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脱走兵と幼女  作者: 後川
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プロローグ

初投稿の小説です。おかしな所があるかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。

自分の両手から紅い雫が滴るのを眺めていた。太い血管を裂いたようで、彼から噴き出る血液は今も俺の身体を染め続ける。

 「う、ああ…あ……」

 彼は数秒目を見開き震えていたが、やがて力尽き自らが作った血溜りに倒れ伏した。

 俺の手から包丁が滑り落ち、フローリングに突き刺さった。

 人を殺した。

 その事実が感触となって身体に行き渡る。

 俺は吐いた。吐しゃ物がトッピングされた男の死体を見て笑った。

 ベッドに歩み寄り、愛しい人の頬を指で撫でた。彼女の頬が血で汚れてしまったことに気が付き、少し後悔する。

 彼女の名を呼ぶ。

 彼女は何も答えない。

 立ち上がり、ベランダに出た。大都市の郊外に建つマンションからは、暗闇の向こうに光の集まりが見える。

 「遠いな」

 小さく呟き

 数十メートル下の大地へと飛び降りた。

「……!!?」

 大地が顔まであと三センチというところで意識は途切れ、次の瞬間には俺は走っていた。

 周囲の景色に見覚えは無い。何かの本に載っていたヨーロッパの街並みに似ている気がした。

 「メアリッ……メアリ……!」

 俺が叫んだ。正確には、俺の身体が。声は元の身体より若い。俺は何もしようとしてないのに、身体は勝手に喋り、何処かへ向かって走っている。

 「あー、これあれか。転生ってヤツ」

 俺が喋ろうとして話す声は前世のままだ。ただ声として外へ出ていくのではなく、頭の中でぼわぼわと反響する感じ。

 「でもアイツから借りた本となんか違うな」

 俺の数少ない、唯一といってもおかしくない友人から借りた本の多くが「転生モノ」というジャンルのライトノベルだった。

  彼は所謂オタクで、中学生の時に知り合い、成人した後も時々連絡を取っていた。裏表のない性格で、オタクであるのを隠そうともしないために周りから気味悪がられていたが、話してみるとぼっち同士気が合ったのだ。

 しかし、その友人から借りた本には、転生した相手がそのまま自我を持っていることなんてなかった。それに、「こいつ」は俺に気が付いていないらしい。

 「……ん?」

 そして俺は、街の様子がおかしいことに気づいた。炎上し、崩れる家々、爆発音、怒号と悲鳴、一つの方向に逃げる人々。

 そして「こいつ」が人々とは逆の方向に逃げてることも。

 「何してんだこいつ……。…ッ!?」

 唐突に、頭の中に覚えのない記憶が増えていく。増えるに従ってそれが「こいつ」の記憶であることが分かる。

……ここは俺の知っている世界ではないようだ。「こいつ」の記憶の中の地球は地形も、人類も辿ってきた歴史も、俺の知るものとは少し違う。むしろ違う世界でも、俺のいた世界と共通点が多くあることに感心する。

 そして「こいつ」自身の記憶。

 名前はエディ・マクレーン。二十一歳で俺より七コ下。出身は、前の世界でいうヨーロッパみたいなアルナカ地方というところにあるゲルマスという国の小さな町。職業は兵士。

 今いるのはエディの記憶によればその出身の町の隣にある大きめの街のようだ。

 「……お?」

 エディが立ち止まる。ここに来るまでに何軒も見たのと同じような、煙立つ家の瓦礫。

 その下からはみ出すようにのびる血に塗れた一本の白い腕。

 同時に脳を満たしていくエディの記憶が、俺の中にあった混乱や高揚感を瞬く間に鎮静化する。

 エディが膝から崩れ落ちる。そして号泣し始める。天に咆哮し、掠れた声で腕の主である「メアリ」を呼ぶ。

エディの記憶はやがて現在に終結する。貧血に似た頭痛と視界の収縮を覚えながら、俺は呟く。

 俺と同じじゃないか

 親のギャンブル、蒸発、暴力の幼少期。差別だらけの学校生活。挙句にブラック企業への就職。――それが俺の二十八年だった。

自分でも笑ってしまう。ありがちな不幸をあらかた網羅してしまっている。

 そしてエディの二十一年も大体似たようなものだ。

 ロクでもない親の元に生まれ、平凡な生活は出来ず、かといってそう珍しい境遇でもなく、ただ、誰にも認知されず、おちて、落ちて、堕ちて、最後に一縷の希望を手に入れ、それすらも失った。

 その上、「メアリ」の容姿は俺の「愛しい人」と瓜二つときてる。あの宗教勧誘の女が今目の前でいたら、俺は思いっきり殴っているに違いない。

 神は我らを愛しているだと?

 どこが?

 しかし、俺とエディには決定的な違いがあった。俺が闇を見下ろし続けたのに対し、エディは、少なくとも彼の記憶を辿る限りでは、常に光を見上げていた。手が届くと信じて生きて来た。実際、エディは今兵士としてそれなりのエリートコースを歩んでいる。

 多くの人間はエディの生き方に感動するのだろう、まるで映画の主人公を見るように。自らがそういった人間を虐げて生きているのに、だ。しかも奴らの多くはそのことに気づいちゃいない。

 「ふざけるな!!」

 叫び声が頭に盛大に響き渡る。自分の叫び声と、グワングワンと鳴る反響音を聞きながら、尚も叫び続ける。

 ふざけるな ふざけるな ふざけるな ふざけるな ふざけるな!

 腹が立つ。愛しい人を殺したあの男にも、あっけなく殺された愛しい人にも、いつもヘラヘラと笑っていた後輩にも、自分勝手だった上司にも、あのしつこかった宗教勧誘の女にも、新聞勧誘の男にも、いつも話が長かった友人にも、好き勝手やって勝手にいなくなった両親にも、そんな人生を生き続け、死んでなお存在している自分にも、このエディとかいうガキにも。

 俺の人生を構成した全てに腹が立つ。

 叫んで、叫んで、叫び続けた。


 二年の月日が経つ。


 三年前に、巨大国際機関アルナカ連合の最北端の国、サナトラ共和国で社会主義革命軍が蜂起し、おまけに社会主義の大国、ウリューナ連邦が革命軍を支援し、革命は成功してしまった。      

 結局、革命軍の起こした新政府はものの見事にウリューナ連邦の傀儡だったようだが。

 ウリューナ連邦軍は機に乗じてアルナカ連合西部諸国に侵攻を開始、よりによって始めに侵攻が始まったのはゲルマス国だった。

 エディのいた街も攻撃を受け、その時に「彼女」は死んだ。

 ちょうど俺が「こっち」に来た時だ。

 ゲルマス国防軍はその後も撤退を続け、アルナカ連合北方諸国がまともに反撃できるようになった頃には既に国土の四十五パーセントを失っていた。

 エディは国防陸軍少尉として、愛国者として、故郷に帰ることを夢見て、日々戦い続けた。

 俺はその様子を、エディの視点から、戦争映画を見るように二年眺め続けた。

 来る日も来る日も。

 ……前世の記憶は少しづつおぼろげになりつつある。


 統一歴2000年、冬のある日。

 分かりやすく劣勢な戦線で戦う青年のドキュメンタリー映画を今日も眺めるはずだった。


※アルナカ連合…アルナカ地方で誕生した国際機関。地球上の五十を超える国家が参加する機関だが、社会主義国家の参加は認めていない。

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