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脱走兵と幼女  作者: 後川
8/11

第七話 幼女登場

ようやくです。お待たせしました。

 男は、一日中歩き続け小さな町に辿り着いた。

 青の空は夕焼けの赤の後に藍に染まり、今や漆黒に変わりつつある。

 麦畑に囲まれたのどかな町には、所々に自由サナトラ軍のマークを付けたウリューナ製の中戦車が見えた。

 アルナカ西部諸国に宣戦布告したのはサナトラだが、ゲルマス軍からすればほとんどウリューナ軍と戦っていたようなものだった。

 そんな「他人の記憶」を頭に浮かべつつ、男はなるべく兵士のいない所から町に侵入した。

 大通りの様子は、予想通りのものだった。

 町の人々の姿はなく、酔っぱらった兵士の集団が闊歩している。

 男は郊外の兵士の入っていない小さな食堂に入った。カウンター席以外は二人が向かい合うテーブル席が三つあるだけの、小さな食堂だった。

 「ここ、人はあまり来ないのか?」

 男は明るくない店内のカウンターの奥に立つ店主に問う。

 店主は中肉中背、よりは少し細めの男だった。

 「ああ。俺はアカの奴らが死ぬほど嫌いだからな」

 そう言って、店主は男をじろりと眺めた。とても客を迎える顔とは思えない。

 「ゲルマス語を使う、装備を持ったままの兵士が何の用だ?」

 「飯が食いたい」

 「……面倒事に巻き込むなよ?」

 「あんたが騒がなきゃ何もしねーよ」

 男は店主の真正面のカウンター席に座る。ガシャリと音を立てて荷物と銃が降ろされた。

 カウンターの奥の壁に貼り付けられたメニューを眺める。

 「ビールと、……アイントプフ(家庭風シチュー)、焼きソーセージ、農夫の朝食(ジャガイモとタマネギとベーコンの卵とじ)。あとライ麦パン」

 メニューを見るうちに、どんどん腹が減っていく。幸い、歩く先々にあった死体から巻き上げたために、金はたっぷりある。

 「そんなにか?」

 店主は怪訝な顔をする。ゲルマス人には、夕飯をたっぷり食べる習慣はないからだ。

 とはいえ男は腹が減っていたし、二年の月日が経っても、というより二年間何も食べていなかったからこそ、日本人としての考えはあまり変わっていなかった。

 「ああ、すこぶる腹が減ってるんだ」

 店主はそれ以上何も言わず、黙々と調理を始める。巨大なジョッキにビールを注ぎ、男の前に置く。ゴトリと低い音が鳴った。

 手を伸ばし、重いジョッキを持ち上げ、口元に運び、ジョッキを傾け、口の中に爽やかな苦味が広がる。

 その全てが、「エディ」の記憶の中に既に存在したが、男にとってそれは初めての体験であり、記憶でしかなかったものが実感へと変化する。

 「料理は一から作るから遅くなる。すまんな」

 店主はさして申し訳なくもなさそうに調理を続ける。これだけ客が入らないのなら、料理を作り置きしていても意味がなかったのだろう。

 誰かに発見されるというリスクが高くなるが、男はさして気にすることもなくビールを飲み続ける。

 男にとってはこの空間が自殺してから初めての心の安らぎだったのだ。

 店主はそれでもさすが本職といったところで、ものの十分程で全ての料理を完成させる。        

眼前に広がる光景や漂う香りもまた、男の脳に実感として刻み込まれていった。

 男は、存外に単純である。本来の彼の性根は真っ直ぐであるとも言えたし、趣味ミリタリーを語ることや食べることが好きという平凡さを持っていた。

 その平凡さを知る人間はあまりにも少なかったが。

 強いて言えば、捻くれた性格。それくらいのものだった。

 彼を異端足らしめていたのは、まずその歪んだ生い立ち、そして周りからの扱いであった。異端視されたからこそ、彼は自然に異端へと変貌したのである。

彼の持つ物事の価値観はそうして生まれたものであったし、第一、恋人を殺され、殺した男を殺し、自らも殺した男は、果たして異端であるとは言えるだろうか?

 それは、激情に駆られたのだと容易に説明することもできるのではないのか?

 ともあれそんな彼は湯気の立つ料理を一心に貪り始める。

 スープと共にレンズ豆を咀嚼し、ソーセージを噛みちぎり、炒められたジャガイモを頬張る。それらとパンの調和を、ビールで爽やかに洗い流す。それは大体の人間を笑顔にするものだっただろうし、男とて例外ではない。

 しかし、数時間前に多くの人間の死を見て、更に彼が今かなり異常な状態にあるにしては、彼のそのあまりにも幸せそうな表情は不釣り合いだったかもしれない。

 「えらく幸せそうに食うんだな」

 そう言う店主の顔は先ほどよりも幾分友好的だ。自分の作ったものを旨そうに食べられて悪い気はしない。

 しかし、男が二本目のソーセージに噛り付く瞬間に入り口のドアがガチャリと音を立てて開くと、店主は先ほどの表情で入り口を睨み、男ソーセージを咥えたまま足元に立て掛けている銃のグリップを握っていた。

 しかし、二人の眼はドアを開けた誰かを捉えることが出来なかった。なぜならその誰かは彼らが見つめていた空間のずいぶん下にいたからだ。

 小さな店にしては大きすぎるドアの僅かな部分だけを使用して入ってきたのは、

―――十歳前後の少女だった。


タイトル回収!!

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