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第二話    『ど、道中一人だからといって、さ、さみしくなんてないのである!?』    その二


「……うむ?」


 それらは『荷物』であった。具体的には、フェルト生地の丸められたモノや、弦の切れた弓である……荷物を入れていたカバンもあるが、その中身は奪われているようだ。


 何も入ってはいない。


 リエルは考察する。独りぼっちでさみしいから、声を出しながら。


「……カバンの中身は入っていないな。いや……辺りに散らばっている……?化粧の道具があるぞ。口紅とか……おー。香水もある……そして、カバンには、木彫りの猫神のお守りか……」


 結論が頭のなかに浮かぶ。


「持ち主は、女であるな。おそらくは、若い女……襲撃にあって、荷物と弓を置いて逃げたのか……?」


 しかし。襲撃されたというのならば、『何』に?……このポンポコ鳴ってる、マヌケな音楽の奏者どもだろうか?


「……マトモな戦士ならば、小鬼の接近にも気がつくだろうし、やり過ごす術を幾つも持っていそうなものだが―――この弓は小さく、威力が無い。鳥を射ることは出来るが、遠く離れた場所から、小鬼を射抜くほどの力は出せんかも?」


 ……なにより。


 リエルは安堵の息を、その小さな唇から吐き出していた。


「ふむ。こんな女子供が使うような弱い弓を、帝国の兵士どもは使うまい!」


 つまり帝国軍ではないのだ。襲撃されたマヌケは、帝国の兵士どもではあるまい……。


「里を襲いに来た、『敵』ではないのだ!……安心だ。安心はしたが、マヌケの若い女は無事にやっておるのだろうか?」


 猫神さまのお守りを、森のエルフの白い指がつまむ。木彫りの猫神。色は黒!『商売繁盛』の文字が目立っている。


「……旅人ならば、『旅行安全』を祈願した白猫さんだろうに」


 リエルも自分のベルトにはアルカがくれた『旅行安全』の文字が踊る、白い猫神のお守りをぶら下げている。


「……欲に目が眩んでいるから、小鬼どもに追い回されてしまうのだ。しかし……猫神好きか…………ど、同志であるな」


 一人旅がさみしいのか、リエルは正体の分からぬ旅人にも興味がわく。その場にしゃがみ込み、猫神のお守りをカバンから外した。


 どうするつもりなのか?……届けてるのだ。


「べ、別に、小鬼どもに捕まっていないか、し、心配だとかじゃないのだぞ!?……ただし、猫神好きとして……その、何というか……小鬼に食べられると、かわいそうだし」


 でも。自分は、『聖なる復讐の戦士』である。マヌケを助けている場合では、ないような気もする。一刻も早く、皇帝を仕留めて、森に戻りたいのだが……。


「……うむ。マジメな私の性格が、余計なトラブルに構っておらずに、さっさと南に行けととも語っているな…………あるかな?ね、猫神さま以外に、コイツを心配してやらねばならない理由が……そもそも、コイツ、誰だ…………っ!」


 森のエルフの長い耳が、ピンと跳ねていた。


 リエルは気がついたのだ。いい口実を……。


「そうだ。隠れ里に近づく、怪しい謎人物の正体を、探らなければなるまい!……猫神好きとなれば、それなりに高貴な人物であるかもしれん。私が、そうなのだから」


 もしも。


 もし、その人物がリエルのように高貴な人物であれば?


「……行方不明になれば、捜索隊が組織されるかもしれない。私のように愛されている者だとすれば……?……うむ。森のエルフの戦士としても、本気で正体を掴まなければならないような気がして来たな」


 猫神は、もうどうでもいい。


 隠れ里には、誰も近づけてはならないのだ。


 そいつがこの場所で行方不明になったら、家族や仲間が探しに来る可能性もある。それは、我々にとって、とんでもなく都合の悪い事態だ。


 森のエルフは、まだ襲撃の痛手から完全には回復していない。あと、2年か3年……次世代の戦士たちがそろうには、それぐらいの時間を要している……。


「確かめねばならんな。里の弓姫として……このマヌケな旅人が、どこの誰で、今、どうなっているのかをな」


 使命感を帯びた顔になり、リエルは走り始めていた。


 思い立ったら、即・行動。それこそが森のエルフの王族の行動方針である。短慮?浅はか?……チャンスは二度来るとは限らないのである。


 リエルは襲撃者の痕跡を見つけている。


 40メートルほど先に、別の荷物が落ちている。小さな短剣。抜き身の短剣だ。雨ざらしになっていたモノではない。錆びていないからだ。


 リエルはそれを拾い上げる。


 ……質の悪い鉄。大きな獣を仕留めるには、重さも鋭さも長さも足りない。おそらく、硬さもだ。岩に叩きつけたら、折れてしまうだろう。安物のナイフ……。


「若い女で、金持ちではないか」


 一つ安心だ。金持ちならば、捜索隊が大勢来るかもしれない。だが、貧乏人なら、そんな大きな捜索隊が訪れることはないだろう。


「良かった。マヌケは貧乏そうだ。そして……戦いの腕も悪い」


 なぜなら?……ナイフを抜いたのに、襲撃者に当たらなかったようだ。このナイフをゴブリンに思いっきり当てたら、血がつくか、刀身が曲がるかもしれない。


 つまり。そのマヌケは、若い女で、貧乏で、戦いの腕までも悪いようだ……。


「猫神好きであることしか、良いところの無さそうな女だぞ……?」


 仲間の痕跡は……ない。


 地面に残されているのは、若い女のそれと考えられる小さな足跡。そして、十数匹ほどの、ゴブリンどもの足跡だった。他に、足跡は存在しない。


 『彼女』はおそらく独りぼっちだった。


 仲間はいない。


 となれば、おそらくはゴブリンどもに捕まっているのだろう。


「このポンポコ鳴っている愉快な音は、そいつを気持ち良く食べるための音楽?……あるいは、連中が仕えている悪神にでも生け贄を捧げるための音楽だろうか?」


 ならば。


 ポンポコが鳴り響いている間は、そのマヌケは生きているのかもしれない。


 森のエルフ族の『掟』とすれば、使命こそが第一である。その他のことには、注意を払う必要はない。リエル・ハーヴェルが優先せねばならないことは―――『聖なる復讐の戦士』としての役目だけのはずだった。


 それでも、リエルの脚は、マヌケとゴブリンどもの足跡を追いかけて、山道を走り始めている……。


 森のエルフの『掟』には、反するかもしれないが。リエルは、そのマヌケで、貧乏で、腕っ節も冴えない、若い女のことなどが、どうにもこうにも気になっていた。


 ……なんでだろうか。


 自問する。


 なんで、そんな助けても何の得にもならぬマヌケのために、走っているのだろうか?山道を走れば、とても疲れる。一人旅だ、体力を使うことは、大きなデメリット。守ってくれる仲間もいないのに。


 ……わからん。


 ……わからんが、間違ったことをしている気持ちにはならん。


 そうだ、きっと、これは正しい『掟破り』な気がする……。


 だって。


 だって、あの赤毛の男は―――何の得にもならぬのに、弱くてちっぽけだった、私のことを助けてくれたではないか。


 あいつは、エルフの小娘など助けなくてもよかったのだ。復讐者ならば、憎いモノたちだけを襲っていれば良かったのだ。でも、そうじゃなかった。そうじゃなかったから、私は、今も生きている!


 あいつの、あの行為を、間違った行いだと、私には絶対に思えない。復讐者だって、寄り道したって、いいのだ!!


「……フフフ。待っておれよ、マヌケ。助けてやろう、この偉大なるリエル・ハーヴェルさまがな!」




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