第二話 『ど、道中ひとりだからといって、さ、さみしくなんてないのである!?』 その六
「……ホーリー・マルード【F級】だな」
「はい!当ギルドは、安心、安全、丁寧、良心価格で、地域の皆さまに貢献することを至上の喜びとしているギルドっす!!」
「……なんども、うさんくさいな」
「うう。リエルちゃんがいじめるっす……っ」
「……ふう。それで、ホーリー・マルード【F級】よ」
「なにっすか?」
「お前は南西に……その、つまり『パガール』という町に行くのだな、ホーリー・マルード【F級】よ」
「……リエルちゃん、毎回、【F級】つけるのやめないっすか?」
「え?だって、この名刺には、そー書いてあるではないか?」
「そーっすけど。それ、最下級のクラスで……」
「最下級。ふむ、なるほど!」
何だか納得がいった。
コイツはルーキーとも名乗っておるしな!
「つまり、未熟者なわけだな」
「そ、そうっすけど……ルーキーなんだから、仕方がないっすよう」
「そういじけるな。何事も経験を積むことで、少しはマシになって行く。お前は強運の持ち主だぞ」
「運いいっすかね?」
「ゴブリンのエサになる前に、私が通りかかったではないか」
「……ホントだ!!猫神さまのお守り、買った甲斐があるかも!!……って、あれ!?ない!?……ゴブリンに襲われたとき、落としちゃったんだあ!!……銀貨2枚もしたのに」
落ち込むホーリーは、ユーモラスで面白い。表情豊かな丸っこい顔をしているからだろう。頭と膝を抱えて、銀貨、銀貨、銀貨……とブツクサ言っている姿は滑稽だった。
「……面白いリアクションをするなあ」
「……それ、感心するトコロっすかね?」
「今のところ、お前に感心した部分は他にないぞ、ホーリー。ああ、逃げ足のスタートダッシュは悪くない」
「リエルちゃんの中での、私の評価、壊滅的っす……」
「どうだろうかな。幸運かつ逃げ足が速く、見ていて愉快……森タヌキのようだ」
「森タヌキさん……可愛いけど、マヌケっぽいっす……」
お似合いではないか―――その言葉を使うのは無慈悲な気がした。だからリエルは、その言葉を用いることは止めておいてやる。
そして。
「いじけるな。プレゼントがある」
「……F級で森タヌキな私なんぞにっすか?」
「そーだ。お前なんぞに、プレゼントがあるぞ」
荷物の中から、あの黒い猫神のお守りを取り出し、森タヌキみたいに丸くなって地面に座っているホーリーに投げて渡した。
ホーリーの顔が明るくなる。
「わー!!こ、これ、私のっすね!!商売繁盛の印が刻まれているし!?」
「うむ。幸運のお守りだな。その猫神があったから、お前は私に見つけてもらえたのかもしれない」
「やったー!!私、銀貨2枚支払った甲斐があったっすね!!」
「うむ。安い命だな」
「はうあ!?……銀貨2枚で……そーか、そんな安い品のおかげで、助かっちゃったっすね……」
「よいではないか。死なないですんだ」
「そうっすけども……なんか、自分の命が安く思えたんす」
……失言だったようだ。
何でも想いのままに口にしては、愚かな人間族なんぞを傷つけてしまうかもしれんわけだ。考慮しよう。
「……まあ、猫神サマに助けてもらえたと思うと、信者としては文句ナシっすけどね」
「そうだな」
「それで」
「それで?」
「リエルちゃんも、『パガール』に向かっているんすよね?」
「……どうして、私が『パガール』に向かうと?」
「だって、この辺りだと、いちばん栄えている町ですもん」
……森のエルフの里を差し置いて、いちばん栄えているなどと―――そんな言葉を考えたとしても、リエルは口に出すことはなかった。
エルフのお口は秘密を容易くもらすことなどないのである。
「……違うんすか?」
丸顔の愛嬌ある頭が、ゆっくりと左に傾いていた。やわらかそうなウェーブがかかった金髪が、ふんわりと動く。ふむ。やはり森タヌキのような愛らしさであるな!
「……いいや。南には向かうつもりであった」
「お仕事探しっすか?傭兵とか護衛とかの?」
「ヒト探しだな」
「ヒト探し?」
「……『パガール』の町は、大きな町なのだろう?ヒト探しには向きそうだ」
「うん。それは向くと思うっすけれど?誰を探しているんすか?」
「……赤毛の男。人間族」
「お名前は?」
「……残念ながら知らない」
「どういう方で?」
「……うむ。赤毛で、背が高くて、巨大な剣をブンブン振り回す。とんでもなく、強い男なのだぞ!」
不思議なことに。
リエルは自分がドヤ顔モードになっていることに気がついた。何故に、王族が自分自身の素晴らしさを表現するときの、伝統深き所作であるこの表情になってしまうのか?……リエルには、よく分からなかった。
だが。
その表情からホーリー・マルードは理解することが出来たようだった。丸い顔にある唇が、大きなニンマリ笑顔を浮かべてしまう。
「……リエルちゃん、そのヒトのことを―――」
「―――べ、別に、別に、あんな赤毛の野蛮人のことなど!?け、獣よりも獣のような男のことなど、な、な、な、何とも思っていたりなどしないのである……ッ!!」
「うんうん!そーなんだよねー!」
「な、何を、納得しておるか!?ち、違うんだぞ!?な、何らトクベツな感情も無いのだぞ……っ!?」
「はいはい」
「はい、は一回が基本であろう!?」
「うんうん」
「それもだろうが……っ」
「あはは。リエルちゃんとは、仲良くやれそうっす」
「……どうだかな」
リエルは拗ねている。拗ねているが、何故、拗ねてしまっているのか自分でも分からなかった……。
空を見る。
賢き森のエルフの先達たちに問うて見たかった。いや、母上でいい。
母上よ。
こういうものなのか?……初恋というのは、ヒトを好きになるということは、こんなにも、誰かに悟られたくないものなのだろうか……。
……わからない。こんなものは、人それぞれ違うのかもしれない。たんに私が意地っ張りなだけかもしれん。
森のエルフの弓姫が、仇である乱暴者の人間族などに……心を奪われるなんて、あってはならんことだからか……。
森のエルフは、森のエルフと結ばれるのが『掟』でもあるしな……。
……どうするべきか分からん。自分でも、何をどうしたいのか、分からない。でも、そうだ。とりあえず、見つけなくては何も始まらない。
「……リエルちゃん?」
ちょっとからかい過ぎただろうか?ホーリーはリエルのリアクションが初々しいものだから、からかうのが楽しくなっていたのである。
しかし、今のリエルは物思いに耽る少女の顔ではなく、狩人のような強さを秘めた瞳になっていた。エルフの王族が持つ宝石眼、その一つである翡翠色の瞳に宿る、強い光を見て、ホーリーは顔を赤らめてしまう。
リエルの強さを帯びた瞳と、その自信満々な表情は、同性であるホーリーをも魅了するほどの輝きがあるのだ。
「……ホーリーよ。南に行くのだろう?」
「う、うん!『パガール』の町に行くっすよ!」
「……ならば、同じ方向だ。一緒に行くか?」
「そうっすね!旅は、誰かと一緒の方が楽しいっすもん!さみしくもないし!」
「わ、私は、ひ、独りぼっちが、さ、さみしいとかじゃないんだからな!?」
「うんうん」
「……二度、言うなである!」
「あはは。それに、一人よりも二人の方が、安全っす!」
「……え?お前は、戦力にならんだろう?」
「り、リエルちゃんが、真顔で言ったっす……っ。私、ザコ枠なんだ……っ」
「未熟ではあるだろうが、経験を積めばマシになる」
「そ、そうっすね、【F級】のFは、フューチャーのFっすもん!その内、大陸に名が知れ渡るような便利屋になるんすよ!この、ホーリー・マルードは!」
……便利屋か。
よくは分からんが、世の中には色々な者がいるということであるな……。
私には全く興味のない職業があり、それを極めようとしている者もいるのか……。
世界とは、やはり広いのだな。地図で見て想像するよりも、ずっと面白そうだ。少し里から離れただけでも、私の人生にいなかった、森タヌキのような便利屋が、小鬼どもに捕らえられていたりするのだから。
少女は世界の広さと可能性に触れた。山肌を撫でるように吹く風に導かれるように、リエルは銀色の長い髪を揺らしながら、エメラルド色の双眸で、少し離れてしまった故郷の森を見つめる。
視線は動く。隠れ里を守るように連なる山々と、その先にある果てなき青い空を見る。あの先にも、たくさんの『まだ知らないこと』があるのだろう。少女の心は、好奇心に騒ぐのだ。
……とにかく、戦力にはならないような気がするものの、旅の仲間をリエルは手にしていた。便利屋のホーリー・マルード。武術も魔術もろくに使えない。とくに取り柄の無い少女が、やがて大英雄となるリエル・ハーヴェルの初めての『仲間』であった―――。
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