガラスは音を立てながら砕けて、その中身であったアルコールをゴーレムの背中にまき散らしていく。
リエルは見るのだ。老人は両手に魔術を使っている。左手には風を集めて、右手には炎を集めている。魔力は―――小さい。リエルが10なら、彼は1にも満たないかもしれない。
それでも、リエルは確信する。老戦士は何か、大きなことをやろうとしているようだ。
「いいかい、嬢ちゃん。魔術ってのは、使いようだ。『風』と『炎』と『燃料』を、絶妙に混ぜ合わせれば―――人間族なんぞの魔力でも、こんぐらいはやれるんだよ!!」
老戦士の腕から、風と炎が放たれる!それらは球体だった。内側へと渦巻く、独特な形状だ。それらがストーン・ゴーレムの背中に命中した瞬間。
爆炎は生まれていた。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!
「た、たった……あ、あれだけの魔力でだとう!?」
これほどの威力を『作った』のか!?……リエルには驚きだった。理解が及ばないトコロも多い。酒を燃やした。風と炎を操って……それらを全て混ぜ込んで、爆発を『作った』!?
発想は分かる。分かるが、それを戦いながら出来るものなのか……!?どれだけの度胸!?どれだけの技術!?どれだけの経験!?
驚愕のあまり現実さえも疑うことがある。今のリエルがそうであった。老人は燃えるゴーレムの背中を睨みながら、その白いヒゲの生えた口元をニヤリとさせる。
大きな犬歯が見えた。人間族のくせに、ドワーフ族のように太い牙だった。
「……ほーら。当たりだ」
「当たり?」
……その言葉に強い興味を持つホーリーが、老人を見た。老人はゆっくりとゴーレムから後ずさりする。
だが、ゴーレムは復讐心を持っているのか、あるいは攻撃を仕掛けた者に反撃するように呪術で法則を与えられているだけか。
二度の爆破で損傷した体を軋ませながらも、老戦士を追いかけるために動いた。体を捻り、背後の彼を追いかけようとする。そのときになって、リエルは『当たり』の意味を悟る。
「……エルフの嬢ちゃん、矢を使いな。魔術はいらん。ただ一発、精確に射抜けばいい」
「うむ!すべきことは分かった。だから、逃げろ、じいさん。危険だ!」
「必要ない。嬢ちゃんなら一発でやるさ。ワシは、見てみたいんだ。宝石眼の嬢ちゃんがコイツを仕留められるかを」
「……うむ。仕留めるとも!」
リエルは矢を放つ。ゴーレムの背中には、一際強い魔力を放つ『水晶』が埋め込まれていた。呪術の『核』。ゴーレムの『急所』だった。彼女の矢は、そこを射抜き、一撃のもとに『水晶』は粉砕される。
滅びるとき。ゴーレムは言葉を発することはなく。かりそめの命は瞬時に消え去り、その石と土塊で組まれていた体は、何とも呆気なく崩れ去っていく。
現実は沈黙し、土塊も岩も制止しえている。今では、それらが動いていたことを連想することさえ出来ない。ぜんぶ、悪い夢であったかのようにさえ思える。
「ハハハ。偽りの命ってのは、殺してもつまらんもんじゃのう……何とも、空虚なものさ」
そう。その滅びはあまりにも儚くて、一瞬の出来事であった。そして、何の余韻も世界には残さない。
「いい腕だ。すべきことをこなせる腕を持っているな、エルフの嬢ちゃん」
「ま、まあな……じいさん、アンタは、一体、何者なのだ?」
「ああ。ガルフ・コルテス。戦ばっかりやって来た、古強者さ」
読んで下さった『あなた』の感想、評価をお待ちしております。
もしも、『ガルフ・コルテスの戦術』を気に入って下さったなら、ブックマークをお願いいたします。