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第二話    『ど、道中ひとりだからといって、さみしくなんてないのである!?』    その四


「……しまった!?」


 逃げろ、マヌケ女!!……そう叫ぼうとリエルが足下を見たとき。すでに、その人間族の少女はいなかった。


「ひええええええええええ!!」


 マヌケな声を響かせながら、彼女はかなりの逃げ足でこの場から逃げていく。


 リエルは彼女が見せたスピードに感心した。感心するが、何だか心配していた自分の気持ちがバカらしく思えた。


 足首を縛られていたから『痛い』とか?……『走れそうにない』とか?


 ちょっとした鹿みたいな速さで逃げている少女を見ていると、それらの心配が本当に意味の無いことであったのだと悟れていた。


「……私の心配とは、一体……っ!?」


 リエル目掛けて、ゴブリンが槍を投げつけて来た。先端には石がくくられている。原始的な石器であるが―――当たればケガではすまないだろう。


 しかし、当たらなければ全く問題のない攻撃でもある。森のエルフの俊敏さを用いて、リエルはその槍を潜るようにして避けていた。


 右に向かって、勢いに乗った鹿のように素早く、そして長く跳んでいたのである。イノシシの影に滑り込む。槍がリエルを飛び越えて、地面にグサッと刺さっていた。


 小鬼の槍も舐めていては大ケガしちゃいそうだな。


 リエルはそう考えながらも行動を連続させる。魔術を使うのだ。


「―――『炎の妖精よ、悪しき者に戒めの火を与えよ』……『ファイヤー・ボール』!」


 初歩の魔術、『ファイヤー・ボール』であった。炎を使う魔術師にとって、初歩の初歩の術。炎の球体を発生させて、それを自在に操るのである。


 森のエルフの弓姫である彼女の魔力は、規格外に大きい。そのため、『ファイヤー・ボール』も大きい。仔羊ほどもありそうな炎の球体を、リエルは発生させていた。


 ゴブリンたちは、エルフが空中に呼び出した巨大な『火球』に怯えている。自分たちを十分に焼き尽くすほどの威力が、それにはあるのだから。


 しかし、リエルはその火球で彼らを焼き払うつもりはなかった。


「行け!」


 リエルの言葉に従って、火球が空を駆け抜けていく。火球が向かったのはゴブリンたちの原始的な小屋であった。


 木とワラと目の粗いロープで作られている原始的な家は、またたく間に燃え始めてしまうのだ。


『ギャガガガガ!?』


『グギギギギギ!?』


 邪悪な小鬼の会話が響く。醜い声であったが、悲鳴と混乱を感じる。彼らの動揺につけ込んで、リエルは走り始めていた。


 影のように低く、そして全くの無音。


 森のエルフの走り方だ。自分たちの燃えていく家ばかりを見つめていたゴブリンたちは、逃げ出したリエルの姿を見失ってしまう……。


 作戦の勝利であった。


 ……フフフ。さすがは森のエルフさんであるな!……敵の目を、あちらに引きつけておいて、こっちから逃げ出すのだ!


 得意げに走るリエルだが、それでも現実は甘くはない。ゴブリンたちはリエルの逃亡に気がついていた。奇声を上げながら、彼女の後を追いかけて走ってくる。30匹あまりのゴブリンだ。


 しかし、森のエルフの脚は速い。リエルがゴブリンたちに気づかれずに走れたのは、ほんの数秒のことだったが。それだけあれば、ゴブリンが永遠に追いつけないほどの速さにはなっている。


 またたく間にゴブリンたちの集落を突破して、あの崖の坂道を上り始める。その坂道には、逃げ足の早い、あの少女がいた。彼女の逃げ足は初速に優れているものの、それほど長時間は機能しないらしかった。


 すでに体力が限界らしく、その動きは、ゆっくりとしている……。


「はあ、はあ、はあ!」


「……この程度で、息を切らしていてはゴブリンどもに追いつかれてしまうぞ!」


「そ、そ、そうは言ってもっすね?……お、お腹が減ってて……」


「むう。腹ペコの行き倒れ娘なのだな」


「そ、そうっす。じゃないと、さすがに、ゴブリンなんかに捕まるほど、マヌケじゃないっすから」


「……とにかく、走れ!足止めはしておいてやるから!」


「あ、ありがとうっす、エルフさん……っ!」


 ヨロつく足取りではあるが、少女は崖の坂道を上り始める。あまりの動きの悪さに、リエルは不安を覚えた。


 だが、足止めをしなければならない。


 森のエルフの弓姫に、二言はないのである。


 弓に矢をつがえて……狙い。放つ!


 矢は空を駆け抜けて、30匹のなかで最も大きなゴブリンの膝を射抜いていた。ゴブリンがその場に倒れて、後ろから来るゴブリンどもの邪魔をする。


 リエルはそれからも二度ほど矢を放ち、こちらを目掛けて走ってくる邪悪なモンスター軍団の前列に、矢を命中させて。三体が行動不能に陥り、ゴブリンどもが戦う意志を削がれてしまう。


 リエルの矢は、あと10本しかない。だが、ゴブリンどもがその事実を計算することはない。目の前で三体も仲間が倒された。それに……自分たちの大事な家の一つが、どんどん燃えている……。


 戦いよりも、消火活動をしたい気持ちに駆られたゴブリンが現れる。彼は―――いや性別は分からないが。そのゴブリンは、燃えていく家に対して土を掴んでは投げ始める。


 リエルと戦って殺されるよりは、そっちの作業をしていた方が、ずいぶん気楽なことだと気づいたのかもしれない……。


 臆病なゴブリンの行動を、良さそうだと考えたのか、次々とゴブリンたちは消火作業に参加していく。


 攻撃的なゴブリンたちも、リエルに見下ろされながら矢を向けられることで動けなかった。近づく者から、リエルはその矢を放ち、その個体を仕留めるだろう。


 睨み合いが続く……ムリして近づけば、矢の餌食だ。ゴブリンたちは棍棒や槍を握りしめたまま、まったく身動きが取れない。


『……ぐぐぐ!』


『……ぶぎぎ!』


「何を言っているのか、さっぱり分からんが……退きたいのなら、見逃してやってもいいぞ?」


『……ぎぎ!!』


『……ぐぐ!!』


 ま、まさか、エルフの高貴な言葉が小鬼どもの耳に通じてしまったのだろうか?……それはそれでイヤだった。


 だが、どうやら小鬼どもは察してくれたらしい。リエルの目標が、あの少女であったということを。


 ゴブリンとて強者に挑むことを喜んだりはしない。ゆっくりと、後退していく。リエルから距離を取ると、いきなり走って逃げていく。


「……うむ。勝利だな。滅ぼしてしまう方が人類のためではあるが……今日のところは、あの腹ペコ娘の確保で、十分かのう」


 リエルは走り始める。小鬼の集落を後にして、先に逃げたあの娘を追いかけた。足跡が残ってはいる。坂道を越えると、元気になったようだな……。


 ……ふむ。


 元気に走れている。腹ペコといっても、餓死寸前ではない。旅人ならば、山道を自力で降りるぐらいの余力はあるだろう。


 リエルは追跡を止める。


 人間族との接触にメリットはない。


 ……そうだ。


 ……何も無い…………でも。


「……まいったぞ。デメリットはあるな。私のことを、アレは『この辺りに住んでいるエルフ』と思ってしまったかもしれない」


 それは真実である。


 だからこそ、マズいのだ。


「……隠れ里のことを、世の中に気づかれるわけにはいかない。嘘を、言い含めておかねばならないな。私は、遠くの国から、偶然ここを通りかかった旅人エルフさんだと!……教えておかねばなるまい」


 人間族に―――とくに、ファリス帝国に自分たちの存在を知られてはならない。気配を隠すこと。誰にも、絶対に気づかれないこと。


 傷を負って勢力が回復しきらない森のエルフたち……その弱った自分たちが取るべき生存方法が、それであるのだ……。


「やはり。追わねばならん。私は、ヤツに自己紹介をしなければならない。旅人エルフさんなのだという、嘘を」




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