逆転の人間橋(ブリッジ)
試合時間残り5分…
へっ、それだけありゃ十分や!
今の俺やったら、その時間内で虎池の関節を極め切れるっ!!
って…お、おい…う、嘘やろ虎池?
お前、正気かいやっ!?
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控え室のモニターは音声が出ぇへんけど、見えてるティラノの表情から心の声が読み取れたわ。
そりゃ驚くわな…
グラウンドコントロールやったら同期で1番のトリケラが、寝技勝負を避けて立ち上がってしもたんやから。
しかも優位に立ちかけた所やったし、ティラノからしたらたまったもんや無いやろぅさ。
しかし今のティラノの顔よ!驚く事、鳩の如しやったわ♪
思い出しただけで暫く笑えそうやで♪
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ええ、そりゃもう呆気なかったっス。
ガードポジション取られてる事なんか無かったみたいに、普通~に立ち上がったっス。
こう…腰に寺野さんの足が絡みついてるじゃないっスか?
その太腿の内側、圧されたら凄ぇ痛いポイントがあるんスけど、そこを肘でグリグリして締め付けを緩めたんスよ。
そんで腰周りに隙間が出来ると同時に寺野さんの腹を押しながら、その勢いでヒョイと立ち上がったんスよ。
まぁガードポジションを崩す基本の動きなんスけどね、なかなかあそこまで綺麗に出来るもんじゃ無いっスよ。流石の一言っスねぇ…
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悪いな寺野…
せっかく優位に立った所に水差すみたいでよ。
だがな、俺達は〝総合格闘技〟をやる為にリングに上がってるんじゃあ無い…
プロレスをやる為にここに居るんだろ?
観客だってプロレスを観たくてお金を払ってるんだ。
だからよ…総合とは違うプロレスの凄みって奴を俺達で見せつけてやろうや!
そうかよ…そういう事かよ虎池…
無粋な真似して悪かったな。
そうだよな、俺達ゃあプロレスラーだもんな。
こういう〝ガチンコ〟用の技は外敵に対してだけ使やぁいい…
俺達はプロレスラーにしか出来ねぇファイトスタイルで、プロレスラーの強さ、プロレスラーの凄みを見せなきゃあな!
ちょっと待ってな、俺も直ぐに立つから…よ!
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再び立ち上がり、妙に晴れやかな笑顔で向かい合った2人やけど、それはほんの一瞬だけの事…
数秒後には、鬼みたいな面して逆水平の打ち合いを始めよった。
交代交代に1発ずつ、打っては耐え、打っては耐え…
みるみる内に2人の分厚い胸板が、赤黒く変色していった。
もう何発張り合ったか分からへん…チョップも意地も…な。
でも、少~しずつ少~しずつ…均衡が崩れ出してるんが見ててわかった…
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そこは流石、元・喧嘩屋っスね。
バチバチに殴り合うって事に慣れてるっつぅか、根性を発揮して来た場数の差っつうか、徐々に寺野さんが圧し始めたんスよ。
寺野さんが1発打つと虎池さんは顔を歪める…
逆に虎池さんが打ち返しても、寺野さんは涼しい顔で受け止めるんスよ。
で、ついに虎池さんがよろめきながら、自分の胸を手でかばったんス!
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痛ぇか虎池?そりゃ痛ぇよな…
俺だって痛ぇもの。
でもな、伊達に喧嘩屋を気取って来た訳とちゃうで!根性の見せ合いやったら一歩も退く訳にゃあいかんのやっ!!
オラッ!どしたっ!?足元がフラついとるやんけっ!!
こういう場面でそんな風に弱気を見せたらのぅ…
こういう目に合うんじゃ!!
くっ!な、なんて我慢強さだ…
こんな事なら俺も少しはヤンチャしとくべきだったかな…やっぱ踏んだ場数が違い過ぎたみたいだもんな…
あ~ぁ…情けない…
弱気になって行くのが自分でもわかるもの…
ほら、気付いたらコーナーに追い込まれてるし。
知らず知らずにここまで退ってたんだな…俺は。
くっ…もう無理…もう限界…堪え切れないわ…
もう足はフラつくし、チョップから身体を庇っちゃってるもの…
ほ~ら寺野の奴、張り切ってキメに来ちゃたわ…
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隙を見せたトリケラにティラノが放ったのが、藤原組長ばりの一本足頭突きやった。
画面越しでも鈍い音が聞こえて来そうな一撃やったわ。
フラついた所へ更に追い打ちの頭突き一閃!
トリケラの奴は曲がった鼻から大量の血を吹き出しとった。
せやけど、こっからのアイツは凄かったで!
見てて鳥肌が立ったもの!!
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寺野さんの頭突きを連発で喰らって、虎池さんはフラフラだったっス…
垂れた鼻血で胸元まで真っ赤だったし、意識飛んでんじゃないかって位に呆けた表情してたっスもの。
で、決めどころと踏んだんスかねぇ寺野さん…
虎池さんの頭を小脇に抱えて、タイツを掴んだんスよ!
そんでそのまま垂直に持ち上げたんスっ!!
そう!狙ったのはブレーンバスターっスね!
グロッキー状態の虎池さんスから、あのまま垂直落下式なんて喰らったら絶対に立てないっスよ。
お客さんも他のレスラーも皆が思ってたんじゃないっスかねぇ…終わったって。
ところがっスよっ!
こっから信じられない光景を見せられたんスよっ!!
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さぁて虎池よ、悪ぃがそろそろ幕引きにさせて貰うでぇ♪
ブレーンバスターなんざぁ、今のプロレス界じゃ傷め技にもならねぇ只の繋ぎ技…
でもよ、フラフラで意識も飛びかけてるお前さんには、さぞかし堪えるだろぅさ。
それじゃ一気に落とさせて貰…?
へっ!?
か、軽っ!?
い、いつの間に背後へ?
お、お前…あの状態から空中で反転して俺の背後を取ったっちゅうんかいやっ!?
こ、腰に腕が?
マ、マズい!
バックドロップ?
ジャーマン?
どっちでもええわ!
喰らってたまるかいっ!!
とにかく踏ん張れ、俺っ!!
へへへ…鼻は折られるわ、前歯はフッ飛ぶわで満身創痍だけどよ…
どんだけボロボロでも最後に3カウント奪えば勝者…
それがプロレスだろ…ええ寺野よ?
おっ?堪えるねぇ…ったく呆れたタフガイだよお前は。
それじゃ1発くらい頭突きのお返しさせて貰うとするか♪それも後頭部になっ!ソラッ!!
ほぅら♪踏ん張りが甘くなったぜ?
じゃあ味わって貰おうか…学生時分にならした全国レベルのスープレックスをなっ!!
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後頭部に頭突きを喰らい、体勢の崩れた寺野を虎池が強引に引っこ抜いた。
そんでそのままジャーマンで叩きつけたんや!
そりゃあ見事な人間橋やったで!!
アイツの地力と底力を見せつけられたわ!
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あまりに綺麗なジャーマンに、思わず息が漏れたっスよ…
そんでレフリーがカウントを取りに入って、マットを叩いたんス。
ワンッ!
ツー!!
ス…惜しくもここで試合終了のゴングが鳴ったんスよ。
まさにカウント2.9っス。
あと0.1秒あれば虎池さんの逆転勝ちだったっスよ…寺野さん、ホールドされた状態で身動き出来て無かったっスから。
でも惜しかろうがルールはルールっス、時間切れで2人のデビュー戦は引き分けに終わったっス。
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控え室に戻って来たティラノに声を掛ける。
「お疲れ…最後ヤバかったな…」
「あぁ…確かにな。頭突きから立て続けにジャーマンやからな…まだ後頭部が痛ぇわ」
「でもよ…途中のお前の頭突き、アレは流石にエグく無ぇか?あのままチョップで押しきってからのブレーンバスターでも十分やったと思うんやけど?」
「アホゥ!あれは偶然の産物やぞっ!!チョップ合戦してたらアイツがフラついたからやな、ほんの少し頭を前に振ったら奴の顔面を捉えてたんやからよっ!!」
「嘘こけアホゥ!お前2発も放ったやんけっ!!それも顔を狙って!!人はそれを偶然とは言わん!故意や故意っ!!」
「恋?ア、アホぬかせ…俺はノンケやぞ…
べ、別に唇を狙って顔を近付けた訳や無いんやし、そ、そんな言われ方すると、し、心外やんけ……」
「うん…え~っと…口ごもって答えられると疑惑は増すし、もしお前がソッチの組合の人だと想像したらゾッとするけども、とりあえず俺が言ってるのは恋愛の恋じゃ無くて、意図的って意味の故意なっ!!」
「あ…なんだ、そっちね…」
自分のデビュー戦を前にこんなアホと話しとったらペースが乱れると判断し、早々に背を向けて花道へと向かった俺は賢明だと思います。
誰か褒めて?




