第1試合
それは不思議な体験やった…
それは不思議な体験だった…
この数分間、記憶の一部が抜け落ちとる…
この数分間、記憶の一部が抜け落ちてる…
コールされて手ぇ挙げたんは何となく覚えとる…
コールされて手を挙げたのはぼんやり覚えてる…
で、気づいたら虎池が目の前に立っとった…
で、気がつけば寺野が目の前に立っていた…
ほんで〝は?〟と思ったらゴングが鳴ったんや!
そして〝え?〟と思ったらゴングが鳴っていた!
「ッジャワレッ!」
気合い一番、本能的に前へ出る!
「ッシャコラッ!」
気を吐きながら、身体は自然と前へ!
先ずはセオリー通り、力比べじゃいっ!!
やっぱ最初は組みに来たか?なら受けて立つ!
へぇ…虎池…意外に力強いやんけ!?
ほぅ…流石だな。馬鹿力ってのは寺野の為にある言葉だな…
「フングッ!どやっ!?」
「フンヌッ!まだまだっ!!」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
リング上では掌を組み合わせた2人が、押しては引き…引いては押し…を繰り返しとる。
見てるこっちまで力が入るでぇ!
もちろん本音を言えばセコンドに就きたかった…
多分モリスエも同じ気持ちやったと思う。
せやけど次が出番の俺達にそれは無理な話…
しゃあないからモニターでの観戦で我慢や。
ティラノ、トリケラ…お前らが俺達同期のプロレスラー第1号や!
気合い入れて観客の度肝抜いたれっ!!
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
30秒くらい力比べをしてたっスかねぇ…
2人とも1歩も退かなかったっスねぇ…
なんせ両者共に負けず嫌いっスからハハハ♪
ところが突然均衡が崩れたんスよ。
寺野さんがガラ空きのボディに蹴りをブチ込んだんス!
当然ながら力が抜けて、虎池さんの動きが止まったっス…
そしてそのまま寺野さんがロープ際まで押しやったんスよ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「まだまだ甘いのぅっ!え?虎池よっ!」
力比べに夢中で他の部分が隙だらけや…
俺は蹴りを叩き込んで、そのままリングの端に追いやった!
更にそこから反対側のロープに投げてやったんやっ!!
狙うはラリアット…戻って来た奴の首根っこを刈り取ったるっ!!
フフン…お前の狙いなど全てお見通しだよ。
なんせお前はバカで単細胞だからな♪
だからここは、あえて蹴りも受けたしロープにも投げられた。
何故かって?
それは…こうする為さっ!!
お?綺麗に戻って来たのぅ♪
さぁて…そんじゃその喉元に俺様の豪腕を…
豪腕を…豪…っ!?
あれ…?
ブンッて音だけで手応えがまるであらへんっ!?
てか…き、消えたっ!?
う、うおっ!?
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
〝う、上手いっ!〟
モニター前で思わず身を乗り出してしもたわ。
トリケラの奴、ラリアットを狙ったティラノの腕を潜ると、そのまま奴の背後を取ったんやっ!
流石はアマレスで全国行っただけの事はあるでぇ…
そのまま押し倒して得意の寝技に持ち込むつもりやな?
こりゃあ開始早々ピンチを迎えそうやな…え?ティラノよ
ん…?
あれ…?
え…?
そっち!?
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
いやぁ…自分も驚いたっスよ!
そりゃね、虎池さんがアマレスの猛者だって事は解ってたっスよ…
だからこそ寝技に移行すると思うじゃないっスか?
それがまさかまさかっス…
始まって2分足らずであんな大技を出すなんて、想像もしてないっスもの。
モニター越しでも判ったっスよ…会場がどよめいてたのが…
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
奴の姿が消えたと思ったら、それと同時に俺の目線が高くなった!
「うおっ!?」
思わず声が漏れるが、それもやむなし!
虎池 ラリアットを潜った勢いで背後に回り、そのまま俺を抱え上げやがったんやっ!
て…事は…次に来るのは…
俺は心と身体に命じた!
間もなく襲い来るであろう衝撃に備える事を!!
ほんで次の瞬間…視界の上下が入れ替わり、轟音と共にマットが揺れた…
フフン…どうだい?全国レベルのジャーマンの味は?
普段目にするプロレスのそれとは少し違うだろう?
意図的に少し低い軌道でスピーディーに投げさせて貰った…もちろん受け身を取らせない様に…だ。
そしてこの完璧なブリッジによるホールド…
さあ!レフリー!早くカウントをっ!!
カウントを!
カウント…
〝!?〟
な、何故カウントを取らない?
へ?…な、何ぃ…ブレイク…だと?
チッ!奴の手がロープに触れていたか…
位置に救われたな、運のいい奴だ…
へへへ…確かにチィ~とばかり面食らったぜ…
だがよ、それだけだ。ダメージは大した事無ぇ。
いや…違うな…ダメージはある…うん、ある。
ただ、こんな楽しい事を終わらせたく無いって意識がそのダメージを遥かに上回ってた…
虎池よ…この気持ち…オメェも解んだろ?
楽しいよなぁ…ええオイ?
そうだよな…
1年も苦行に耐えて来て、たった1発のジャーマンでは終われないよな。
俺だってそうだ…
解る…解るぞ!
しかし寺野よ…楽しくてしょうがないよなぁ…ええ?
さあ、遊びを続けようか!
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
自分でも理由は解んないっス…
無邪気な子供みたいな2人を見てたら何故か…
自然と涙が溢れたんスよ…
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
ジェラシーやわ…
ただただ羨ましかった…
楽しそうな2人を見てたら身体が疼いてしゃあない…なんで自分が第1試合や無かったんか…
それが悔しくて悔しくて…
だからこの感情はやっぱジェラシーなんやろな。
まぁ…この〝疼き〟と〝滾り〟はモリスエにぶつけるとして、今は仲間の闘いを見届けよう。
仕切り直し…2人共ええ顔しとるやんけ♪
と…その時やった…
ティラノの奴が予想外の行動に出たんは…




