『自己紹介』3人の異世界人
今回から少し文量が増えます。
目の前の3人はオレを物珍しげに見たり触ったりした後、何やら嬉しそうに談笑し始めた。
俺は現状理解に頭が追い付かず、無言のまま3人を眺める。
「やったなメイヴ。成功でいいんだよな!」
「う、うん! 多分、成功」
最初に口を開いたのは、ガタイがよく兄貴オーラの凄まじい青年だ。胸当てやグローブを身につけている。後ろの棚に置かれた巨大なハンマーが気になるな。
次にメイヴと呼ばれたのは、見た目魔女のコスプレをした金髪ボブの女子小学生。小学生の割には胸があるような気がする。そして右手にステッキのようなものを握っているのだが、もっとも気になるのは耳だ。これがエルフ耳というやつなのか、耳が尖がっている。
「多分じゃない、自信持てっていつも言ってるだろっ」
最初の青年、ひとまず兄貴と呼ばせてもらうが、兄貴はそう言って笑いながらメイヴをくすぐり始めた。
この2人、いったいどういう関係なんだ? 父と子と言うには兄貴が若すぎるし、兄と妹って感じか?
「ひゃっ、ご、ごめんにゃっ、さい……」
体を捩らせ紅潮するメイヴ。
正直いけないものを見ている気がしないでもないが、どちらにせよ2人は仲睦まじく接する間柄なのだろう。
「もぅ、やめ、て!」
いつまでもくすぐるのをやめない兄貴に、メイヴは右手に持ったステッキを奮って頭頂部を攻撃。
兄貴は予想外の衝撃に頭を抑えて悶えている。いや、喜んでる? まるでコントのようだ。
「あの、メイヴさん。メイヴさんの恩恵を疑うわけじゃないですけど、本当に成功ですか? この方先程から一言も口を開かないですけど」
おっと、ようやくオレに触れてきたか。こっちから話しかけようか潜思していたところだった。
ようやっとオレを話題にしてくれたのは、兄貴とメイヴの2人のコントを見て楽しんでいた、鮮やかな赤い紅葉色の髪を横ポニーテールにした少女だ。
中学生、いや高校生くらいだろうか。目が丸っこくて可愛らしい。マキシマムワンピースに上からローブを羽織っている。
「ん、そうなんだよねぇ。成功したはずなんだけど。魂だけおいてきちゃったのかな……そーだ! あのこれ、指、何本に見える?」
メイヴは少し肩を落とした後何かを閃いたようにぴょんと跳ね、3本の指を立ててオレに向けてきた。
なにやら魂がどうとか物騒な単語が聞こえてきた気がしたが、ここは言われるままに答えた方が良さそうだ。
「さん――」
「あ、ごめんなさいです。思いだしましたです」
「あれっ、ミーちゃん? 今彼、喋んなかった?」
「そんなことより大変なんです!」
「えっあ、うん。どうしたの?」
「はいです。メイヴさんの愛らしさに見とれていて言い忘れてしまっていたのですが、先程彼がメイヴさんの温柔で神聖なおっぱいを卑しい目で見ていたのを思い出しましたです」
――?
言葉を切った挙句いきなりテンポよく話しだしたと思ったら、この子は一体何を言い出しやがった?
確かに見てはいたけどさ。これは現状理解の一環であって特に下心があったわけでは――――ないというのに……!
「わっ、わたっわたしっ、わたたたたた……! ふっにゃっ」
メイヴは横ポニーの少女、一旦ポニーと呼ばせてもらうが、ポニーの酷い冗談を聞いて胸を隠すと、顔を真っ赤にして机に突っ伏した。
いや、オレポニーに何かした? してないよ! だってまだ会話すらしてないですもの。
「出ましたです。メイヴさんの恥じらいのわたわた! ああ、可愛いです。感無量です」
頭から煙を出すメイヴを見てポニーはうっとりしている。
そのネイミングセンスにも言いたいことはあるけどさ、もしやこの子はこれを見る為だけにあんなこと言ったのか? もはや、変態としか言いようがないぞ。兄貴はまだ悶え――いや、喜んでるし。
このままじゃ埒が明かないな。ここで現状を整理してみよう。
まず目の前には木製の丸テーブルを囲んでオレを含めた4人の人物。他に人はいないようだ。暖炉やキッチンが見受けられ、至る所が木製であることから小屋か何かだと推測。
右には叩かれて喜ぶ兄貴――否、変態が1人。
丁度オレの向かい側にいるのはメイヴと呼ばれる魔女のコスプレ小学生。突っ伏したまま揺れている。
左にはそんなメイヴを見てうっとりしている鮮やかな赤い紅葉色の髪をした――否、変態が2人目。
――はぁ、なんだこれ。
△
彼らが自分の世界に入ってしまってから3分は経っただろうか。
いやいや、あの状態のまま3分はなかなかよ? メイヴは今だに顔を隠して揺れてるし、変態兄貴はまだ悶え喜んでいる。ボブなんかメイヴの腕に抱きついているあり様ですよ。
このまま放っておいたら、果たしてオレに話す機会は訪れるのだろうか。まあ、黙り続けるオレにも非はある。そろそろ切り出すとしよう。
「あの、ちょっといいか」
オレは一つ咳をすると、挙手して3人の注目を求めた。
3人はそれぞれ「おっと、すまない」「はわっ、お見苦しい所をお見せしたです」「なな、なに?」と反応してくれた。もしここで無視でもされたら泣いていたかもしれない。
メイヴがオレを所謂変態さんを見る目で見て来るのが悲しかったりするが、それは後で弁解するとして。
「メイヴさん、だっけ? あの、あってる?」
あえてオレの事を警戒しまくってるメイヴの名前を呼ぶ事で、彼女自身が反応せざるを得ない状況を作り出す作戦だ。
現状一番話せそうなのは兄貴なのだが、彼らの会話から推測すると事の発端は間違いなく彼女にある。
ここはド直球に、あんたがオレに何かしたのか、と聞くつもりだ。
「にゃっ、そ、そうだけど……どうして私の名前、知ってるの? も、もしかして私っ。でも、まさかそんな……それはっ、それだけは絶対駄目なのに……!」
メイヴは突然狼狽したように取り乱した。
何が彼女をそうさせたのか皆目見当もつかないで動揺していると、即座に兄貴がメイヴの頭を帽子ごとガシガシと撫でながら言った。
「落ち着けメイヴ大丈夫だ。こいつぁきっと最初に俺がメイヴのことをメイヴって言ったのを覚えていたんだろうさ。な、そうだろ?」
「……ああ。その通りだよ」
情報が少なすぎて良く分からないが、おそらくオレの立ち位置がメイヴの事を知っている人間ではいけなかったのだろう。
「落ち着いたか?」
「うん。ごめん、ありがとうクラウ」
兄貴の名前がクラウであろう事は一旦置いておくことにして。メイヴが落ち着いたのはいいけど、オレを見る目が未だに変態を見る目であることが、少しだけ悲しい。
そんなことは今はいいんだ。一先ず話を進めよう。
「えっと、そろそろこの状況の説明をしてもらってもいいか?」
「ああもちろんだ。いやなに、ついいつもの癖でだな。すまなかった。恥ずかしい所を見せてしまったな」
わっはっはと笑いながら頭を搔くのは兄貴だ。
実際恥ずかしいところというか、みっともないところを見せてもらったが……
「まずは自己紹介をしよう。俺の名前はクラウディオ。年は24だ。メイヴの盾として共に旅をしている。そしてこやつはミレーラだ」
兄貴――クラウディオと名乗った青年は自己紹介を終えると、向かいに座るポニーに自己紹介を促した。
「ミレーラです。一応メイヴさんの奴隷です。あやふやですけど、15歳です。あ、奴隷って言うのは変態な意味じゃないですよ! 本当に奴隷なんです。メイヴさんの元に来てからは、ありがたいことに一度も奴隷扱いされた事ないですけど」
予想通りの年齢だ。それにしても――
「奴隷……」
来てからはってことは来る前はされてたってことだろうか。想像したくないな。
奴隷制度なんてものがあるという事は少なくとも日本じゃなさそうだ。
服装からしてもコスプレでもなければ日本では見ない格好だし。
「聞きなれないか?」
オレが言葉を詰まらせていると、クラウディオがそういった。
奴隷制度なんてのは高校時代に歴史の授業でしか聞いたことないな。大昔は日本にも実在したらしいが基本的に日本には無いはずだ。
「日本……あ、オレのいた国なんだけど、そこには奴隷制度はなかったから」
「ニホン?」
クラウディオは眉を顰めたが、すぐに「何でもないんだ」と言ってティーカップを手に取る。
よく見るといつの間にかオレの前にもティーカップが置かれている。
「でも、そうか。ニホンて国には奴隷がいないのか。平和な国なんだな」
「そーかな」
そうでもないと思った。けど、口には出さなかった。
「そーさ。奴隷制度がない国なんてこの世界じゃ東のナッツ国ぐらいだからな」
ナッツ……おいしそうな名前の国だな。
そんな話しをしていると、クラウディオの隣りで頬を膨らましているメイヴが怒ったようにクラウディオの脇を突いた。
「おふっ。そ、そうだったな悪い悪い。このぷんすか怒ってるちっこいのはメイぶふっ」
確実に悪意ある言い方をしたクラウディオの脇を、勢いよく杖で突き上げた。
クラウディオは絶句して床に倒れこむ。それを見たミレーラが笑う。
なんだか、幸せな家族風景を見ている気分だ。
「わ、私はメイヴ。メイヴ・デ・マローン。あなたをここに召喚したのは、私」
召喚。
なんとなく予想はしていたけど、召喚か。
何故だかこんな突拍子もない事なのに、冤罪で牢屋に入れら事が突拍子もないことだったからかは分からないけど、初めてじゃない気がしてあまり驚きという物は感じられなかった。
「あまり、驚かないのですね。私の時とは比べ物にならないくらい落ち着いているです」
私の時? ミレーラも召喚されたってことか?
クラウディオが「いったたた」と脇を抑えながらゆっくりと椅子を引いて座った。
「言ってなかったな、と言っても言うタイミングも無かったが、ミレーラは元はサンビカ辺境伯の元で奴隷をしていたんだよ、わけあってメイヴに召喚されたんだ。まあ、詳しい事はいずれ知ることになるさ」
サンビカ辺境伯か。辺境伯って単語は確か昔のヨーロッパにあったって習ったことがある気がするな。
なにか関係あるのかは分からないが、ミレーラはどうやらこの世界内で召喚されたようだ。
「なるほどな。いや、驚いてないわけじゃないんだ。ただ、なんとなく違和感を感じないっていうか、分かんないけど」
「達観しているんだな。こちらとしてはそっちの方が話が早くて助かる」
「そ、それで、オレを召喚したのはどうしてなんだ?」
ここはオレを召喚した張本人、メイヴに直接質問を投げかけるが、答えたのはクラウディオだった。
「それは俺が話そう」
「ああ、頼むよ。えと、クラウディオさん、だっけ」
「クラウでいい。まずは召喚した理由の前に、なぜお前だったのかだが、それは召喚されるものの条件にもっとも近しい人間であったからだ」
「欲がなくて、誰にも必要とされてない。そして本人も誰かを必要としていない。そして、メイヴさんを知らない人間、ですね」
どれも不本意なものばかりだが、言い返せないのも事実で、確かに牢屋にいたオレには当てはまっていたかもしれない。
「気を悪くしてほしくないんだが、そういう事だ」
「いや、納得はできるし。大丈夫」
「そうか。それなら、続けさせてもらう。次に召喚した理由だが、これは至って単純なものだ」
クラウはメイヴの頭を帽子の上から撫でると、反撃をギリギリのところで避けてメイヴ頭を押さえながら。
「こいつ、メイヴはとんでもない力を持っているんだが、そいつのせいで世界中の人間に狙われている。俺たちはそんなメイヴを狙う輩から守るために集まった仲間なんだ」
とんでもない力……最初にミレーラが言っていた恩恵というやつのことだろうか。
オレが召喚された。つまり異世界に来たという事は、やはり魔法なんかがあったりするのかもしれない。
「その、力っていうのは?」
「ああ。説明するよりも見てもらった方が早いな。ミレーラ」
クラウに言われて「はい、です」と返事をしたミレーラは立ち上がるとメイヴの背後に移動した。
「恩恵、時空転異」
詠唱を合図にミレーラの右側に時空の歪みの様なものが現れ、中に入って行ってしまった。ミレーラを飲み込むようにして時空の歪みが消えてしまう。
「き、消えた? ええ、え?」
動揺して立ち上がってしまう。辺りを見渡してもどこにもミレーラの姿が見当たらない。
「ここですよ」
「うおっ……!」
耳元で囁かれ振り向くと、鼻と鼻がぶつかりそうなくらいの至近距離にミレーラの顔が迫っていて、思わず腰を抜かしてしまった。
普通に可愛いし、いい匂いしたし、死ぬかと思ったわ!
「ふふ、ごめんなさいです」
は、はい。
しかし今のは何だったんだ? 透明になってこっそりオレの後ろまで来たとか?
「今のはミレーラの恩恵、空間移動の能力だ」
空間移動。なるほど、いきなり後ろに現れたのはそういう仕組か。
「恩恵って言うのはこの世界の人間が生まれ落ちる時に授かるもの。全員授かっているから特別ってわけじゃないんだが、恩恵には二種類ある。1つは属性の恩恵。そしてもう1つは個性の恩恵だ」
クラウが指を立てながら説明を始めた。
属性の恩恵って言うのはおそらく、火とか水とそういうものだと思っていいのだろうか。
個性の恩恵はミレーラの空間移動のような、ゲームなんかで言うユニークスキルの様なものだと予想。
「属性の恩恵は世界的にみても大半を占める。八割は属性だな。オーソドックスなのは、火、水、風、地、闇、光ってとこか。一応俺の防御の恩恵も属性に分類される」
これは予想通りだ。クラウが防御ってことも自己紹介でメイヴの盾と言っていたし納得はできる。
「そして個性の恩恵はその人しか使えない唯一無二の恩恵だ。ミレーラの空間移動の恩恵がそう。でもってメイヴの恩恵も個性に分類されるんだが、その能力が重要なんだ」
クラウが口を閉じた。おそらくここは本人に言わせるつもりだろう。
メイヴは一度言おうとしたが黙り込み、しかし首を横に振るとオレの目をしっかりと見て。
「私の恩恵は、『禁忌』。寿命を引き換えに、なんでもできる能力」
彼女はそういった。
理由はさっぱりだし、自分でもおかしいと思うけど……俺はその『禁忌』を、知っている気がした。
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