第四話 悪あがき
エディの悪あがきが始まります
気味の悪い奴らだった。
攻撃前に上官から許可するまで決して森から出ないようにと言われていたが、その通りだった。
「気味が悪かったな、あいつ等」
隣を歩く友人が呟く。自分が考えていたことと寸分違わぬことを友人が呟いたことが、少し嬉しかった。
だが、それにしても気味が悪かった。この三日間、朝起きると隣で寝ていた奴が死んでいるという気が狂いそうな状況にいたが、今回のことで本当に気が狂ってしまった兵士もいるらしい。
見えない敵に攻撃されながら、半狂乱に歌い続け、ロケット弾を乱射し、頭を吹き飛ばされながら機関銃の引き金を引き続ける。
目の前の陽光の燦々と降る丘で繰り広げられていた惨状、この世のものとは思えない異様な光景。
「ひどい三日間だった」
思わず呟く。二人は、基地の中に敵兵が残っていないか確認するため、基地内を巡回する任務に就いていた。
「本当にな。早く帰りたいぜ」
「まったくだよ。母さんのボルシチが懐かしい」
「お前はあと何日だっけ?」
「十五。ああ、待ち遠しいな」
「俺はあと二十七……。長ェなァ……」
会話を続けながら、二人は緊張感のない任務を続ける。
ふと、友人がテントの残骸を指さし
「隊長は全滅させたって言ってたけどさ……」
「ん?」
「そことかから飛び出してきたりしてな」
そう言って悪戯っぽく笑う。
「テントって言ったってもう残骸だぞ?いるわけないさ」
「だよな」
二人で声をあげて笑う。
「え?」
突然、友人の表情が笑顔から驚きに、そして恐怖へと変わる。
「お、おい!後ろ!」
パァン
乾いた炸裂音。その後に続く澄んだ金属音と共に、眉間に穴の開いた友人は倒れ伏した。
すぐさま後ろを振り向くと、そこにはゲルマスの軍服を着た男が立っていた。
「……っ!!」
肩から提げた突撃銃を掴む。だが、当然目の前の男はこちらに銃口を向けている拳銃の引き金を引いた。
煙立つ銃口の先で、ウリューナの兵士は倒れる。
エディの拳銃に込められた弾丸は、既に三発撃ったために、弾倉と薬室にはあと五発が残っている。腰に差してある予備弾倉の八発と合わせてあと十三発。
エディは目の前に倒れている兵士から突撃銃を奪おうとする。
「……ッ、ダメか」
エディは通信室の裏側に走りこむ。直後、エディが立っていた辺りを銃弾が突き抜けた。
ウリューナ兵が何事か叫びながら、なおもエディの隠れている通信室へ短機関銃を撃ち続ける。
直後、その兵士の後ろからギャリギャリと不快な音をまき散らしながら「ゴキブリ」が現れる。
「……嘘だろ……」
ウリューナ兵の行動に、エディは思わず呟いた。
そして、「ゴキブリ」の砲が通信室に向けられるのを見て、走り出す。
エディが、通信室の影から飛び出した瞬間、通信室は「ゴキブリ」から発射された榴弾によって指揮室と同じように跡形もなく吹き飛んだ。
弾け飛ぶ破片が当たらないよう祈りながら、エディは隣の指揮室のあった他よりも掘り下げられた地面へ飛び込む。
そして、うつ伏せのまま、短機関銃をこちらに向けて撃ってくる兵士に、拳銃を向けた。
士官学校で、エディは射撃で優秀な成績を残していた。だが、機関銃が苦手でライフルでもセミオートの銃ばかり使っていて、小隊長だった頃はライフルマンを兼任していた。
目標との距離は四十メートルほど。例え使うのが光学照準器を持たない拳銃だとしても、エディにとっては必中距離だった。
パァン
放たれた銃弾は真っ直ぐに飛び、兵士の腹に突き刺さる。拳銃弾は兵士の着用していた防弾ベストを貫通できなかったが、着弾の衝撃でそのあばら骨を叩き折り、兵士は仰向けに倒れてその場で呻くしかできなくなる。
だが、尚も近づく「ゴキブリ」に対して、エディは反撃の手段を何ら持っていなかった。
覚悟ができていても、死ぬことへの恐怖は身体中を駆け巡り、身体はまるで死ぬことを拒否するかのように震え、エディは身動きが取れなくなる。
「ここで終わりか……」
荒く息を吐きながら、エディは熱を持った銃身が肌を焼くのも構わず、拳銃の銃口をこめかみに当てる。
引き金に指を掛けるが、しかしエディの指はそこで固定されたかのように動かなくなる。
「……くそッ……」
その時、荒い息と、「ゴキブリ」の進む音しかしなかった世界に、新たな音が割り込んできた。