第三話 『あ、怪しげな錬金術師の一人や二人、怖くなんてないのである!?』 その二
『パガール』への旅は順調であった。ときおり、ホーリーが崖から落ちそうになったりしたものの、小鬼どもが集落を作るということは、彼らを上回る脅威がこの山脈にはいないということである。
リエルが脅威を感じなければならない獣やモンスターとの、遭遇も無いままに二人は『パガール』までの道を進めたのである。
……そして。
リエルは世界の大きさを知るのだ。
「…………え?…………アレが、『パガール』…………?」
「そうっすよ。地図の通りですし。道ばたの立て札にも書いてあるじゃないっすか?」
翡翠色の瞳が動き、街道沿いの雑草たちの間に突き刺さる立て札を見る……。
『この先、南に2キロ。パガールの町』―――たしかにそう書かれていた。
「…………何か、ちょっとした大樹のよーな建物が、たくさんあるのだが……っ」
「ああ。そこそこ大きな町っすからね。『パガール』」
「そこそこ……アレで、そこそこだと言うのか……?」
「都会ってほどじゃないっすよ」
「……そ、そうなのか…………っ」
何と言うことなのだろう。森のエルフの隠れ里から、そう離れていない土地に、これほどに大きな町が建設されていたとは……っ。
「こ、これは、ドワーフたちが作ったのか?」
「ドワーフ族以外も作っているんじゃないっすかね。『パガール』は、色々な人種の集まる町っすから」
「……なるほど……っ」
「リエルちゃん、ビビっているっすか……?」
「……ち、ちがう!!ちょ、ちょっとぐらい、私の故郷よりも大きな町だからといって、わ、私のような高貴なエルフは、ひ、怯んだりしないのである……っ!!」
「むふふ。田舎者の言葉っすね!」
「我が故郷をバカにするでない!?」
「はいはい。それじゃあ、行きましょうね!……リエルちゃん」
「なんだ……?」
「手をつないであげるっすよ?」
ニヤリと笑う丸顔がいた。ホーリーはその手を差し出してくる。
「こ、子供あつかいするでない!?」
「迷子にならないようにしないと!大きな町では、ヒトがたくさんっすから。迷子になってしまうと、永遠に再会出来ないんすよ!?」
「な、なんと!?ほ、ほ、本当なのか、ホーリー!?」
……ああ。美少女をいじるの楽しいっ。
大慌てになっているリエルを見ていると、ホーリーの心は癒やされるようだ。性格が悪いわけではない。あわてるリエルが可愛すぎるのだ……ホーリーはそんなことを考えていた。
「あうう。そ、そんな……わ、私はともかく、ホーリーのような、マヌケでドジで、戦闘能力と知恵に欠く方向音痴娘など、人混みで、か、必ずや迷子になり人買いにでもさらわれてしまうではないか……?」
「人買いって……ま、まあ、いなくないっすけど。大丈夫、私、こう見えても体術とかもイケるっすよ!!」
「はいはい」
「はい、は一回って、リエルちゃんが自分の口で言っていたのに!?」
「……むー。それは、ともかく…………ほ、ほら!」
何だか泣き出しそうな顔になった美少女エルフさんが、ホーリーに向けて手を差し出してきた。ホーリーは、その愛らしさに心を打ち抜かれそうになる……。
わ、私が同性愛者だったら、危ないところだった気がするっす……っ!?
「ど、どーした。わ、私のためではなく、マヌケで役立たずの人間族である、ホーリーのために、手を、つ、つないでやるのだっ!」
「うん。お願いするっす!」
ここまでリエルが怯えてしまうのは想定外ではあったのだが、愛らしい光景を目にすることが出来たような気がする。
ホーリー・マルードは満足度を反映する微笑を浮かべながら、その短めい指で、リエルの長い指を握る。
「……リエルちゃんの指、温かいっすね」
「も、森のエルフ族の体温は高めなのである!」
「そーなんすね。ちょっと賢くなったっす。じゃあ、行くっすよ!」
「うむ。ホーリーが前衛だ。町を囲んでいる、あの石を積んだ城塞に呪いがかかっているかもしれん。ゴーレムとなり襲いかかって来たあかつきには……体術に優れたホーリーが盾に―――いや、前衛になるのだ」
「そんなことにはならないと思うっすけど……ていうか、今、リエルちゃん、私のこと盾にするって、言わなかったっすか……?」
「気のせいである」
……絶対に言った気がする。だが、まあ、いいか。冗談みたいなもんでしょうし。
リエルちゃんは、本当に田舎娘なんすね。
町とか初めてに違いないっす。
ここは、町で育った私が、リエルちゃんをサポートしてあげるべきっすね!
「じゃあ。行くっすよ」
「……う、うむ」
ホーリーは町を取り囲む城塞に怯えているリエルの手を引いて、歩いて行く。ホーリーは末っ子だ。だから、妹の手を引いて歩いたことなんてない。
むしろ、私は手を引いてもらうほうだったすね……。
……お姉ちゃんは、いつもこんな気持ちで、私の手を引いていたのかな。お姉ちゃん、フォード男爵の屋敷に奉公に出ているけど……もう2年も会っていないなあ……。
旅の空を西に流れて行く雲を見上げながら、ホーリー・マルードは姉のことに想いを馳せていた。
しかし、リエル・ハーヴェルは郷愁にひたるホーリーのように、おだやかな心をしてはいなかった。
歩くほどに近づいてくる『パガール』の城塞。その大きくて灰色の石の連なりども。それを見つめていると、何だか怖くて仕方がないのだ。
城塞の向こうに立ち並ぶ、大きな建物たちの影も……怖い。
……里には、無かったぞ。大樹のように大きな建物が、あんなにあるなんて!?い、一体、どれだけの者が住んでおるというのだ!?
……そ、それに。あの城塞の厳つく、野蛮なこと……っ。こ、この周辺には、あんなモノを立てなければ、安心して眠ることも出来ぬほどにモンスターでもあふれておるのか!?
……ぼ、牧歌的な光景のくせに……っ。と、とんだデンジャラス・ゾーンではないか。あの城塞の防御力から察するに、ちょっとした大樹のようなサイズのモンスターがうようよいるのだろうか?
……いない。今いないということは、夜行性のモンスターどもか。そんなモンスターに夜な夜な攻められる!?……な、なるほど、ということは……あの城塞―――。
「―――やはり、呪術が刻みつけられていて……必要に応じて、変形し合体し、巨大な石のゴーレムになるわけだな……っ。特大サイズの、守護神に……っ」
「ええ!?……な、ならないっすよ、そんなの?」
「……どうして断言できるのだ?あれだけの石があり、守らねばならないヒトが大勢いるのだぞ?……ゴーレムぐらい、仕掛けておるに決まっている……っ」
「そんなことないと思うっすけど……?町の入り口にゴーレムなんて、危なくてしょうがないじゃないですか……?」
「守護者など、ちょっと危険なぐらい強い方が良いではないか……?」
「そうかもっすけど。さすがに、ゴーレムなんて、いくらなんでも大げさっすよ―――」
「―――ご、ゴーレムが出たぞおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
町の方から男の怒鳴り声が聞こえた。
リエルは、素早くホーリーの背後に隠れて、『ホーリー・シールド/マヌケの盾』を展開する。
「ほ、ほれ見たことか……っ。や、やはり、あの町の城塞は、ゴーレムに化けるように造られていたのだ……っ!そ、それが、暴走しおったのだ……っ。日々の仕事に疲れてしまって……っ」
「い、いや、そんなまさか!?……っていうか、リエルちゃん、ちょっと、離して!離して!?……ゴーレムがいるなら、逃げなきゃっすよ!?」
「……いや、ゴーレムぐらいの怪物なら、倒せば謝礼金とか出るのではなかろうかと?」
「た、戦うのはいいっすけどね、ルーキーの便利屋さんを、は、離してくれないっすかね!?」
「弓使いは、前衛がいると、冴える!」
「ちょ、ええ?!私、前衛!?む、ムリっすよ!?じ、地響きしてるんすよ!?」
「ゴーレムだから、歩けば地面の一つぐらい揺らすだろう。大きいほどに、謝礼の銀貨も増えるだろう」
「そ、そんな!?リエルちゃん!?リエルちゃん!?銀貨よりも、命だからね!?」
「だが、命がけで稼ぐほどの銀貨ならば……路銀に困らん!」
「ちょ、そ、そうかもだけど!?ゴミ扱いされることさえある、F級の私を、ゴーレム戦の前衛に据えるのって、間違っていると思うっす!?」
「自分を信じろ。もしかしたら、たぶん、あるいは、やがて……なんか、いい感じの眠れる力なんぞが、シュピンと目覚めるかもしれないぞ、ホーリーの!」
「むり!ない!私、そんな潜在能力とか、持っていないから、離して下さいっすよう!?リエルちゃーん!!!」
「覚悟を決めろ、ホーリー!ゴーレムめ、デカいくせに脚も速いようだ!来たぞ!!」
道の先に灰色の影がある。その身を激しく揺らしながら、この街道を走ってきている。石の塊で出来た、巨大なモンスター。『石造りの巨兵/ストーン・ゴーレム』。リエルはその獲物を見つけると、その唇に狩猟者の笑みを浮かべるのであった。
むろん。
ホーリー・マルードは泣き叫んでいた。
「め、めざめろ、せ、せんざいのうりょくうううううううううっ!!?」
無いかもしれないそれに賭けるしか、彼女の生き抜く術は無さそうである。あのゴーレムは、ちょっとした風車のように大きいのだから。
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