第8話 幼女の属性
幼女の属性紹介のお時間がやってまいりました。(バラエティーの司会者風)
「……いらっしゃい。見ねェ顔だな、嬢ちゃん」
店主が話しかける。その顔には困惑がありありと浮かんでいる。
店主が微妙な表情をしているのは、その少女の顔立ちが完全にウリューナ人のそれだからであろう。
透き通るように白く、空気に溶けて消えてしまいそうな肌をしていながら、輪郭によって存在感を保っている顔立ちは、ウリューナの女性によく見られるものだ。
アカが嫌いだと言っていた店主だが、流石に幼い少女にまで憎悪をぶつけるのは躊躇ったようで、曖昧な態度で着席を促す。
どういう訳か男の左隣に座った彼女の横顔を、男は無意識にまじまじと眺めていた。
その少女は、幼さが残る、それでいてある程度完成された美貌と呼べるものを持っていて、その瞳は冬の空のように透き通った藍だった。
また、少女の髪は銀であった。光沢のある、それでいて金属のような冷たさのない、シルクのような柔らかい銀。こちらはウリューナ人によくあるものではない。
寒色でありながら、暖かい印象を持たせる髪色だったが、少女の無表情に差し引かれて少女全体の印象は冷たいものとなっている。
少女は席に座ったものの注文をするどころか、喋りすらしない。少女の羽織っている薄い安っぽいダウンジャケットは、経年劣化というよりは乱暴に扱ったようでボロボロ、その下に着ているのは薄っぺらなTシャツ、穿いているのは短パンという有様だった。
ウリューナよりはマシとはいえ、ゲルマスの冬を越えられる格好ではない。
薄いポケットにはとてもじゃないが金が入っているようには見えない。
気の毒というよりはこのままでいられると煩わしいというように、男はまだ湯気が立っているアイントプフの入った器を少女の前に滑らせる。
「……?」
少女は無表情のまま不思議そうに男の顔を覗き込む。男はしばらく無視を決め込んでいたが、少女の視線に耐えられなくなり、
「食えよ」
ぶっきらぼうに呟いた。
少女は今度はじっとスープ皿を見つめてから、スープ皿を持ち上げ、すすろうとする。
「ああ……ちょっと待て!」
少女を手で制し、男は店主にスプーンを持ってくるよう言う。
食器に直接口を付けるのを忌避したのは「エディの方」の感覚だろうか。とはいえ、男自身は食器に口を付けることをおかしいとは思わないし、むしろ普通にすることだと思っていて、だから自分の行動に困惑した。
この「身体」はよくわからない。物事に対して実感があったりなかったり、全く身に覚えが無いがはっきりと刻み込まれたように覚えている記憶。
一々気にしていたら身が持たないと、男はあまり気にしないようにする。
店主は食器棚の引き出しから小さな木製の匙を取り出し、男に渡すと、そそくさと男と少女から離れた位置に移動し、スープの鍋をつつき始める。
店主は少女の相手をしたくないようだ。男は小さく舌打ちをして、少女の方に向き直る。
「ほらよ」
少女に匙を与え、数秒思案した後に少女に話しかける。
「名前は?」
スープを与えたのだからそれ位の質問に答えるのは当然とばかりに、男は傲慢に言い放つ。
少女もまた当然だとばかりに質問に答える前に匙でスープと豆を掬い、口に運び、ゆっくりと咀嚼し、飲み下してからポツリと答える。
「ラーンドゥイシュ」
少女は無表情のままでありながら、どこか誇らしげに答える。
「……リャン……ディ…?」
しかしウリューナ語特有の発音のそれを男は全く聞き取れていなかった。
少女は少しムッとしたようでもう一度繰り返す。
「ラーンドゥイシュ」
「リャン……」
「ラーンドゥイシュ」
「ラ、ラーン……?」
「ラーンドゥイシュ」
先に音を上げたのは男の方だった。
「……もういい、分かんねェから……」
少女は明らかに納得していないようだったが、それ以上何も言わなかった。
(顔は無表情だが感情がないって訳じゃねェな。思ったよりは話しやすそうな奴で助かる)
男はそう思った。店主がその役割を放棄した以上、この少女と会話するのは男でなくてはならない。そこで無視を続けるという選択肢を持てるほどの忍耐を男は有していなかった。
「あー……ところで、お前はウリューナから来たのか?」
少女は頷く。
「一人で?」
頷く。
「何でだ?」
少女は答えなかった。代わりに、
「おまえは?」
少女の瑞々しい唇が、男に問う。その年齢不相応な口調は、ませた子供というより本当にその言葉しか知らないというように、その喋り方が当たり前というようだった。普段からこの口調なのだろう。
また、見た目通り少女の出身はウリューナの辺りのようだ。発された言語は世界中で通じるブリタス語で、いかにもそれを母国語としない者が覚えましたという違和感が感じられ、そのネイティブでない発音はウリューナ語の発音に似ていた。
とは言え、ゲルマス語はブリタス語やそれが訛ったトラス系ブリタス語に近しいものである上、そもそも「エディ」は学校でトラス系ブリタス語を学習していたので、男は少女の言葉を理解できた。
「質問に答えろよ……」
男のため息を、少女は全く意に介さず続ける。
「おまえは?」
埒が明かない。またため息を吐いて男は質問に答える。
「南の……元「戦争遺物公園」の所だ。こんな服着てるが俺は……まあわかってると思うがゲルマス人だ」
「……にげる……した、か?」
少女の言葉は単語の並びがぐちゃぐちゃだったが、それでも何となく意味は分かる。
「……ああ、そうだ。味方も敵もみーんな死んで、帰る気もなかったからこっちに歩いて来た。どこ行くかは今考えてるよ」
酷く気だるげに、ぶっきらぼうに言い放ったが、それは本当のことである。
「……」
少女は何も話さない。
男もそれとなく簡単な単語を使って喋っているので、少女も男の言った言葉の意味は理解しているはずだ。
(しかし、アレだな。二年もこうしてると話せるもんだな)
男は思う。「エディ」の身体だから、というのもあるだろうが、男はすらすらとゲルマス語を話していた。
微妙なところで区切ります。すみません。