6月29日
6月29日…ついにこの日がやって来た。
そう!俺達同期のデビュー戦やっ!!
場所は神戸サンボーホール。
朝から会場入りして、リングの設営やら物販物の陳列…その他もろもろの雑用を済ませた時には既に午後3時やった。
デビュー戦の日やからって特別扱いされる訳や無く、いつも通りにこき使われるのは辛いところやけどな…ハハハ
開場は午後6時で、試合開始が午後7時…
緒先輩のウォームアップを手伝ったりしてたら、アッちゅう間に開場時間になっとった。
ここでようやく雑用から解放され、デビュー戦に向けてのウォームアップやら精神統一が出来る自分の時間。
第1試合が〝ティラノ〟こと寺野 竜士vs〝トリケラ〟こと虎池 竜雄。
第2試合が俺、不惑 勇vs〝モリスエ〟こと喜界 泰造。
当然対戦者同士は別々の控え室で、俺はティラノと同室やった。
第1試合は大事なもんで、その日の興行の盛り上がりを左右する事もある。
その大役を担うティラノ…やはり緊張してるようで、落ち着き無くウロウロしてたかと思えば、急にベンチに座って一点を見つめたりしとる。
「やっぱお前でも緊張するんやな…なんか意外」
「人を機械みてぇに言うんじゃねぇよ。俺だって人の子や、緊張くらいするわいな…」
「まぁ…お前が人かどうかは置いといて…」
「そこは置くなっ!てか…人や無かったら俺は何に見えとるねんっ!!」
「ん?そりゃゴリラっしょ♪」
「お前もゴリラ寄りやんけっ!何よりアモーンを差し置いて俺がゴリラなんて、差し出がましくて申し訳ないわいっ!!」
「アイツはゴリラを超えたゴリラやから別格や。だから心配すんな、お前も立派なゴリラやぞっ!自信持てって!」
「し、試合直前の人間に何ちゅう励まし方や…もっと他に掛ける言葉あるやろぅが…」
「試合直前のゴリラなっ!ったく…自覚が足りん奴っちゃで…」
「んぐっ…フフ…フフフ…ハ~ハハハッ!」
ティラノの奴が突然笑い出した…やだ怖い…
「な、なんや急に?ついに気がふれたか?」
「あ~ぁ…アホらし♪お前と話しとったら緊張してるんがアホらしゅうなったわ。でもお陰でリラックス出来た…サンキューな!」
ティ、ティラノが…あの傲慢なティラノが礼を言いよった…やだキモチ悪い…
「お、お前よぅ…なんかそれ縁起悪いぞ…」
「はて…今の会話のどこに縁起悪い要素があったよ?」
「いや…ホームドラマなんかでよくあるじゃん。熟年夫婦の頑固な旦那が病床に伏しててよ…
ある日病室で奥さんに突然〝ありがとう〟とか言ってさ…
んで奥さんが〝あ、あのお父さんがありがとうって言ってくれた〟なんて感動するんやけど、それから間も無く旦那が死んじゃうってシチュエーション。今の俺はその場面の奥さんみたいな心境なのだが?」
「いや、回りくどいわっ!てか、そんな連想するお前こそが縁起悪いわいっ!アホのくせに想像力豊かかっ!」
「うむ…ピュアゆえに…な…」
「どこがピュアやねん!ったく…しかしよぅ今回の組み合わせ、上手く分けたと思わねぇか?」
え?急に話変わるのね…
キョトンとする俺を置いてきぼりでティラノが更に続ける。
「だってよ、こっちは俺とお前のゴリラ寄り…向こうは知性派のトリケラと気弱なモリスエ…どう考えても草食動物コンビじゃねぇか♪
だから第1試合も第2試合も猛獣vs草食動物の図式って訳だろ?
俺もお前も勝ってよ、肉食獣の怖さを奴らに教えてやろうぜっ!!」
〝え…?コ、コイツ…マジかっ!?〟
「ん?なんや?信じられへん物を見たような顔しよってからに…おっともうこんな時間か!んじゃ俺はそろそろ行くからよ!!」
頬をピシャリと叩き、気合い充分に立ち上がったティラノ。
でも俺はどうしても黙っていられず、その肩に手を掛けて呼び止めたんや…
「ティラノ…1つだけアドバイスしてええか?」
「お、おぅ…」
「お前自身は気付いて無いかも知れんけど、俺は…いや!お前以外の全員が知ってるんや…」
「ハハハ、わかっとるって♪俺が才能に溢れとる逸材やって事を言いたいんやろ?」
「いや…そんな事は微塵も思ってないし、間違いなく逸材なんかでも無いぞ」
「んぐっ…じ、じゃあ…アドバイスって何やねん?」
「お前は気付いて無いみたいやが…ゴリラは肉食獣じゃないぞ。今後恥をかかないように、これだけは覚えといた方がええ…以上や」
「……」
6月29日、こうして俺達にとって忘れられない興行が幕を開けたんや。




