2大恐竜激突
その日…事件は起きた…
「ざっけんなよワレッ!」
「テメェこそ調子こいてんじゃねえぞっ!」
怒声で目覚めた俺とモリスエと川瀬の3人が声の出所を探ると…
食堂でティラノとトリケラが、今にも取っ組み合いを始めそうな勢いで何やら揉めとった。
それを見たモリスエが慌てて間に入る…
「ちょ…ちょ…ちょっと!落ち着くっス2人共っ!!何事なんスかっ!?」
「うっせぇっ!テメェにゃ関係ねえよ、すっこんでろっ!!」
鬼の形相でティラノが凄むが、大したもんでモリスエも引かずに食い下がる。
「そうはいかないっス!俺達は一蓮托生っス…誰かが何か問題起こせば、連帯責任で俺達もペナルティ課せられるっスからっ!」
「心配すんな…問題になる前にキッチリとケリつけっからよ…オラッ!虎池っ!道場来いやっ!!」
「ほぅ…ただの暴れん坊が俺に勝てる気でいるとはな…舐められたもんだ。上等だよ…」
「ちょ、いつも冷静な虎池さんらしく無いっスよっ!一体どうしちゃったんスかっ!?」
必死で止めに入るモリスエを無視して、2人はドカドカと道場へ向かってしもた…
時刻はまだ朝の4時半…当然やけどコーチも先輩もまだ居ない。
合同練習が始まるのが朝の9時…皆さんが道場に顔を出すのは8時過ぎやから、一応時間はあるっちゃある。
まぁその前に寮暮らしの先輩方が気づいてまいそうやけども…
それに…
悪いなモリスエ…お前は必死で止めようとしとるけど、俺は正直見てみたいんや。
この2人が本気で闘り合うんを…2大恐竜の激突をっ!
「俺ぁ入って間もねぇからよ、まだよくわかんねぇんやが…実際どうなんや?あの2人の実力は」
アタフタするモリスエを横目に、川瀬の問いには俺が答えた。
「さあな…俺にもようわからん。せやけどティラノは入門テストをトップで合格した体力の持ち主や…ただの暴れん坊って訳や無い。
対するトリケラもアマレスでインターハイまで行った豪の者や…普段は物静かやけど、キレたアイツがどれ程のもんなんかは想像つかへん。
何にせよティラノザウルスvsトライケラトップスの闘いが現代で観れるんや…止めたらバチが当たるで」
「フ~ン…そりゃ見ものやのぅ。そういう事なら、せっかくやし楽しませて貰おか♪」
俺と川瀬はその場にドスンと座り込んだ。
それを見たモリスエもついに諦めたらしく、首を振りながら深い溜息をつくと俺達の横へと腰をおろした。
トリケラの奴がオープンフィンガーグローブとレガースをティラノへと投げつける。
「これはケンカだが、ケガしてこの後の練習に支障が出てもイカン…一応これだけ着けろや…」
「ケッ!ワレに言われんでもハナからそのつもりやったわボケッ!」
ティラノの奴が案外素直に着用し、トリケラの奴も着用を終える。
こうして2大恐竜激突の準備は整った。
ティラノがグローブをバンバンと合わせながらボソリと一言…
「食いもんの恨みは怖ぇぞコノヤロー…」
「俺じゃねぇよ…ま、何度言っても信じねぇんだろうが…な」
あ、なんか…食べ物絡みの揉め事だったのねコレ…
そして…
ティラノが叫びながら拳を振り上げたっ!
「俺のプリン返せクソヤロ~~ッッ!!」
へ?プ、プリン…?
「俺じゃねぇっつってんだろがあぁぁ~っ!!」
「るせえっ!冷蔵庫の前に居たんはお前やろがいっ!しかも…しかも…2個も食いやがってぇぇ~~っ!!」
はい?
プロレスラーになろうって大の男2人が?
プリン食ったの食わないのでケンカ?
「ようよう?俺ぁ他人のケンカを止めるような野暮はしねぇ質やけどよ、こいつぁ流石に止めた方がよくねぇか?
理由があまりにも下らな過ぎると思うんやが…?」
うん…川瀬君、君の言うのは尤もだね…
「ほらぁ!だから最初から止めりゃ良かったんスよっ!!」
うん…モリスエ君、どうやら君が正しかったみたいだね…
俺達が猛烈な後悔の念にかられている間にも、2人は激しく闘り合っとる…
多分、今更止めても無駄やろな…コレ。
互いの拳が、蹴りが、ガツンガツンと鈍い音をたて、みるみる間に2人の顔に痣が浮き始めた。
ほぼ打撃のみの攻防で5分が過ぎてる…
人間が全力で動ける時間てのはそう長くは無い。
ボクシングでも1R3分やし、街中のケンカでも長くて2~3分や…そない考えると恐ろしくタフな奴等やな…
そんな事を考えてると、騒ぎに気付いたらしく2人の先輩が道場に姿を見せた。
「おいおい…こりゃ何の騒ぎやぁ?」
欠伸ながらに言ったのは、入門6年目のニトロ坂上さん。デスマッチがメインやけど、ストロングスタイルやコミカルスタイルまで幅広くこなすオールラウンダーや。
スキンヘッドのいかつい顔とゴリラみたいな身体には、デスマッチでの歴戦を物語る無数の傷が刻まれとる。
正直、街では会いたくないタイプの見た目やな…ハハハ
「全く…若い連中は朝っぱらから元気やのぅ…」
こちらは新崎 鉄舟さん…ニトロ坂上さんと同期やけど、真逆の格闘系スタイルを邁進してはる。
実際、プロレス2割・格闘技8割くらいで試合をこなしてて、ブラジリアン柔術にも何度か勝利しプロレスファンの溜飲を下げた〝英雄〟や。
身体つきもプロレスラーっぽくは無く、猫科の猛獣みたいにしなやかな筋肉をしてはる。
その上、端正な甘いマスクなもんやから、女性人気は断トツやねん…羨ましい限りやな。
で、この2人…止めに入ってくれるのかと思いきや…
「俺達の頃もこんな事がしょちゅうあったのぅ…懐かしいな♪ガハハハッ」
「せやな、どの世代もやる事ぁ一緒って事やな♪ま、若い内はどんどんやりゃあええんちゃうか!」
そんな事を言いながら、揉めてる理由も訊かずに座り込んで観戦を始めてしもた…
そして、ティラノとトリケラが殴り合い始めて7分が過ぎた頃…
「おお…そういやぁ鉄舟よ…昨日の夜中に食ったプリンは美味かったのぅ♪」
「ああ!ありゃ美味かったな♪ええ店のやつなんやろなぁ…やっぱコンビニのやつとは別格やったなぁ…」
へ?
いや、あの…それが原因なんですけどっ!?
ティラノとトリケラもこの声が聞こえたらしく、打撃の応酬がピタリと止まった。
それを見た新崎先輩…
「ん?なんや俺達の事なら気にせんでええぞ、さっ!遠慮せんと続けて続けて♪」
これを受けたティラノは片身が狭そうに
「いや…その…何て言うか…続ける理由が無くなった…って言うか…」
そんなティラノをトリケラが腫れ上がった顔で睨みつけとる。
すると流石のティラノも即座に土下座し…
「ほんまにスマンッ!!」
素直に非を詫びた。
「なんや…もう終いかいなぁ…ガッカリやのぅ」
「はぁ…しょうもな…練習前のええ余興やと思ったのにや…でもまぁまだ早いし、2度寝でもすっかぁ」
そんな呑気な事を言いながら、騒動の原因である2人はとっとと部屋へと引っ込んでしまった。
何とも言えない空気が道場に流れる…
それを掻き消すように川瀬が
「えっと…その…なんだ…俺達ももう少し寝っか?」
その一言で俺とモリスエも部屋へと向かい、リングをおりたトリケラもそれに続く。
そしてリング上には土下座のポーズのままティラノだけが残された。
この騒動は後に
〝2大恐竜プリン7分間戦争〟として語り継がれたとか語り継がれ無かったとか…




