第二話 『ど、道中ひとりだからといって、さ、さみしくなんてないのである!?』 その五
まったく、嘘の自己紹介なんぞをするために、人間族の娘を追いかける日が来るとは、人生とは不思議なものである。
人生の不可思議さを15才のエルフは考えている。哲学しながらだって、エルフの追跡術は完璧に機能していた。
あっという間に、人間族の娘に追いついている。人間族の娘はエルフ並みに鼻が利くのか、この山にある小さな湧き水ポイントまで辿り着いていた。
空腹を誤魔化すためなのか、湧き水を両手ですくってはゴブゴブと飲んでいく……。
「おい」
「ばひゃふ!?」
……背後から声をかけたのが悪かったのか、人間族の娘は水を大きく噴き出していた。危うくその水がかかりそうであったが―――エルフの優美なステップ・ワークを、ドヤ顔と共に発揮するのであった。
その水は完璧に回避されていた。
「は、速い!?」
「フフフ。残像すらも見えるほどにだろう?」
「さ、さすがにそこまでじゃないけど……ニヤニヤしながら、横に動くなんて。さすがエルフっすね!」
「……うむ?ちょっと悪口っぽいニュアンスで聞こえたよーな気がするのだが?」
「え?そ、そんなことないっすよ?」
「そうか……」
目が明らかに泳いでいるが―――人間族の表情など、平常モードでも、こんな締まりのないものかもしれぬしな。
リエルはその疑問を深く追及することを止めた。追及したところで、得るモノも無さそうではあるわけで……。
金髪碧眼の人間族の娘は、リエルが追いかけて来た理由が分からないようだ。
「……あ、あの。エルフさん。私は、お金とか、そんなにもっていないっすよ?」
「ふむ。モンスターから救助してやったことに対して、金銭を要求すると思ったのか。人間族らしい浅ましさだな」
「え!?タダなの!!ラッキー!!」
「…………む」
そうだけど。そんな喜ばれたりすると、何だか腹が立ってくるな。損した気持ちになってしまうじゃないか……。
ま、まあ、別にいい。
「そ、それで、言い忘れていたことがあるのだ!」
「え?何っすか?」
「おほん。わ、我が名は、リエル・ハーヴェル!!偉大なるも―――」
「―――も?」
「―――じゃなくて、ここから、とーっても遠くから旅をして、偶然にもこのアルルガ山脈……じゃなくて、名前も知らぬ未知なる山を彷徨っていた、偉大なカンジの女エルフである!!」
「……そ、そうっすか」
「う、うむ。そ、そうなのだ。とにかく、私は、遠くからやって来たタイプのエルフさんであってな?……ここ、地元から、とんでもなく遠いのであり―――」
「―――わかった!」
「はうあ!?ば、バレたのか!?」
「え?バレたって?」
「い、い、い、いや。何でもないのである!!……そ、そ、それで、人間族の娘よ、何が分かったというのであるか!?」
ど、ど、動揺なんてしていないのである。そう、クールに。クールに。クールにだ。リエルはパニックになりながらも、対策を練る。
こ、こ、こ、コイツが不思議な推理力を発揮して、私が地元民なタイプのエルフだとか気づいてしまったら―――ど、どうしよう?
翡翠眼が崖を見ていた。
……うおっ!?じ、自分が怖い!!……こ、この娘を、あそこから突き落として口封じしようとか、い、い、一切、そんなことは考えてなどいないのであるからして!?
「えーと。リエルちゃんも、『パガール』に行くんすね?」
「……ぱ、『パガール』……?」
リエルにとっては見知らぬ単語であった。どこかマヌケな響きだなあ、としか分からない。リエルは気づく!
「ちょ、ちょっと待っておれ!」
「は、はい……?」
道具袋から地図を引っ張り出して、探す。地図の上を指がスルスルと走っていく。
パガール、パガール、パガール……ああ、頭の中で繰り返すと、ますます、アホっぽい響きがするな。知性が下がりそうであるぞ……?
「お!」
……リエルの指が、そのパガールの町を地図に見つけていた。アルルガ山脈を南東に下ると、その名前を持つ町にたどり着けるようだ。
「……あのー?」
「え?あ、ああ。すまないな、人間族の娘」
「いえ。地図なんて見開いて……や、やっぱり!?」
「や、やっぱり!?」
……崖から落と―――。
「―――迷子だったんすね!?」
「え。ま、迷子?」
「はい。私も、ちょーっと、近道しようと考えていたんすけれど。なんか間違った方向に入ってしまったらしく、気づけば山の中で、お腹がぐーぐーだったんすよう」
「それは、マヌケらしいマヌケなハナシであるな」
「え!?ひ、ヒドい!!リエルちゃんだって、迷子のくせに!?」
「し、失敬な!わ、私はこんなところで迷う―――」
「―――えー。迷わなければ、どーして、こんな何もなさそうなところへ、やって来たんすかあ?」
「……っ!!い、いや。ま、まあ……と、遠くから旅をして来たわけであるからして!?……ま、まあ、迷っても仕方がない的な?」
小鬼なんぞの昼ゴハンにされそうだったようなヤツと同じ扱いは、何ともイヤではあるが……まあ、この際、贅沢は言っておられんか。
隠れ里のためだ。
隠れ里のためだ!
隠れ里のためだ!!
……甘んじて、このマヌケな人間族と同レベルのフリをしようじゃないか。ああ、故郷のために身を犠牲にする私と来たら―――び、美少女過ぎるっ!
「迷子のくせに、どーして、そんなキレイなドヤ顔を浮かべるんすか?」
「……フフフ。気にするでない。私は、そう、迷子!迷子なのである!」
「う、うん。私もっすから。あまり大きな声で言わなくても、いいんすよ?……基本的に旅人のくせに迷子って、アホ丸出しで不名誉なんすから?」
「分かっている!」
どうして。それなのにドヤ顔なのか?
……自己犠牲系美少女エルフさんの薄幸っぷりを、リエルは感じていることに、人間族の少女は気がつけるハズもなかったという。
「それで、『パガール』に向かっておるのか、お前は?」
「え?うん。そーっすよ。『パガール』の錬金術師さんに、伝言を頼まれたんっすよ」
「伝言?」
「うん。私、便利屋ギルドのルーキーっすから」
「便利屋ギルド……とな?」
「ええ!?し、知らないんすか!?」
「し、知っておるともさ!?」
見栄っ張りな性格が災いしたような気がした。リエルは、その名前から推理を始める。左右のこめかみに人差し指を当てて、シンキング・スタイルである。
森のエルフ伝統のスタイルだ。こうすることで、頭の回転が良くなる!と、森のエルフたちには伝わっている。
ギルド……ギルドとは?
職人たちの集団で、自分たちの利益を確保するために手を組んでいるヤツらだな?
……ならば、便利屋とかいう、得体の知れぬモノの集団か……。
「……うさんくさい」
「ちょ、ちょっと!?伝統ある、『マイコラ市の便利屋ギルド』っすよ!?あ、怪しくなんて、ないっすからあ!!」
「そうか……しかし、便利屋って響きが、何だかいい加減とゆーか……?専門職らしからぬ、テキトーな感じがするぞ」
「うう!?ちゃ、ちゃんと試験とかもあるっすよう!!筆記とか、実技とかがあ!!」
実技で何をやっていたのだろうか?……小鬼なんぞに捕まっていたし……?
「う、疑いの眼差しっす!!私の能力を、疑われている様子っすよう!?」
「まあ。偉大な戦士であるとは思っちゃいないぞ?」
「……ヒドい!!ちょっと、ゴブリンに捕まったぐらいで!?こんなトラブル、英雄たちの物語にはつきものっすよ!?」
「そんなダメな英雄に何が出来るというのだ?」
「……そ、そう言われるとアレですけど……っ。と、とにかく!!これ、名刺っす!!」
「め・い・し……とな!」
リエルとてビジネス・カードの存在ぐらい知っている。大人の職人たち何かが持っている、ヤツだ……っ。
15才の田舎エルフ娘は、目の前に差し出された名刺を見て、ワクワクしてしまう。何だか、大人になったようである……っ。まあ、15才は、立派な大人ではあるけれども?
リエルは少女が差し出した名刺を受け取る―――。
『マイコラ市の便利屋ギルド正式会員証、1301番。ホーリー・マルード【F級】』
……どうやら、この少女の名前はホーリー・マルードというらしい。
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