天地無用?
〝え?〟
先ず口をついたんはその一言やった。
観客も驚いたんやろな…モニター越しでも会場がザワついてるのが判ったもの。
それもそのはずや…
だってティラノの奴、いきなりリングに座り込んだんやから。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
いやぁマジで驚いたっスよ!
控え室のモニターに向かって思わず
〝マジっスかっ?〟
って話し掛けちゃったっスもん。
だってね、虎池さんはアマレスで全国的に名を馳せた猛者っスよ?
対する寺野さんの実績は…ケンカだけっスよ?
そんな寺野さんがリングに座して、虎池さんに手招きしたんスよ?
そりゃ驚くのも当然じゃ無いっスか?
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
へへへ…面食らっとるみたいやなぁ…ええ?虎池よ!?
まさか俺がお前を寝技に誘うなんて思って無かったやろ?
せやけどなぁ、これは決して〝ポーズ〟なんかや無いんや。
お前は寝技に絶対の自信を持っとるんやろけどな、その伸びに伸びて伸び切っとる鼻…
ポッキーンと折ったろやないけ♪
……?
なんのつもりだ…寺野よ。
この俺に寝技勝負を挑む…だと?
勝算があっての事なのか?
いや…しかしお前はお世辞にも寝技が上手いとは言えなかった…
実際に道場でのスパーリングで、俺がお前に1本取られた事は1度も無い。
ならば何故こんな行動に?
罠?
……ええいっ!ままよっ!
考えていても埒があかんっ!
罠であれ何であれ、挑まれたなら受けない訳にはいかんよな!!
虎池が俺と背中を合わせる形でリングに座した。
これは道場で寝技のスパーリングをする時のスターティングポジション。
へへっ♪流石は虎池や…
あえて誘いに乗ってくれたか…感謝感謝やでぇ♪
そして奴が小声で呟きよった。
〝いつでもいい…お前のタイミングで始めろ〟と。
く~っ!舐められたもんやで…
でもまぁ…
ほな遠慮なく…
行かせて貰いまっさ!!
振り向いた時、奴はまだ背中を見せとった。
〝チャ~ンス♪〟
俺はそのままバックを取り、うつ伏せに押し倒そうとした!…んやけども…
奴は俺の腕のクラッチを切ると、そのまま巻き込むようにして俺を横倒しにしよった!
今は袈裟固めの形で俺を抑え込んどる!
流石に上手いな…とでも言うと思っとるんやろけどな、残念ながらこん時の俺はこない思ってたんやっ!
〝お?へへへ…やっぱそう来るかぁ♪〟
なんのつもりだ…寺野?
いつも通りの展開だぞ?
まさかこの程度の技術で俺に寝技を挑んだのか?
ならば…
望み通りこのまま寝技で終わらせてくれよう!
っ!?
な、何っ!?
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
なるほど…寺野が寝技勝負を挑んだ理由がわかったわ。
デビューが決まってからの俺達は、互いに直接スパーリングする事を避けて来た。
だから気付かんかったけど…アイツ、この数ヵ月でメチャクチャ寝技が上達しとるわっ!
何やら外部の道場に通ってるって噂は耳にしてたけど、どうやらあの動きは柔術やな?
袈裟固めされながらも、トリケラの頭部に足を掛けて腕十字を狙いに行きよった。
せやけどトリケラもそう容易くは取らせへん…
頭に絡みつく足を何度も振りほどきながら、隙を見て横四方固めに移行しようという動き…
するとティラノの奴、エビの動きで身体の位置をずらして抑え込みから逃げる!
更に追うトリケラ!
ティラノは仰向けのまま身体を4分の1回転させると、そのままトリケラを両足で挟み込んでガードポジションの形に持ち込んだんやっ!!
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
凄かったっスよ…寺野さんのあの執念は。
常に上のポジションは虎池さんが取ってるんスけど、寺野さんは下からでも執拗に関節を狙ってたっス…
ガードポジションから足を絡めて三角絞め…
それを凌がれたら腕十字…
攻めてるのは圧倒的に寺野さんだったっス。
ずっと上のポジションなのに、虎池さんは防ぐのがやっとって印象を受けたっスね…
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
くっ…どういう事だ…?
何故に俺が攻め込まれている?
ずっと俺が上を取ってるはずなのに…
いや!それよりも…
コイツ…いつの間にこれ程の上達を?
1つ外しても別の技を…それを外してもまた別の技をと、立て続けに仕掛けて来る…
これは…ブラジリアン柔術…かっ!?
ど~だい…虎池よ?
いや…流石だわ。
流石はアマレス出身だけあって上を取るのが上手えわ。
だがよ…俺はそれを見越してたんだよ!
アマレスはその競技性から下になるのを極端に嫌うよな?
となりゃ地力で劣る俺が常に下になるって訳だ…
なら俺はどうすりゃあいい?
答えは1つだ…下から攻める技術を身につける!
その為にこの数ヵ月、大嫌いなブラジリアン柔術の道場にも通った…下げたくも無い頭を下げてな!
それもこれもお前に勝つ為!
その為の投資と考えりゃあ、頭下げるくれぇは安いもんだ♪
だがよ、まだまだ投資分は回収出来てねぇ…
これからお前を更なる関節地獄へ案内してやっからよ、楽しみにしてな♪
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
この時リングアナウンサーの声が会場に響いた…
「10分経過!試合時間、残り5分!!」




