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人魚育成、はじめました

「つッッッかれた……」


 ボスッとベッドへ倒れ込む。

 俺の名前は前田ユウキ。

 32才のしがない独身サラリーマンだ。


「あーあ、明日どうしよ……」

 

 天井を見つめながら一人呟く。

 仕事がようやくひと段落し、明日からは土日休みだ。

 が、家族も恋人もいない身では、いざ暇ができても予定がなくて困るのだ。

 やばい。

 考えたら虚しくなってきた。

 と、そのとき。


 ピーンポーン


「宅配でーす」


「えっ?」


 最近何か買った覚えはないぞ。

 とりあえず玄関へ向かい、扉を開ける。


「ども!サインねがっしゃす」


 ちらりと配達員がもつ包みを見る。

 Omozonの段ボールではない。

 しかし届け先として書かれているのは、たしかに俺の名前と住所だった。

 つづいて商品名へと視線を移し、ようやく思い出す。


 "人魚育成キット モニター用"


「あぁー、前応募したやつ」

「え?」

「や、こっちの話です」


 俺は手早くサインを済ませ、荷物を受け取った。



 さかのぼること半年前、俺は通勤電車でスマホをいじっていた。

 その時たまたまあるページを見つけたのだ。


 【   ★人魚育成キット モニター募集中!★   】

 【 手軽に人魚を育てられるキットを開発しました。 】

 【   当キットを一年間使用し、責任をもって   】

 【   人魚を育ててくれる方を募集しています。  】

 【     [モニターに応募しますか]      】

 【       [はい][いいえ]        】


 たしか俺は[はい]を押した気がする。

 住所まで登録した覚えはないのだが、物が届いたということはきっとそうしたのだろう。



 さすがに俺もいい大人だ。

 人魚なんて、存在すら信じていない。

 どうせシーモンキーでも育てさせられるのがオチだろう。

 しかし今の俺は、たとえ小エビでもいいから、何かにそばにいて欲しい気分だった。

 俺はダイニングの椅子へ腰を下ろし、箱を机に置いた。


「さー何が出るかな」


 はがしにくいシールをカッターで切って開封する。

 出てきたのは、説明書と、白い極小ボトル1本と、粉末入りパッケージ1袋だった。

 ひとまず説明書を開く。


 【このたびは人魚育成キットのモニターにご応募いただき】


 前置きは飛ばそう。


 【○モニターの内容 】

 【人魚育成キットを一年間お試しいただき、毎日当社の】

 【受信用アドレスへ観察記録を送信していただきます。】

 【※送信が滞った場合、キットを回収しにご自宅へ 】

 【 おうかがいします。 】


「毎日? しかもサボったらウチに来んの?!」


 ストーカーじみたモニタリング方針にドン引きする。

 しかしすぐに考えを改めた。

 もしかしたらこの会社は、人魚育成キットに社運をかけているのかもしれない。


「……だったら必死になるのも当然かぁ」


 一人で納得した俺は、気を取り直して次のページをめくった。

 ここからは具体的な育て方が書いてある。


 【○卵の(かえ)し方 】 

 【1.煮沸して冷ました水200mlを適当な大きさの容器に入れます。 】

 【2.水に、袋内の粉末を入れ、よくかき混ぜます。 】

 【3.ボトルに入った卵を、粉末を溶かした水に入れます。 】

 【4.容器を冷暗所へ保管します。卵は約24時間で孵化(ふか)します。】


「へー。すぐ始められるな」


 俺は腕を伸ばし、電気ケトルを手に取った。

 今朝コーヒー用に沸かした水がかなりの量残っている。

 容器は……ビールグラスで十分だろう。

 俺は洗ったグラスに水と薬を入れ、未使用の割り箸を使いよくかき混ぜた。


「次はタマゴ……っと」


 ボトルのフタを開け、中身をそのまま容器へ移す。

 コロン、チャプッ

 少しの液体と一緒に転がり出てきたのは、なんというか……水色のイクラだった。


「本物か? これ」


 あまりにも作り物っぽい色合い。

 これが生き物のタマゴだなんて正直信じられない。

 半信半疑ながら、それでも俺はグラスを冷蔵庫へ入れた。

 それから説明書の表紙へ戻り、下部に書かれたアドレスにあてて、手短な観察記録を送る。


 12月15日

 タマゴを水に入れた。


 ……さすがに手短すぎるだろうか? まあいい。


 ________


 俺は貴重な土曜日をフルに使い、昔クリアしたゲームを遊び直してみた。

 久しぶりでほとんど忘れていたので、案外新鮮に楽しめた。

 新鮮と言えば、今日はなんとなく寿司が食べたい気分である。

 時刻は16時過ぎ。

 ちょうどスーパーのパック寿司に半額シールが貼られる頃だ。


「っし買い出し行こ」


 俺はゲームをセーブし、財布だけ持って家を出た。



 大抵のものを美味しく食べられるのが俺の長所だ。

 爆安寿司をしっかり堪能した後は、ケースを流しへ持っていく。

 そのまま捨てたって構わないが、軽く洗った方が少し気分がいいのである。


 ザァアアアァ……コロコロコロ……


 ゆるい水流に押し流され、一粒のイクラが排水溝へ落ちていく。

 どこかでみたような映像。

 一体どこで……あっ。


「タマゴ!」


 ゲームに熱中するあまり忘れていた。

 まだ24時間経っていないが、早産もあり得る。

 俺は寿司のケースをゴミ箱に入れ、急いで冷蔵庫からグラスを取り出した。


「よかった、まだだ」


 グラスの中のタマゴは、昨晩のままにプカプカ浮いていた。

 俺はほっと息をつく。

 どうせなら産まれる瞬間を見てみたいのが人情だ。

 と、その時。


 くるんっ


「動いた!?」


 生命を感じる回転だった。

 がぜんテンションが上がった俺は、もっとよく観察しようとグラスに顔をくっつける。

 そしてまたも驚愕させられた。


挿絵(By みてみん)


 ヒトの胎児のような上半身、魚の尾のような下半身。

 柔らかい卵膜に包まれたソレは、どこからどうみても人魚そのものだった。


「うぅわ、まじかぁ……すげぇぇ……」


 俺はすげえすげえと繰り返しながら、ひたすらタマゴをながめ続けた。

 だって信じられるか? 人魚だぞ?

 そりゃ語彙(ごい)も減るし、時間だって忘れるよ。


 やがて日付が変わる頃、ついにその時がやってきた。


「すげぇ、まじすげ……うん?」


 それまでずっと丸まっていただけの人魚が、急に両腕をばたつかせ始めたのだ。


「!? どうした!? 苦しいのか!?」


 慌てふためく俺をよそに、人魚はますます激しく暴れ出す。

 真円だった卵膜がぼこぼこと不規則な形に歪む。


 ぼこぼこっ、ぼこっ、ぼこっぼこっ、

 プチッ

 ……スルンッ!


 卵膜が破れたかと思うと、小さな人魚が弾かれたように飛び出した。

 その勢いのまま、グラスの中を元気一杯に泳ぎ回る。


「う、う、う、産まれたッ!!」


 おもわず叫ぶと、音に反応してか、人魚は俺の方を見た。

 青く澄んだキレイな目だ。

 このしっかりした眼差し……まさかもう目が見えているのだろうか。

 俺はグラス越しに指をそっと近づける。

 すると思った通り、人魚は俺の指先に泳ぎ寄ってきた。

 手を左右に素早く振れば、余裕の泳ぎでついてくる。

 先ほどから薄々わかっていたが、運動能力も高いようだ。


「そうだ、名前つけないとな」


 俺は手を引っ込めて、使わない書類とペンをカバンから取り出した。

 書類の裏の白紙に10本ほどの縦線を引き、ハシゴのように横線を加え、即席のアミダクジを作る。

 そのクジの出口に、人魚っぽい名前を書き並べていく。


「えー……ミオ、アクア、マリン……ブルー、ハワイ、ナナミ…うーん」


 まずい、もうネタ切れになってきた。

 それでもなんとか絞り出す。


「マナ、ってのもいいな」


 と、その時。


 ぱたたっ


 アミダクジの上に水滴が落ちてきた。

 顔を上げると、人魚がこちらを見ながら尾ひれで水面を叩いている。


「ん? ……マナ?」


 呼びかけてみると人魚は一度水しぶきを立たせる。

 真意はともかく、その名前がいいと主張しているかのような動きだ。

 これはもうクジを引くまでもないだろう。


「よろしく、マナ」


 人魚はニコッとひとなつっこい笑顔を見せる。

 その反応がかわいくて、俺も思わずにやついてしまった。



 12月16日

 人魚が産まれた。体長約1cm。知能・身体能力ともに高く、かわいい。

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