第三話 『あ、怪しげな錬金術師の一人や二人、怖くなんてないのである!?』 その一
第三話 『あ、怪しげな錬金術師の一人や二人、怖くなんてないのである!?』
とにかく、リエルの旅に目的地が生まれた。目指すは南西の町、『パガール』である。それなりに大きな町であるらしい。そこに向かえば、何か得られるものがありそうだ。
赤毛の男の噂。
それを手にすることが出来るかもしれない。
……それに、ホーリーは、新人ながらも『便利屋』らしいからな。山道を歩きながら、リエルはパンをモグモグと幸せそうな顔で食べている少女を見た。
リエルの分け与えてやった白くてフワフワのエルフ・パン。ホーリーはそれを食べるのに必死で、3分の間、無言だった。
……急ぐことでもない。それに、空腹もヒドかろうからな……。
エルフの弓姫は小鬼に捕らわれていた少女が、パンを食べ終わるまでは待ってやった。
「はふう。食べられるって、し・あ・わ・せ……っ」
青い空を見あげながら、ホーリーは生きていることの幸福を満喫している。装備も荷物も失ってしまったが、腕の立つエルフの道連れも出来た。彼女は、安心しきっている。
「それで。ホーリーよ、『便利屋』はヒト探しもするのか?」
「え?もちろん、お金さえもらえば何でもするっすよ」
「節操の無い職業だのう……」
「でも!え、エッチなことはダメっすからね!!」
「……私がお前にそんなことを頼むと思うのか?」
「ううん。でも、そーいうセクハラめいた依頼してくるオッサンもいるっすよう!!しかも、私のまっとうな仕事の稼ぎを、遙かに上回る銀貨をチラつかせて!?」
お金の好きそうなホーリーは、なんだか真剣に悩んでいるようだ。深く関わらないようにするのが、乙女として正しい道だろう。リエルは、その話題を変える。
「……それはどうでもいいのだ。ヒト探しは?」
「え?もちろん、やっているっすよ?私だと、一日あたり―――」
「―――いや、ホーリーには頼まんぞ?」
「ええ!?が、がんばるっすよ!?」
「がんばったところで、実力が伴わなければ?」
「育てましょう!!私、経験を積めば、輝くタイプかもしれないっすよ!?」
「……お前に投資している銀貨もヒマもない」
「うう。リエルちゃんが、私を未熟者扱いするっす。ちょっと、ゴブリンのエサにされそうだったからと言って」
ちょっと……と言っても、あのままでは雑草と共に鍋で煮込まれていたりするわけだからな……。
「私の身に宿る『幸運』の結果、事なきを得ましたっす!だから、アレはピンチではないわけっすよ?」
「……そうか。でも、お前に支払う銀貨はない」
「いやいやいや!?赤毛の野蛮人を探すだけですよね!?山ほど見つけてこれますよ、そんな男!!」
「……別に、赤毛の野蛮人なら誰でもいいわけではないのだぞ。むしろ、そんなに連れて来られても困る」
「た、たしかに……どうしようもないほど、暑苦しそうっす……」
「私に必要なのは、あの男だけだ」
「……一途っすね?」
ホーリー・マルードはニヤニヤと笑う。リエルは、顔を赤らめながら、そっぽを向く。
「い、一途とかではないのだ!!」
「はいはい」
「むー。バカにしておるのか!?」
「ううん。そんなとないっすよ!」
「そ、それで仕事のハナシだ!」
「……そうっすね。まあ、私が受ける受けないは置いておいて。ヒト探しの仕事は、お値段はピンキリというか。簡単なモノから、難解なモノまで、幅が広いっすから」
「そう、だろうな」
近所で見つかることもあれば、大陸のどこに行ったかも分からない場合はある。迷子になった仔猫を探す―――というような代金にはいかないだろう。
「……6年前に、ある里にやって来た赤毛の男を捜すのは、難しいだろうな」
「ろ、6年前っすか……他に、手がかりは?」
「……この山脈を、南に向かったらしい」
「名前は?」
「……知らない。名乗らなかった」
「どんなヒトです?」
「赤毛の剣士だ、とんでもなく腕が立つ…………分かっているのは、それだけ―――」
―――魔物が取り憑いている。左眼が金色に輝いている。そのことも分かっているが、リエルの唇はその情報を呑み込んだ。
……魔物憑きは、嫌悪されるものだ。呪われた人物になど、ヒトは好んで近づかない。『狼男』とか、『吸血鬼』とか。そういう連中には、ヒトは近づかないものだ。
……だから、おそらく正体を隠すだろう……。
……隠す。
ふむ。
「……左目に、眼帯をしているかもしれない」
「左目に眼帯っすか……?」
「おそらくな。その、定かではないのだが」
「…………んー。なんか、どこかで見たことがあるような?」
「本当か!?」
「……会ったことはないと思うっすよ。眼帯、赤毛で大きな剣持ってて、獣よりも獣な野蛮人……?さすがに、出遭ったら、覚えてそうっす」
身震いしながらホーリーはそう語る。
リエルは少し腹が立つ。わ、私の言い方が悪いのかもしれないが、アイツはそんなに邪悪でも恐ろしいものでもなく、やさしい男でもあるのだぞ―――まあ、赤毛で片目が金色に光っていたりするし、帝国兵を次から次に斬り殺すようなワイルドなヤツだが……。
……たしかに。
……そんな人物と遭遇すれば、記憶に深く残りそうなものだな……。
「でも……出会ったこがないのに、知っている?」
「どこかで聞いたのかもしれないっすね…………思い出せないっす。ゴメンね」
「まあ、そんなに期待していなかったから、別にいいぞ」
「なんだか、それそれで傷つくっす……まあ、赤毛で眼帯。それなりに目立つような気がするっすから、『パガール』の町で、情報を集めれば、手がかりぐらいは見つかるっすよ」
「うむ。そうだな。かなり目立つ男のはず。きっと手がかりは残していると思うのだ」
「……そうっすね。私はともかく、『パガール』にも『便利屋』のギルドがあるはずっすから、そこで情報を集めるのも、いいいと思うっす」
「手伝ってくれるのか?」
「銀貨を3ま―――」
「―――さっきのパン代とか、救助してやった代とか……」
「も、もちろん!!私とリエルちゃんのあいだにある、友情は、お金には換えられない価値があるっすから!!……手伝うっすよ、無償で」
「そうか。ありがたい。『便利屋』のお前がいれば、そのギルドからもハナシを聞きやすいような気がするしな!」
「同業者のよしみで、割引された価格で情報が手に入るかもしれないっす」
「むう。何でも金か……」
「まあ、そうっすよ」
「ヒト探しをしている美少女エルフに、ちょっと答えてやるだけなのに……ヒトの世に情けはないのか?」
「世の中は厳しいっすからね……でも、お金を稼ぐ方法あるっす。働けばいいっすよ」
「働くか。あまり時間をかけられないのだ……」
「そうっすね。リエルちゃんなら、モンスター退治とか簡単そうっすから、そういう仕事でもして、銀貨をたくさん稼ぐという手もあるっす」
「……モンスター退治か」
森のエルフ最強の戦士としては、血が騒ぐ響きがある。
「うん。それなら何週間も働かなくても、大きなお金が手に入ることもあるっすね。お金があると、色々と楽っすよ。むしろ、無いと色々と悲惨っすもん……っ」
「なにか、ホーリーが言うと、とんでもなく説得力があるな……っ」
ズタボロだし、荷物も装備もない……。
行き倒れ少女を見ていると、リエルは心に冷たい風が吹いてくるような気がした。
……しかし。
モンスターを退治して金を稼ぐか。
『聖なる復讐の戦士』として、そんなことをしている場合でもないような気もするが。情報をヒトから買うためにも、軍資金は必要であるか……。
……うむ。考えてみても良いことだろう。
一々、狩りをして交易所で品物と交換するよりも、まとまった金を持っていた方が手早くていいかもしれないしな。
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