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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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謎の老人

勝機やっ!

俺は奴の首へ巻きつけた右腕に渾身の力を込めたっ!

せやけど不完全や…

奴は直前に顎をひいて、腕が完全に進入するのを防ぎよった…


「ングッ…コフ~…クフ~…」


荒い息づかいで腕を引き離しにかかっとる。

奴も必死みたいやのぅ…

ならばこうやっ!!


(パンッ!ペチッ!ペチッ!パンッ!パン!)


空いとる左手で耳元へ細かいビンタをかまし、奴の気を散らせる…

不本意やけど、ブラジリアン柔術の常套手段を使わせてもろた。

へへっ!嫌がっとる嫌がっとる♪

そうそう、その調子で頭を動かしてくれや。

お?まんまと顎を上げよった!


(よっしゃ!いただきやっ!!…っと…

え…?ちょ、待て待てっ!…嘘やろ…?)


首に腕が入った瞬間、奴は俺を背負ったままで立ち上がりよった!

それどころか、そのまま後ろ向きに走り出そうとしとるやんけっ!!


(こいつ…バケモンかいや?

いや、ゴリラならこれくらい当然か…

人類の御先祖様をバケモン呼ばわりしてスイマセンした…)

って、言うとる場合やないっ!

俺の記憶では確かこっちには…

思った通りや。

その進行方向へチラリと目をやると、そこにはぶっとくてデッカイ木があった。

間違いない…アレに俺を叩きつけるつもりや。


「勇っ!まずいぞっ!!ちゃっちゃと絞めおとしてまえやっ!!」


まぁた柔の奴…あんだけ黙っとけって言うたのに困った奴っちゃで…

せやけど心配すんなや!

何も絞めおとすばかりが手やあらへん。

見とけやっ!これが俺のやりかたやっ!!


俺は奴の胴に絡めていた足をほどくと、首に巻いた腕はそのままで砂場へと着地した。

突然重心が下がった事で、奴の上体が仰け反り足が止まる。

その隙に俺は首に巻いた右腕…その掌で自分の左上腕を掴んで、ガッチリとフックした。

これでスリーパーホールドの完成やっ!

せやけどなぁ…これで終いやないでぇ…


「フンヌッ!!」


体内の気をいっぺんに吐き出した俺は、そのまま奴を抱え上げて後方へと投げつけたっ!

俺のオリジナル技…

スリーパースープレックスホールドやっ♪

どやっ!?

100Kgを超える島井を投げても崩れへんブリッジ、まさに日頃の鍛練の賜物やろがいっ!?

俺はその体勢のままで柔へと声を張り上げる。


「何やっとんねんレフリーッ!カウント取らんかいっ!!」


「え…カウントってお前…」


「ボ~っとすんなっ!早よせんかいやっ!!」


「ったく…ハイハイ、わかりましたよ…」


柔は首筋を掻きながらチンタラ近づくと、しゃがみこみ面倒くさそうな顔のまま、掌で3回砂場を叩いた。


「ワ~ン・ツ~・スリ~~ッ!!カンカンカンカンッ!!」

柔の奴がヤル気を見せんから、カウントどころかゴングの音までもセルフ演出や…ったく見た目はチャラい癖に無粋な奴っちゃで…


そんなこんなで俺は、ようやく島井の身体を解放して立ち上がった。

柔はしゃがんだままで島井の様子を見とる。


「あっちゃ~完全に白目剥いとるわ。せやけど息はしとるし…まっ大丈夫やろ。見るからに頑丈そうやしな」


屈んだままそう言った柔に、俺はそっと手を差し出した。

「おお…サンキュ…」

奴はそれを掴んで立ち上がると、直ぐに俺の手を離しよった!


「おい柔っ!何、手ぇ離しとんねんっ!?」


「はい?」


「はい?やないわっ!バカチンッ!何、手を離してくれとんねやって訊いとんねんっ!!」


「と、言われましても…もう立ち上がったし…」


「アホッ!誰がお前を立たせる為なんかに手を差し出すんじゃ!!お前は高齢者かっ!?ドレッドヘアで、バカチンで、ヤリチンのお年寄りが何処におるねんっ!!

俺が言いたいのは、お前…何か忘れてないか?って事やっ!!」


「…はて?」


「はて?って…あ~もうっ鈍い奴っちゃなぁ!試合終わったら最後にレフリーがやるべき仕事があるやろがっ!?」


「え?まさか…」


「せや、そのまさかやっ!」


「えっと…勇くん、君は2つほど勘違いをしているねぇ。先ずその1、俺はレフリーやなくて見届け人や。そしてその2、これは試合やなくて只のケンカやないか」


「ごちゃごちゃと細かい事を…うるさい奴っちゃなお前も…ええからホレッ」

再び柔の前に右手を差し出す。

でも柔は、苦ぁい顔でそれを見たまま動きよらへん…


「ホレッ!!」

今度は差し出した手を、グイと眼前に突き付けたった。


「ハァ……わあった、わあった…ったく、ほんま面倒くさい奴やで…」

そう言って項垂れると、渋々ながらもやっとこさ俺の手首を掴みよった。

そして…


「WINNER~っ!!」

叫びながら俺を指差し、高々とこの手を掲げてくれたんや♪

俺は余った左手でロングホーンを作ると

「ウィ~~~ッ!!」

スタン・ハンセンよろしく叫びながら天に突き上げた!

え?ハンセンの雄叫びは「ウィー」に聴こえるけど、ほんまは「ユース」やって?

それくらい知ってるわいっ!!

でもな、そんなプオタしか知らんような事どうでもええねんっ!!

一般的に浸透しとるのはウィーやから、そっちを叫んだだけの事やっ!!

って…俺、誰と話しとるんや?

そんな訳のわからん事を考えとると


(パチ…パチ…パチパチパチパチッ)

どこからか拍手の音が聴こえた。


柔と一緒に周囲を見渡すと、いつのまにかベンチに和服を着た一人のお爺さんが座っとった。

俺と目が合うとそのご老人、立ち上がってこっちへと近付いて来るやないか…


立ち上がったその姿への第一印象は…

「小さい」それだけやった。

病的な程に痩せとって、細いシワシワの首の上にチョコンと頭が乗っかっとる。


(なんや、鶏みたいやなぁ…)


そんな事を思う間にご老人は、もう俺達の目の前まで来ていた。


「カッカッカッ♪いやぁ、おもろいもんを見せてもろぅたわ!」


にこやかな表情と小柄な体型からは想像もつかない程に力強い声…まさに腹から出てるって感じや。


「どれどれ…?」

そう言うとご老人は、未だ目を覚まさない島井の脇へと屈み込んだ。


「フム…ほうほう…」

ブツブツ言いながら、島井の身体をあちこち触ってはる…もしかしてゴリラを診に来てくれた獣医さん?


「ん、軽い脳震盪やろな…まぁ暫くしたら目ぇ覚ましよるじゃろぅよ」

そう言うとこのご老人、屈んだまま俺へと手を差し出して来た。


「え?」


「どした?さっきお主がそこの兄ちゃんに言っとったんじゃろ…年寄りが立つ時にゃあ手を差し出して助けるもんじゃて」


「え、あぁ…そうやったね」


言われるままその手を掴んだ瞬間や!

俺の目に映る景色は上下左右が入り雑じってグチャグチャになった。

ほんで、アッ!と思った時には軽い衝撃が身体を襲ってた…どうやら俺は投げられたらしい。

でもほんまに軽い衝撃だけで、ダメージ的には無いに等しい。

多分、このご老人が加減をしてくれたんやろな…


「おい爺さんっ!何しよんじゃっ!!」

見ていた柔がご老人に突っ掛かる。


「柔っ!やめとけっ!!」

俺は慌ててそれを止めた。


「勇…お前、大丈夫なんか?」


「あぁ、この人生の大先輩が御慈悲を見せてくれたさかいなぁ…」


柔と俺の視線を受けながらも平然と笑みを浮かべている…やっぱ只者やないな。

よっしゃストレートに訊いてみよか…


「ご老人、アンタ…何者なん?」


「ん、何者っちゅうてもなぁ…暇を持て余して散歩してたら、面白い場面に出くわしたただの年寄り…としか説明出来んわなぁ♪」


「おいおい…アンタ、とんだタヌキじじいやな!いくら隙をついたとは言え、ただの年寄りが勇を投げれるかいな。しかも手首を掴ませての小手返し…アンタ、合気道使うんやろ?」

柔が鋭い目付きで問う。


「あらま!もうバレてしもぅたかいな…カッカッカッカッ!!」

またも豪快な笑い声を響かせたご老人に、もっぺん同じ事を訊いてみた。


「もっぺん訊くで?アンタ何者なん?」


「フム…しゃあないのぅ…そこの兄ちゃんが言うように昔は合気道の道場を開いとったよ。

じゃが大病を患ってのぅ…手術で入退院を繰り返してそのまま道場を畳んだって訳よ。

でな、最近ネットで面白いもんを見つけてのぅ」


「面白いもん?」


「応よ。近々に旗揚げする格闘技団体があってな…そこが変わった所でのぅ、一般の練習生とは別に障害者の練習生をも募集しとるんじゃよ。

ワシも肺を失のうとるが、最近はすこぶる体調もええでな、いっちょ(なま)った身体に鞭打とうかと応募したんじゃよ。

しかしまさか、それより先にこんな所で現役復帰するとは思わなんだがな!カッカッカッカッ!!」


高笑うご老人を見て俺は、考えるより先に言葉を吐いてたんや…

「ご老人!その技を俺に…俺に教えてくれませんかっ!?」


「おいっ勇!お前マジかいやっ!?」

ご老人より先に柔が驚きの言葉を言いよった。


「ああ…マジやっ!さっきも言うたやろ?俺はプロになる前に色んな格闘技を身につけるってな」


「確かに言うとったけど…」


柔の伺う様な眼差しと、俺の真剣な眼差しがご老人を刺す…するとご老人…


「ん、ええよ♪」


「軽っ!!」

柔がコントの様に肩をガクンと落とした。


「ありがとうございます!」

深々と頭を下げた俺にご老人が言う。


「ただしワシがその団体に入るまでの2ヶ月だけや、それでええならって話やけど…な」


「構いませんっ!それで構いませんっ!」


「ん、よっしゃ!なら決まりや」

水飲み人形みたいにペコペコと何度もお辞儀をする俺に、ご老人が握手を求めて手を差し出して来た。

それを握ろうとした俺やけど、さっきの小手返しを思い出して咄嗟にその動きを止めた。


「カッカッカッ!大丈夫じゃて♪もう投げたりせんわいな♪」

その言葉で安心して手を握り返す。


「ほんなら…毎週月曜と金曜の夕方4時にこの公園集合…それでどないや?」


ご老人の提案に無言のまま頷いて応える。

そして…

「ご老人、いや…先生っ!俺は不惑 勇と言います!!貴方のお名前は?」


「ワシは室田(むろた)大二郎(だいじろう)。暫くの間よろしゅうのファックユー君」


「いや…ファックユーじゃ無くてですね…」

困惑する俺を見て、柔の奴が腹を抱えて笑っとるっ!


「何わろてんねんっ!このヤワラちゃんがっ!!」


「あっ!テメェっ!!俺はあんな団子っ鼻やないし、国会議員でもあらへんっ!ましてや野球選手となんか結婚せぇへんぞっ!!」


「…当たり前やアホ」


そんなこんなで騒いでる内に…


「お前ら、ちぃ~っとやかましいわ…気絶のフリしとくんも限界っちゅうのがあるねんどっ!!」


ゴリラ君が目を覚ました…いや、口振りからするとかなり前から目覚めとったらしい。


「痛っ!っつぅ~…」

頭に手を当てながら首を振っとるゴリラ君に室田師匠が声を掛けた。


「いきなり動かん方がええ。なんかあったら困るでな、念の為に病院で診てもろうときぃ」


「アンタは?」

訊き返した島井に俺は言ってやった!


「この恩知らずの無礼者っ!!

この御方はお前みたいな倒れたゴリラを無料で診て下さった、心優しき通りすがりの獣医様やぞっ!ちゃんとお礼を述べんかいっ!!」


「あぁ…そうでしたか…なんとお礼を言って良いのやら…っとはならんぞっコラッ!!

なんやったら今すぐ2回戦始めるかっ!?このチビスケっ!!」


「まぁそうウホウホ言うなや♪」


「言うとらんわぃっ!!」


そんな掛け合いを見ながら師匠

「そんだけ元気なら心配要らんみたいやなぁ、まぁ気をつけて帰りぃや」


「あ…はい、すいません…お世話になりました…」

師匠に言われ、暴れん坊のゴリラ君も大人しく礼を述べた…

流石は師匠やっ!猛獣使いのスキルまでお持ちとはっ!!




帰り際、目が合ったゴリポンに俺は声を掛けた。

「おいっ!」


「なんや?まだなんかあるんかいっ!!」


「そう突っ掛かんなや…俺は一回闘った相手はツレやと思っとる」


「…ケッ」

照れたように悪ぶってる島井やけど、その照れた様子は勿論ちっとも可愛くは無い。


「お前をツレ…友達やと思っとるからこそ言わせてくれ…」


「不惑…お前…わぁったわい、ワシもツレの言葉として聞こうやないか…なんや?」


「ちゃんと病院で診て貰ってくれな」


「お、応…わあった、約束する」


「それと…」


「なんや、まだあるんかいや?」


「病院行く時は、間違えんと動物病院に行くんやぞ♪」


「~~っ!テメェやっぱりブッ殺すっ!!」


紅く染まった空の下、全身砂だらけの俺と島井は、柔と師匠の笑い声に包まれながら軽く第2ラウンドをおっぱじめていた。





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