表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

星降りペンションの殺人 問題編

 "手を伸ばせば届きそうな星空を見たいと思いませんか?"



 「で、その星空はどこにあるんだ」加藤かとう一郎いちろうは皮肉に顔をゆがめた。

 「せっかくこんな所にまで足を伸ばしておきながら、曇りで空が見えませんとはどういうことだ」

 「しかたないじゃないの。文句言ったってお天道様には逆らえないわ」菊池きくち直美なおみがやんわりとたしなめた。

 「ぶうぶう言っても空が晴れるわけじゃないんだし。そんなことまで剣崎けんざきさんのせいにしたらかわいそうよ」

 「でもこれって看板に偽りアリじゃないですか」パンフレットを振り回して工藤くどうあきらも不平をもらす。

 「星空が確実に見られると聞いて、僕は旅行に参加したんですよ。なのに3日つづけて曇り空じゃ、金返せって言いたくなりますよ」

 「それより問題はテリー彗星だ」加勢を得た加藤がますます声を張り上げる。

 「テリー彗星が次に地球に接近するのは80年後だぞ。俺に80年後まで待てと言うのか」

 「待てばいいじゃないの」菊池がうるさそうに言った。

 「なんだと――」

 「みなさん、月が出ましたよ」

 それまで黙って灰色の空を見上げていた剣崎けんざきおさむが、引きつった声を上げた。見ると、細い三日月が雲間から姿を覗かせていた。

 「おぉ。なんと神々しい姿でしょうか。分厚い雲を突き破り、皎々たる光を放つその姿。なんと、なんと気高くも美しい」

 「ふん。月なんて世界中のどこからでも見られますよ。俺は月を見に来たんじゃない。星空とテリー彗星を見に来たんだ」加藤は鼻白んだ。


 彼らは天文観測同好会"星をみるひと"のメンバーである。80年周期で地球に接近するテリー彗星を観測しようと、満天の星空を売りにした通称"星降りペンション"への旅行を計画したのは会長の剣崎だった。

 ペンションは都会を離れた郊外――というよりド田舎に建ち、あたりには星空をさえぎる建物はおろか光を放つ建造物は一つもない。

 近場には「なにもない」ことを売りにした野っぱらが延々と地平線が見えそうなくらいに広がり絶好の天文観測スポットになっている。

 しかし折悪しく天気は曇りつづき。星空どころか星の一つも見ることができず、会員の――特に加藤・工藤の――不満は募るばかりだった。


 「どうせ今日も曇りっぱなしだ。月が出ているうちに帰らせてもらうよ」加藤は月明かりを頼りにタバコに火を点けながら言った。

 "星をみるひと"には「懐中電灯を使うべからず」というルールがあった。

 人工の光を地上で振りかざすことは、天上の星々に対する冒涜である――という剣崎の意見が制定されたものである。

 このように、天文観測に関してはどこか狂信的なところのある剣崎だったが、非常に気前がよいことから会長として推されていた。


 「まったく。月が出てなけりゃ、帰り道もおぼつかないなんてどうかしてるぜ。おい、お前たちも帰るだろ?」

 「私も帰るわ」菊池も同意したが、工藤と剣崎会長は居残りを告げた。

 工藤の場合は、まだ星を見ることを諦めていない――のではなく、剣崎に借金を申し出るためだろうと、加藤と菊池は思った。

 天文マニアというか天体望遠鏡マニアの工藤は、新型の望遠鏡を買いあさり、そのたびに剣崎から借金していたのだ。


 「工藤さんは空の星じゃなくて、剣崎さんの財布の中の星が目当てみたいね」帰り道、菊池がそう言って笑った。

 「そうだろうな。だがそうなると、工藤もじきにこの会を出ていくかも知れないぜ」くわえタバコで加藤が言った。

 「どういうこと」

 「なんでも噂によると、剣崎会長は最近株に失敗して大損したそうだ。金の切れ目が縁の切れ目――工藤の目当ての星がなくなっちまうんじゃないか」

 「でも――」

 菊池がなにか言おうとしたときだった。月が雲の後ろに隠れたのか、あたり一面、闇に包まれた瞬間。


 ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ……。


 おどろおどろしい悲鳴が、背後から聞こえてきた。

 「いまの――剣崎さんの声」二人はぎょっと立ちすくみ、思わず顔を見合わせようとしたが、真っ暗闇でどこに互いの顔があるのかも解らない。

 と、月光が再びさっと差して、二人の青ざめた顔を照らし出した。

 加藤と菊池はすかさず走りだした。



 剣崎は胸を刺され絶命していた。

 かたわらには両手を血に染めた工藤が放心して立ちすくみ、加害者と被害者の区別は一目瞭然だった。

 「鋭いナイフのようなもので胸を刺されてるな……」剣崎の体を調べていた加藤がうめいた。

 「で、でも、その"鋭いナイフのようなもの"とやらはどこにあるの」菊池が言い、加藤はあたりを見回した。

 ここは一面の野っぱら。しかも月明かりだけが頼りとあっては、小さな凶器など見つかるはずもない。

 「おい工藤。お前、なにで剣崎さんを刺したんだ」胸ぐらをつかんで揺さぶるが、放心状態の工藤はなにも答えられない。それに見つけたときに身体検査をしたが、彼はなにも凶器を持っていなかった。

 「どこか遠くへ放り投げたんだろう」加藤は言った。

 「それより早く通報だ。凶器なんて警察があたりを探せば、すぐに見つかるさ」


 30分後、到着した鑑識はあたり一帯をしらみつぶしに捜索したが、明け方になっても凶器は見つからなかった。

 居合わせた"星を見るひと"のメンバー全員の身体検査・持ち物検査も行われたが、凶器は出てこなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ