道場チャンピオン
最初に言っておこう…
俺達は興奮してるっ!
何故なら、ついに待ちわびてた時が近付いて来たんやからっ!
そうっ!俺達のデビューの日程が決まったんやっ!!
残念ながら、遅れて入門した川瀬の奴はあと半年お預けやけど…
それでも俺、ティラノ、トリケラ、モリスエは誰1人欠ける事無く、一緒にデビュー出来るのが何より嬉しいっ!!
デビューは約2ヶ月後の6月29日。
神戸サンボーホールでの興行!
今、俺達は来るべきその日に向けて追い込みをかけてる所や♪
今までも同期の連中はライバルには違い無かった…せやけどこっからが本当のライバルなんやと思う。
こっからが本当のスタートラインッ!
今後は純粋に競争相手やからな…気合い入れなっ!
当初の希望通り、ティラノはデスマッチ路線…
トリケラはストロングスタイル…
モリスエはルチャ・リブレ…
そして俺は格闘系+ストロングスタイルの道を歩む事になりそうやねんけど、デビューから暫くは試合での派手な技の使用は禁じられとる。
前座の間の俺達は〝若武者〟と呼ばれ、本当に基本的な技のみで勝負せなアカン。
なんせトップロープやコーナーポストに登る事も許されてへんねんから…なかなかに厳しいで。
そして…
デビューして数ヶ月、前座の試合を重ねると最初の出世チャンスがやってくる…
それが〝若武者杯〟やっ!
これは若武者だけで行われる、総当たりのリーグ戦。その頃には川瀬もデビューしてるし、恐らくこれにも参加する事やろう。
なんにせよ、これで優勝出来れば嫌でも注目される。
せやけど、ただ単に勝ってもアカンッ!
闘い方、勝ち方も重視されるのがプロレスってもんやっ!
目の肥えた観客を唸らせ、満足させ、その上で勝つ…これが人気レスラーへの最短距離やと俺は思ってる。
とにかく、しょっぱい試合だけはせぇへん様にせな…な。
面白いもんでデビューが決まってからの俺達は、関係性が少しぎこちなくなってる…
そりゃそうやわな、お互いを意識するなって方が無理な話やわ。
特にティラノの奴は思いっ切りナーバスなってて、誰に対してもピリピリしとる。
可哀想なんは川瀬やわな…
1人だけデビューが遅れるっちゅうのに、周囲の俺達はどこかピリついてて、距離感が難しいらしく戸惑ってるみたいや。
それと…モリスエの様子が少しおかしい。
さっきも言うた通り、基本技以外の使用は禁じられとるってのに、ダミー人形を相手に何やら色んな技を試しとる…
アイツ…何やら企んどるな。
後で怒られても知~らないっ!
え?トリケラはどうしとるんやって?
アイツは相変わらずクールでな…今までとさほど変わった様子はあらへんわ。
てか…元々感情の起伏があまり無いからな、俺達の中でアイツが1番掴み所あらへん感じ。
それともう1つ。
俺達の日常で1番変わった事がある。
それは…お互いに組んでスパーリングをする事が無くなった事や。
その分、川瀬が皆の相手をする事が増えてしもて
「お前ら、相手したるけど後でジュース奢れよ」
と、生意気にも条件を出して来よった。
でもそのせいで冷蔵庫に収まり切らず、部屋のベッドにまで缶ジュースが溢れてるわ。
毎晩、缶ジュースを抱いて寝てんねやで?
笑えるやろ…ハハハッ!
そんな中、俺はある先輩に稽古をつけて貰う様になったんや。
その先輩とは、他団体でデビューしてレスラー歴20年の大ベテラン…
梶原 喜照さん。
関節技が得意なもんやから〝華〟が無く、メインイベンターになる事は無かったけど、いぶし銀の渋さでコアなファンを確保してはる。
それに…何より強いっ!!
ガチの実力では団体NO.1や。
いわゆる〝道場チャンピオン〟てやつやな。
この辺がプロレスの特殊なところで、1番強いからってトップ選手にはなられへんって事…なかなかに難しい部分よなぁ…
やっぱ地味な関節技でばっか勝ってても人気に火はつかへん。
さっきも言うた様に、魅せる試合をして観客を唸らせんと、なんぼ強ぅてもアカンて事よな…
え?なら何でそんな人に教えを乞うんやって?
それは…道場内で梶原さんが〝梶原塾〟ってのを開いててな、多くの先輩レスラーも梶原さんの教えを受けてるねん。
そして、梶原さんの教え子の多くが人気レスラーとして〝出世〟しとるんや。
だから何度〝門前払い〟されても頭を下げてな、最近になってようやく入塾を許されたんよ。このチャンスを逃す訳にはいかへんやろ?
お?噂をすれば…ってやつや。
梶原さんが来はった♪
「おはようございますっ!今日も御指導お願いします梶原さんっ!!」
「オメェ…何回言やぁわかんだ?オイラァかじわらじゃねえっ!濁らず、かしわらだっ!!」
「あ…すいません…言いにくいもんで…つい」
答えた俺を横目でジロリと睨んだ梶原さん。
「ケッ!オイラにそんな口叩くたぁ大したタマだよオメェはよ。今日も手加減無しでシゴっからよ…覚悟は出来てっか?ひよっこ!?」
「押忍っ!宜しくお願いしまっスッ!!」
この台詞を最後に、2分後には悲鳴を連続する羽目になる…
今日も〝関節地獄〟が始まった。




